夜 鷹 山 (1056.0m)         大河内町     25000図=「長谷」

雪の砥峰高原から夜鷹山へ

とのみね自然交流館(冬季閉鎖)からの砥峰高原 砥峰高原から望む夜鷹山

 今年の夏、たたら製鉄の跡や周氷河地形を調べたり娘と二人で星空を見上げた砥峰高原。このススキの草原に積もる雪を踏んで、南の夜鷹山まで歩いてみた。

1067m峰(中央)と平石山(左)
 

 川上登山口から、小さな渓に沿った登山道を上る。コンクリート道から、細い地道に入った。アイゼンは不安定に雪の下のガレ石を踏む。道は雪に隠され、判然としない。途中で、地形図破線路からそれてしまった。高さ7、8mの滝を巻いたり、倒木の折り重なる急斜面を上ったりで、短いが結構ハードなコースをとって砥峰高原に出た。
 高原は、この二日間に降った雪でおおわれていた。雪から顔を出した枯れススキが、雪の白にうす褐色の小さな斑点模様を高原全体につけていた。
 アイゼンをつけたまま、高原をゆるやかに上っていく。積雪は30cm程度。ちょっとしたラッセル気分もしてくる。踏み抜いた雪の穴に、スパッツのグリーンがかすかに映った。
 高原最上部の展望台に着いた頃には、それまで空を厚くおおっていた雲が切れて青空がのぞいてきた。眼下に、雪の砥峰高原が浅いすり鉢の底のように広がっている。時折、雲の影が高原の上をうすく足早に通り過ぎていく。高原のその先には、千町ケ峰、段ケ峰、平石山、1067m峰、高星と、新雪をまぶした山々の稜線が、ゆるやかな曲線を描いている。1067m峰山頂の雪はまばゆく輝いていた。稜線の上の青空には、冬の積雲が連なって、北西から南東へ流れていた。

砥峰高原展望台からの山並み


 砥峰高原から、夜鷹山をめざす。夜鷹山は、標高1056m。砥峰高原・峰山高原・太田池の3つの高原の間に、ピラミダルな山容でそびえている。ふもとの町からはなかなか見えないが、周辺の山々からは、高原内に立つ端正なその姿がよく目立つ。
 砥峰高原展望台に向かう林道から、夜鷹山の姿が見えるポイントがあった。濃紺のスギにおおわれたその山体は、うすく雪につつまれ、山頂は雲から降りたガスに没していた。

夜鷹山山頂からの太田池
 

 峰山高原に続く林道の途中に、「夜鷹山登山口」の道標が立っていた。スギの木の下に広い遊歩道がついている。雪の表面が波打っているのは、丸太階段がつけられているからである。ゆるく上っていた道は、しだいに急になりやがて倒木にさえぎられた。倒木を縫った鹿の足跡を追うようにして上っていくと、山頂の展望台に達した。
 丸太の組まれた展望台に上がった。すぐ下に、ダム湖となった太田池が日本庭園のような景観で広がっている。雪の高原に静かに水をたたえる太田池に、昔日の面影を重ねようとしてみた。
 水滴からできているとも氷の結晶からできているとも分からない霧が北の谷から湧きあがり、太田池の上に流れてくる。その霧が、
深緑の水面をみるみる白くかすませた。ときどき日が射すと、目の前を横切る霧の粒子がきらきらと光った。

 夜鷹山……。その名から思い浮かぶのは、宮沢賢治の『よだかの星』である。『よだかの星』は、「よだかは、実にみにくい鳥です。顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしはひらたくて、耳までさけています。」で始まっている。みんなにいやがられるよだかは、ある日、鷹から「おれと夜との両方から借りた名を、返せ。市蔵という名にして首にふだをぶらさげ、みんなの所をおじぎをしてまわるのだ。」とおどされる。つらいよだかは星になろうと、お日さんやオリオン座、大犬座、大熊座、鷲座にお願いするがどれも断られてしまう。よだかは、力尽きて地に落ちていくが、地面に落ちようとしたそのとき、俄かにのろしのように空へとびあがった。そして、カシオペア座のとなりで星となって燃えつづけた。
 夜鷹山を見るとき、私はいつも高原にたたずむ黒々としたその山の姿にヨタカを重ねていた。しかし、そのヨタカはみにくい姿ではなく、暑い夏の夜、闇につつまれた森を音もなく猛スピードで滑空する勇ましいヨタカであったり、いつか写真で見たようにまん丸く大きな目を開けた愛嬌のあるヨタカであったりした。

山行日:2002年12月28日

山 歩 き の 記 録

行き:川上文化会館〜川上登山口〜とのみね自然交流館〜砥峰高原展望台〜夜鷹山登山口〜943mピーク〜夜鷹山山頂
帰り:夜鷹山山頂〜943mピーク〜夜鷹山登山口〜砥峰高原展望台〜(地形図866mピーク南の破線路)〜川上登山口〜川上文化会館
砥峰高原へ辿ったコースで見た滝
林道から望む夜鷹山

 川上小学校の下の川上文化会館に車を止めた。お寺の前を通り、数軒の家の間を抜けると砥峰高原登山口がある。車道は、ここから砥峰高原の入り口へ上がり、一宮町福知に抜ける。しかし、私の車ではここから先は冬季に進めない。
 登山口から谷の左岸を上る地形図実線路は、舗装された広い道である。途中でアイゼンをつける。この広い道は、866mピークの南を通って砥峰高原の東に続いているが、この道は帰りに使うことにして、標高690m地点から高原入り口に真っ直ぐにつながる破線路にとりついた。小道がついていると思うのだが、雪におおわれて判然としない。雪の下はガレイシが重なり、アイゼンは不安定。途中、破線路を右へそれてしまった。やがて現れた、高さ7、8mの滝を左に巻き、倒木の重なる急斜面を上ると、登山口で分かれた車道に出た(標高780m地点)。車道を進んで、高原入り口に今年の春オープンした「とのみね自然交流館」(冬季閉鎖中)へ。
 はじめは高原南東の林道を進み、途中から高原内を歩いて、高原の最上部に立つ展望台に達した。ここから、峰山高原へ続くハイキングコースを進み、途中ですぐ下に見える車道へ下りた。下りた車道は、ちょうどそこが分岐になっていた。ゲートのある方の道が、南の夜鷹山方面へ続いている。その林道をしばらく進むと、左手に「夜鷹山展望台 0.8km」と記された道標が立っていた。ここから、夜鷹山へ上っていった。丸太階段の整備された広い遊歩道がつけられている。小さな943mピークを越してやや下った後、山頂まで一気に上っていく。山頂付近に折り重なる倒木を越えると、展望櫓の立つ夜鷹山山頂に達した。
 アイゼンをスノーシューに付け替えて、山を下った。

   ■山頂の岩石■ 雪の下で、今回観察できず

 砥峰高原への道沿いの数ヶ所で、露頭が観察できた。いずれも、細粒の花崗閃緑岩であった。川上の集落から砥峰高原に分布するこの岩体は、白亜紀後期〜古第三紀に形成された山陰帯の花崗岩類の一つであり、川上花崗閃緑岩と呼ばれている。
 夜鷹山には、地質図で見ると
暁晴山から続く生野層群中部累層が分布している。今回は、雪におおわれていたため、この部分の岩石は観察できなかった。

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