民事訴訟法と実務(2) 要件事実〜主張・立証責任   復習のポイント

 

民事訴訟の実務において最も重要な概念の一と言われる「要件事実」について考える。司法試験に合意隠した司法研修生は、司法研修所でこの「要件事実」の考え方を壱からたたき込まれる。この「要件事実」の考え方が分かっていないと、裁判官であれば判決書を書くことはできないし、弁護士であれば訴状を書くことができない。それぐらい重要な概念なのである。司法試験のための民法などの実体法や手続法である民事訴訟法を勉強してきた司法研修生は、司法研修所の「要件事実」の考え方に、最初は頭が真っ白になってしまうことさえある。それは、今まで自分が勉強してきた民法は民事訴訟法の知識を根本的に組み替えるようなことだからである。

 比喩的に言えば、司法試験合格までの(大学での)民法や民事訴訟法の勉強が2次元のものであるとすれば、要件事実の考え方は3次元の考え方。前者をモノクロの世界とすれば、後者はカラーの世界とも言い得るものだと思う。

 このような「新しい世界」に誘いたいと思う。

 

1 要件事実とは何か?

そのような重要性を持つ「要件事実」とはどのようなものなのか。一般に「要件事実」とは「法律『効果』を発生させるための『要件』に該当する具体的事実」であるといわれている。法律は、基本的に「要件」と「効果」をいう構成で成り立っている。一定の要件が満たされれば、一定の効果が発生するという形式である。例えば、売買代金支払請求権の発生という効果を導くためには、「売買契約成立の事実」という要件事実が満たされれば、売買代金支払請求権が発生するということになっているわけである。

 ここで要件に該当する「具体的」事実といっているのはどういう意味なのか。例えば、訴状の記載として「売買契約が成立した」と一行だけ書いてあっても、裁判官としては誰と誰との間でどのような売買契約が成立したのか分からない。そこで、要件事実としては「平成18年2月7日甲野太郎は、乙野次郎に対し、自動車(長野300な1234)1台を代金300万円と定め売った」というように「具体的」な記載をしなければならないということをここでは言っているわけである。

 

2 民事訴訟においてなぜ要件事実が重要なのか?

 このような要件事実が、なぜ民事訴訟において重要だといわれているのか?こればなければ、訴状も判決書も書けないといわれているのはなぜなのか?

 第4回でとりあげた「訴訟」が関係してくる。「訴訟物論戦」というものがあった。@実体法上の請求権を基準に訴訟物を区別する「旧訴訟物理論」とA例えば、(ア)賃貸借契約終了に基づく明渡請求権と(イ)所有権に基づく明渡請求権とを包括する上位概念として、「受給権」(給付を求める法的地位)を観念し、これこそが訴訟物であると考える「新訴訟物理論」があった。

 学説上は新訴訟物理論の方が優勢なのであるが、実務は旧訴訟物理論によっている(これは、これからもおそらく変わらないと思う。)だから、実務上は、実体法の権利(上記でいえば売買代金請求権)が訴訟物ということになる。しかし、このような実体法上の権利は目に見えない(観念的な)ものである。そこで、裁判所が裁判するために何らかの手がかりが必要になる。

そこで考えてみると、上記のような「売買代金支払請求権」というのは、法律要件に該当する一定の具体的事実(要件事実)が存在した場合の法律的な効果である。とすれば、このような法律要件該当事実(要件事実)の在否を判断すれば、法規の適用によって裁判官は権利の有無を判断することができるわけである。

 「法の適用は裁判所の、事実の主張は当事者の職責である」「汝は事実を語れ、さらば我は法を語らん」と言われるのは正にこのような現象を指してのことである。

 第3回でとりあげた「弁論主義」の考え方が非常に深く関わってくる。弁論主義とは「事実・証拠の収集を当事者の権能と責任に委ねる」という原則である。そして、「弁論主義の第1テーゼ」は、「主要事実は、当事者が主張しない限り、裁判所が判断の基礎とすることはできない。」というものである。当事者が主張していないのであれば、裁判所が色々考えて「こういう事実もあるのではないか」「ああいう事実もあるのではないか」ということを詮索する必要はないわけである。この原則を推し進めていくと、次のようなケースが生じる。すなわち、本来は、Aという権利(効果)が主張できるためには、@ABという3つの事実(要件)がなければならないとする。ところが、当事者が間抜けで、@Bしか主張していないとする。とすれば、裁判所は「Aはないのですか?」と詮索する必要は原則的(例外として、釈明義務の生じる場面がある。民訴法第149条参照)にはないわけである。このように「ある権利を主張するために当然主張すべき事実が足りず、当事者が主張する全ての事実が認められたとしても、当事者の求める法的権利を裁判所としては認めることができない場合」を「主張自体失当」いう。このようなものについては、審理する必要すらない。そのようなものは審理から廃除し、真に審理しなければならない事件に集中する。そのような機能を弁論主義は持っている。そして、この場合の@ABは何か?その単位が「要件事実」ということになっているので、「要件事実」は大きな意義を持っているのである。

「弁論主義の第2テーゼ」は「主要事実について、当事者が自白した場合には、裁判所はこれをそのまま判決の基礎としなければならない。」(自白の拘束力)というものである。とすれば、自白が成立している事実については、裁判所が別の認定をすることができないし、そもそもそこに首を突っ込むべきではないのである。とすれば、その点についての証人訊問等の証拠調べも無駄ということになる。そこで、自白によって争点を「落とし」、真の争点が何であるかを確定して、最も重要な争点について証拠調べを集中的に行う、そのような機能が弁論主義にはあるわけである。その「自白」が生じるかどうかという事実の単位は、「要件事実」ごとにおこなうことになる。そこで、要件事実が大切なのである。

 

3 主張・立証責任とは何か?

 このような「要件事実」を主張・立証する責任は誰にあるのか?弁論主義のもとでは、裁判所にないことは明らかであるが、それでは、その「当事者」のうち、原告・被告のどちらにその主張・立証責任を課すのが良いのであろうか?

 

(1)立証責任とは何か?

 そもそも、ここでいう「立証責任」とはどのようなものなのであろうか?ある事実の有無について裁判官が判断しようとした場合、理論的には3つの結論が考えられる。@事実が「ある」と認定できる。A事実が「ない」と認定できる。ここまでは分かりやすい話だが、次が問題である。B事実が「ある」か「ない」か分からない。このBの場合が問題である。裁判官だって、神様ではなく人間であるから、Bのように「分からない」という場合はあるわけである。しかし、その場合だからと言って「裁判はできません」という結論にすることができない。裁判所が裁判を拒絶することは許さないからである。憲法第32条は「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」と規定している。「事実が分からないから裁判はできません」というのでは、このような裁判を受ける権利が侵害されてしまう。そこで、このような「分からない」という場合(「ノン・リケット」という。「真実か偽りかを解明できない状態」真偽不明と訳される。)には、「こちらを負けさせる」ということを予め決めておくわけである。このような、「ある要件事実が真偽不明で終わったために当該法律効果の発生が認められないという不利益又は危険」を立証責任という。

 

(2)立証責任の分配をどのような基準で行うのか?

 この立証責任の分配をどのような基準で定めれば良いのであろうか?この点については様々な考え方がある。例えば、「積極的事実を主張する者にその証明責任があり、消極的事実にはない」などとする「要証事実分類説」という考え方もあるが、実務上は「法律要件分類説」という考え方がとられている。

 「法律要件分類説」とは、「各個の法規における構成要件の定め方を前提として、その要件の一般性・特別性・原則性・例外性、その要件によって要証事実となるべきものの事実的態様とその立証の難易等を考慮して立証責任の分配を考えようとする立場」だといわれている。

 ただ、この定義は少し分かりにくい。以下、具体例で説明しよう。

 

(ケース1)

 ある売買契約に基づいて売買代金を請求しようとしたところ、当該売買契約は錯誤に基づいて締結されたことが分かったが、同時に当該錯誤は買主の重大な過失によって締結されたことが分かった。

 

このケースの場合、以下の3つの要件事実が考えられる。

 

@    売買契約締結の事実

A    当該売買契約が錯誤に基づいて締結された事実

B    当該錯誤が買主の重大な過失に基づく事実

 

この@〜Bは、売主(原告)・買主(被告)のどちらが立証すれば良いのであろうか?

法律要件分類説の考え方は、基本的には「条文の構造を見ろ」ということになる。つまり、

 

@    は民法第555条により売買契約が締結された事実が認められれば、法律効果としての売買代金が発生するので、売主(原告)が立証責任を負う。

A    は民法第95条本文により意思表示が錯誤に基づくことを主張する者が立証責任を負う。

B    は民法第95条ただし書により錯誤が重過失であることを主張する者が立証責任を負う、

 

ということになる。

 ここで注目すべきは、民法第95条の条文の構造である。民法第95条の文言は「錯誤に基づく意思表示は表意者に重大な過失がない限り無効とする」と規定しておらず、「本文・ただし書き」の構造を採っている。つまり「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らからその無効を主張することができない。」と規定しているわけである。このように、「本文・ただし書き」の構造となっているのは、立法者がそのような立証責任の分配のことを考えて「書き分けて」立法しているとこの論者は主張する。「各個の法規における構成要件の定め方を前提として」といっているのはこのことを指している。

 しかし、実際のところ、明治時代に立法者がどこまで立証責任のことまで考えて民法を作ったのかは疑問である。また、条文の構造だけで考えようとすると不具合な場面も多々出てくる。そこで、この定義は法規の定め方を「前提として」考えはするが、更に他の要素、例えば@原則と例外、A一般と特殊、B立証の難易等の要素も「付随的に」考慮して立証責任の分配を考えよう、とするわけである。

 ここで注意しなければならないのは、上記の@〜Bのような要素はあくまで「付随的な」考慮をするに過ぎないということである。法律要件分類説は、あくまでも、「原則としては」法律要件の定め方で考えるということがポイントである。

 

(3)主張責任とは何か?

 これは、弁論主義の第1テーゼの裏返しなのであるが、「要件事実が弁論にあらわれないために、裁判所がその要件事実の存在を認定することが許されない結果、当該法律効果の発生が認められないという一方当事者の受ける訴訟上の不利益又は危険」のことを「主張責任」という。そして、立証責任の配分を基本的法律要件の定め方で考えるという法律要件分類説の立場に立てば、ある特定の事案において、特定の法条の法律効果の発生によって利益を受ける当事者は一定とする。例えば、「売買契約が成立したこと」という事実は、その事実を証明することによって売主が利益を受ける事実である。とすれば、主張責任と立証責任は同一の者に帰属するということになり、これが実務で採用されている考え方である。

 

4 具体的ケースで考える。

 それでは、もう少し具体的なケースで考えてみよう。ここでは、司法研修所に入所したての修習生が勉強する最も有名なケースで考えてみよう。

 

(ケース2)

 Xは、平成15年12月1日、Yに対し、弁済期を同月末日と定めて金100万円を貸したので返済を求めたい。

訴状にはどのような請求原因を記載すればよいか?

 

消費貸借契約による金銭の返還を求める場合、その実体法上の根拠は民法第587条になる。民法第587条は、「消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる」と定めている。と考えると、この場合「構成要件に該当する事実」「権利関係を直接に基礎付ける事実」とは何かといえば、

 

@        金銭授受

 平成15年12月1日Xが(相手方)が金100万円をYに(当事者の一方)に渡したこと。

 

A        返還約束

 YはXに、金100万円を変換することを約束したこと。

 

が必要である。

更に、

 

B        弁済期の合意

 XとYとは、弁済期を平成15年12月31日と定めたこと。

 

が必要か否かについては問題がある。例えば、これは請求原因としては必要ではないという考え方もある。その場合には、借主(被告Y)側で例えば「弁済期が平成35年12月31日である」「当該弁済期はまだ到来していない」などと主張してゆくことになる。

 しかし、司法研修所は、金銭消費貸借契約のような「貸借型」の契約(他には賃貸借・使用貸借などがある)は、「売買型」契約(他には贈与などがある)と違って、「一定の価値を一定の期間、借主に利用させることが目的である」のだから、「契約の目的物を受け取るや否や直ちに返還すべきことを内容とする貸借は無意味だ」といっている。そこで、このような「貸借型」の契約については、「弁済期の合意」がその「本質的要素」であると考える(研修所はこれを「貸借型理論」と呼ぶ)。この「貸借型理論」の立場からは、このB弁済期の合意は、消費貸借契約によって不可欠な要素ということになるので、請求原因として原告側で主張立証してゆかなければならないことになる。

そして、原告としては、

 

C        Bの弁済期が経過したこと

平成15年12月31日は経過した。

 

を主張することによって、金銭消費貸借契約に基づき金銭返還請求を行うために必要十分な事実を主張したことになる。

 

これに対し、

 

D        被告(Y)が不誠実な人間であること

 

 といった、要件事実ではない事実を主張したとしても、法律効果を直接発生させる効果を持たないから、主張しても無意味である。このような事実が訴状に記載されたとしても、それは本件訴訟の帰趨には直接関係ない事柄になる。Dのような事実の有無に当事者が固執し、証人訊問等もそれについて多数行おうと当事者がした場合には、それは本権訴訟の帰趨にとって重要な意味をもたないので、もっと重要な事実(上記の@〜C)に絞って証人訊問を集中的かつ短期間に行って、民事訴訟を迅速・充実したものにすることを「要件事実」の考え方は目指している。

 

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復習のポイント

1)        要件事実とはどのようなものか?

2)        民事訴訟において要件事実が重要とされているのは、なぜか?

3)        主張・立証責任とは、どのようなものか?

4)        消費貸借の要件事実は、どのようなものか?