<味ばなし −5>

一休さんもびっくり?
麹が活躍「紫野味噌松風」
京都・大徳寺

 京の北西は、古くから「紫野(むらさきの)」とゆかしく呼ばれてきた。洛中の喧騒からやや遠のいて、たおやかに時間の流れる一帯である。ここに大小数々の僧坊を寄せて、大本山を形成しているのが、一休禅師で名高い大徳寺である。
 大徳寺と聞いて、納豆を思い浮かべるなら、通人であろう。ただし、納豆といっても、わらにくるまれ、糸を引き引き、粘りを楽しむ朝食の伴のことではなく、また甘納豆でもない。半乾きでしわの寄った見た目は大粒のレーズンのようであるが、レーズンよりも光沢のある黒々とした豆で、少しきつい塩味がする。
 大徳寺納豆は、古来中国に渡った修行僧らが、持ち帰って伝えた妙食の一つである。高温多湿の気候の頃、蒸した大豆を冷ましたところに、麹(こうじ)を加え、炒り麦粉を混ぜ合わせて、数日温存して発酵させる。頃合いよろしく、塩と湯をかけて発酵を止め、天日に干すこと数ヵ月から一年以上、熟味をまとった「大徳寺納豆」ができるという。
 さて、大徳寺からほど近く、北大路に出た「大徳寺バス停」前に、つい見逃しそうな御菓子屋がある。構えは古いが、間口はさほど広くなく、いわゆる「大店(おおだな)風」とはいえない。格子窓と木製の張り出しサンプルがこじんまりと洒脱なのだが、瓦屋根の上にかけられた「松屋藤兵衛」の看板ばかりはのしかかってくるようである。木の引き戸を開けると、コトコトとなつかしい音がした。
 「おいでやす」背筋の伸びた妙齢の和装女性が深い一礼で迎えてくれる。一目でこの店のおかみさんと察せられる。娘さんかお嫁さんか、気心知れたもう一人の女性は、箱詰めだかの仕事に追われ、手を止めずに笑顔のみ、こちらに向けてくれた。東京から来た者にとって、京都に根ざした生活気風のうちに迎えられること自体、ちょっと緊張するものである。「えーっと、あのお…」店前のサンプルで見た菓子の名を度忘れする。「こちらで、名物とお聞きしたんですが…」と切り出すと、すかさず二人の女性が声をそろえた、「松風でっしゃろー」。そうですそれです、「一見客」の飛び込みで構えていた両者の緊張が一瞬に消え、一同に笑いがこぼれる。「まあ、火にでも当たっておくれやす」と火鉢のそばの座布団を勧められ、番茶が出された。
 松屋藤兵衛は、お茶人にはなじみ深い「紫野味噌松風」の名店である。味噌松風は、京でもいろんな店が扱っているし、店や菓子の歴史的由緒を競う店ならほかにも枚挙にいとまがない。しかし、こと茶趣・風味において、藤兵衛の松風が抜きん出るとの名が高いのである。
 味噌松風は、小麦粉生地に砂糖や白味噌を練りこんで寝かせ、麹の発酵作用で膨らまし、鉄鍋で焼き上げる。上下にこんがり焦げ色がついて、カステラのミニチュアのように見える。だが、白味噌の発酵は細微で、カステラより、はるかにキメが詰まるし、コシがあって噛みごたえがある。なにより、ほのかな白味噌の香りが上品である。上部の焼き目に埋められたふくよかな大徳寺納豆こそ、「紫野」を銘に冠するいわれであり、さらに藤兵衛のそれは白ゴマを散らして、実に滋味にあふれているではないか。藤兵衛では、大徳寺納豆も自家製するという。派手ではないのに、懐深く染み入るさまざまな工夫は、まことに侘び菓子の名にふさわしい。
 火鉢に当たること一〇分、小箱に盛装された松風を受け取る。いかにも軽いが、このささやかな一品にこめられた技と真心といい、悠然たる客商いといい、至福のひとときをすごした満足を得た気がする。「一期一会」を噛みしめつつ、コトコトと店の戸を閉めて出た。
 さて、東京に帰って、買い求めた松風を一箱、日ごろ交わりあるご婦人におすそわけした。お茶のたしなみ秀でたそのかたに、開口一番「藤兵衛の松風を土産にするとは、なかなかに目が高い」などとおほめいただいた。いやはや、松風の何かも知らず、看板に引かれて物見高くのれんをくぐり、あげくにうろ覚えの菓銘すら口ごもった「一見客」としては、まったく冷や汗ものであった。

●大徳寺 075(492)0068
地下鉄烏丸線北大路駅よりバス5分「大徳寺前」下車
●松屋藤兵衛 075(492)2850
京都市北区北大路紫野・大徳寺バス停前/木曜休
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