”2000/9月のお宝発見!
第26巻”江戸時代中期〜
明治初期の泥メンコ
画像1.
8月に入手した泥面子と観音像・碁石?各種、
江戸時代中期〜明治時代? (今戸)
8月にフォミラーニツポン観戦の帰りに立ち寄った骨董店で、
偶然に泥面子を手に入れることができました。そこの主人の話では、
或郷土玩具を収集していた老人が亡くなり、そのお宅から出た物だそうです。
小さなブリキの箱に無造作に山盛り詰まっていました。
このメンコは、土の中から出た物らしいのですが、
同じ場所で一緒に出土したものかどうかは定かではありません。
こんな訳で、今月も続いてメンコを紹介することになりました。
「泥メンコ」と言うと、一般の方にはあまりなじみがないようで、
ええ、これがメンコなの?と思われる人がほとんどでしょう。
最近、東京汐留遺跡の発掘調査で、仙台藩伊達家屋敷跡の溝中から
泥面子や碁石、ままごとの道具などのおもちゃが沢山出土しました。
江戸時代中期から幕末にかけて、(地面に穴を堀り、そこにめがけて銭を投げ、
穴に入れば自分のものとして取り、穴の外の銭は、その銭めがけて自分の銭を投げ、
当たれば勝ちとなる)という
「穴一遊び」
が子供達の間に広まっていたようで、
大人の博打が子供達の間に広まるうちに、銭の代わりに泥面子になったようです。
参考資料(株式会社京都書院発行・おもちゃの博物館・多田敏捷 編)
画像2
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画像3
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家紋など円形の泥面子
直径 1.5cm〜2.5cm
面の形をした泥面子
面の長さ 2.1cm〜2.8cm
泥面子には(
画像2.
)円形のものや、(
画像3.
)の面形のもの、
また、(
画像4.
)の様々の形のものがあります。(
画像1.
)の右端のものは、
碁石のようです。下方にあるのは観音像です。観音像を投げたり、
ぶつけたりするのは、不自然なので、私の想像では面子ではなく、
紙に包んで持っているお守りではないかと思います。
(
画像2.
)は、上左から、「二輪違」(ワチガイ)・「左旋三巴」(ミツトモエ)
・「十二日足」(ヒアシ)などですが、渦巻き・火消しの纏と梯子・
同じく、纏・天狗の団扇・丸に大の文字家紋・不明・不明・人の顔・碁盤?
というように何でも円の中に入れてしまいます。
明治時代のものには、「自由」とか、「板垣」とかもあるようで、
ちょうどベーゴマに、「王」とか「長嶋」とかがあるようなものでしょう。
(
画像3.
)メンコの語源は、この面形の面子から来ています。
小さな面なので、
面子(メンコ)
と言うようになったとされています。
鬼の面や・阿亀(おかめ)・火男(ひょっとこ)は、定番で、
上から見ても下からみても、人の顔というものもあります。
画像4.
いろいろな形をした泥面子
長さ 1.2cm〜2.9cm
(
画像4.
)左上から、「大黒天」・同じく「大黒天」・「寿老人」・「布袋」
「お坊さん?」・「石灯籠」・「福助」・「赤子の顔」・人物不明・「虚無僧」
など、なにしろ小さくて、特徴のあるもの以外わかりません。
わかった人がいたら(画像1.の観音像についても)
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参考
・泥面子の遊び方、「穴一」 「ヨセ」 「ケシ」 「穴ぽん」
「キズ」 「升入れ」 「立ちぐわえ」 「なめかた」 「なんこ」など
ちなみに、鉛メンコをお持ちの方で、譲って下さる方いましたらお知らせ下さい。
想い出のある方、詳しくご存じの方は、こちらへ
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