3/1(Fri.) 天気:曇り cloudy 宿泊地:Firenze ホテル:Pensione Marini
 ついに昨夜は一睡もできなかった。なんとかなるさと一等車両のコンパートメントに一人で乗り込んだのが間違いの元。入れ替わり立ち代わり、胡散臭いヤツが入ってくる。ウトウトしようものなら、いつのまにかポケットの辺りをまさぐられている。被害が出る前に徹夜を決め込んで、室内灯をつけっぱなしにすることにした。

 朝の8時にようやくミラノに着くと、思わずほっとした。隣のコンパートメントではカメラが盗まれたようだ。今日はフィレンツェまで行くことにする。ボローニャ乗り換え、フィレンツェに着くと夕方だった。宿を確保した後、夕暮れの街を散歩。フィレンツェ大学の食堂を探し当て、そこで晩飯にした。

3/2(Sat.) 天気:雨 rain 宿泊地:Venezia ホテル:S.Geremia
中世の町フィレンツェ。奥に見えるのがドゥオモ。 雨でもイタリアは暖かい。フィレンツェは中世の雰囲気を今なお留めており、町全体が落ち着いた感じを与える。ベッキオ橋を渡り、少し登った所にミケランジェロ広場があり、ここからフィレンツェが一望できる。有名なドゥオモが小さく見える。近くにいた日本人の女の子に写真を撮ってもらった。イタリア人の男がその二人を車で案内しているらしい。イタリア人は手が早いというか、とても嫌な気がした。

 午後、フィレンツェを出発すると、雨が時折強くなった。ロンバルディア平原に入ると、一面に雨に濡れた草原が広がっていた。雨のイタリアに旅情を感じるのは何故だろう。ベネチアの駅を出ると、すぐ目の前が水浸しで洪水かとびっくりしたが、よく見ると運河なのであった。週末なので、四苦八苦の末ホテルにようやくホテルに落ち着く。

3/3(Sun.) 天気:曇り cloudy 宿泊地:車中泊 ホテル:        
水の都ベニス 昨日から降っていた雨がようやく上がった。二人分の道幅しかない狭い路地を曲がると、大抵そこには橋がある。どこかで行き止まりになりそうな気もするが、いたる所に"Per San Marco → "のように表示してあるので、迷う心配はない。ベネチア美術館に入るが、イタリアの絵はイタリアで見るのが一番だと感じた。

 ベネチアの町の中心はサンマルコ広場であり、ここには多くの観光客が集まってくる。大鐘楼に登ると、遠くにアルプスが見え、またベネチアが水の都であることが実感できる。すぐ隣にあるドージェ宮の中に入る。ここには、中世の鎧、冑、鉄砲などが展示されていた。溜め息の橋は暗くじめじめしていて、牢獄にいた人の嘆きが聞こえてきそうだ。華やかなドージェ宮とその中の陰湿な牢獄との対比に、中世の光と影を見たような気がした。

 夕方5時頃、ユーゴスラビアのBeograd行きの列車に乗る。コンパートメントには、ユーゴ人2人とユーゴスラビア語を話すおばさんがいる。このおばさんは、イタリアのトリエステで妹と看護婦をしているそうだ。片言の英語を話す面白い人だった。若いユーゴ人を相手に何か議論をやっている。おばさんはトリエステで下車。握手をして別れた。

 21時前、イタリア側の国境駅に着く。社会主義国との国境のためか、怠け者のイメージがあるイタリアンポリスもここでは厳しくパスポート検査をした。次のユーゴ側の国境駅はもっと厳しく、荷物検査まであった。

 

3/4(Mon.) 天気:晴れ fine 宿泊地:車中泊 ホテル:       
 夜中に検札が2回あり、あまり眠れなかった。朝の9時頃、ベオグラードに着く。ホームには駅名がキリル文字で書いてあるので、本当にここがベオグラードかどうか不安になっ私の右が戦車。左が対空砲た。駅で両替と荷物預けを探していたら、さっそく闇両替屋が寄ってきた。私服警官の恐れがあるのでためらっていると、"Don't be afraid. I'm taxi driver." と流暢な英語で話しかけてきた。ドルの現金はできるだけ使いたくないので、トラベラーズチェックしかないと答えたら、行ってしまった。

 近くに日本人の女の子がいたので、一緒に市内見物する。社会主義国のせいか、町全体が地味で、一昔前の日本の古ぼけた官庁街を歩いているような感じだ。途中、レストランで昼食を摂る。二人でビール2本、鳥のフライ、ポテトチップスなどで830Dinar(1500円)にしかならず、Dinarが使い切れるかどうか焦り始める。とにかくカレメグダン公園まで行っ国会議事堂て、ドナウ川を見に行く。いずれかの大戦の時に使われたらしい戦車や対空砲の横を通って公園の端まで行くと、そこが高台になっていて、300mくらい向こうにドナウ川がサバ川と合流するのが見える。ベオグラードが地味なだけに、青いドナウ川が美しさが一段と映えるようだ。

 14:35 アテネ行き列車発。女の子は、同じ列車のブルガリア経由イスタンブール行きの車両に乗った。私はブルガリアのビザがないので、ギリシアのテサロニキ経由で遠回り。列車は混んでいたが、3人のコンパートメントに入れてもらった。しばらくすると、ユーゴ人達は降りて代わりにギリシア人の学生達と皮ジャンのユーゴのお兄さんが乗ってきた。学生達は陸上をやっているという。皮ジャンのお兄さんは空手をやっているらしく、前げり、下段払い、横げりなどの日本語を知っていた。ちょうど私も空手を習っているところだったので、しばし空手談義をしているとギリシア学生も会話に乗ってきて、日本語講習会が始まった。車内は盛り上がったが、しまいには漢字を教えてくれというのには参った。

 夜明け前のテサロニキで乗り換え。イスタンブール行きの列車を待つ間に便意を催してきたが、チップの小銭がなかったので、駅を出て暗闇の中、野ぐそを打つ。

3/5(Tue.) 天気:晴れ fine 宿泊地:車中泊 ホテル:      
 テサロニキの駅の待合いで8時まで待って、ホームに出る。抜けるような青空だった。ギリシアの学生達は別れる前にも、列車の時刻を確かめてくれたり、親切だった。ここからは、列車はすいていてガラガラ。コンパートメントには、スウェーデン人のカップルのバックパッカー。もう9ヶ月も旅をしているツワモノである。自分は40日だと言うと笑われた。そのうち彼らは、隣のトルコ人の子供がいるコンパートメントに移り、代わりにギリシアかトルコの婦人とおばあさんが入ってきた。何か交易をするらしく、皿のようなものを新聞紙にくるんで束ねてあった。放牧地やカルスト地形のように荒涼としたところなど、ギリシアのイメージには似つかわしくない風景が展開される。

 列車が夜のギリシアの国境駅Pithionに着くと、パスポートは検査のため取り上げられ、車内灯と消えてしまって、心細いことこの上ない。30分ほどしてパスポートがスタンプを押されて返ってくると、列車は動き出し、今度はトルコ国境駅に着く。こちらは荷物検査があったが、私だけ"ジャポン?"とにこやかに尋ねられただけで、何も調べられずに握手までした。トルコ人が親日的というのは本当らしい。それにしても、この列車は暖房が全然効いていない。寝袋を持ってきて良かった。

3/6(Wed.) 天気:晴れ fine 宿泊地:Istanbul ホテル:Hotel Güngör
青空に映えるブルーモスク 朝の7時頃、イスタンブール着。すぐにホテル探しをする。目指すグンゴールは、世界中のパックパッカーに知られているイスタンブールの安宿だ。(一泊500円)隣のプディングショップは、貧乏旅行者の溜まり場になっている。宿に荷物を置いて、Kiliosまで行き黒海を見に行く。帰りにバス停付近で現地で働く日本人が車に乗っていかないかと誘ってくれたので、ありがたくヒッチハイクする。昼食をご馳走になった後、トプカピ宮殿、ソフィア寺院、グランバザールを案内してくれた。ラッキー!

 夕食はプディングショップの隣のCan Restrantに入って食べた。セルフサービスなので、鶏肉、スープ、サラダ、パン、それにビール2本をつけて腹一杯食べた。それて゜も日本円で500円ちょっとですんだ。ここも日本人旅行者の溜まり場になっていたが、私のようにヨーロッパから来た人は少なく、アジアや中近東を旅してきた個性的な人が多い。

3/7(Thu.) 天気:曇り cloudy 宿泊地:車中泊 ホテル:      
夕暮れのガラタ橋 Can Restrantで朝飯の後、昨日ここで聞いておいたトルコ風呂へ行くことにする。料金はフルコース(入浴、垢落し、マッサージ)で900円ぐらい。温かい大理石の上に寝転んで、じっとしていると胸毛の生えたいかついお兄さんが来てマッサーシ゛をする。これは恐怖の間接技であり、手足だけでなく首もやられた時はどうなることかと思った。でも垢落しは快適。ベネチアから夜行列車の連続で、シャワーも浴びていないので、面白いように垢が取れる。

 さっぱりしてから、グランバザールで土産物を探しにぶらぶらする。店を覗くと、大抵チャイ(トルコのお茶)をご馳走になる。結局、ヘ゜ルシャンパイプ、チャイセット、小さな絨毯を買った。電車の中の食料を買出しし、夕食をまたCan Restrantで食べて、20:40イスタンブールを後にした。

3/8(Fri.) 天気:曇り cloudy 宿泊地:車中泊 ホテル:      
 インタンブールを出て、今日は一日中電車の中。電車が4時間ぐらい遅れている。途中、アレクサンドロポリスで乗り換え。ここまで二等車一両だけだったが、更に一等と二等が一両づつ増結された。ここから乗ってくる人が沢山おり、二等は満員、一等で何とか座れた。ユーレールパス一等を持っているメリットがでた。今日のメシは、朝昼晩と昨日買っておいたパンのみ。

3/9(Sat.) 天気:曇り cloudy 宿泊地:Athens ホテル:Hotel Olympos      
パルテノン神殿前で同宿のメキシコ人、ユーゴ人と アテネに着いたのが、朝10時半。インタンブールから一緒だったメキシコ人のおじさんとユーゴ人のお兄さんの3人で、駅の近くのホテルに泊ることにする。一人約400円で安い。飯を食べて腹ごしらえしてから、パルテノン神殿のあるアクロポリスへ行く。メキシコ人のおじさんは9月からヨーロッパを回っており、4月まで帰らないつもりだという。仕事しなくていいのかしら?だんだん、私の旅も終わりに近づいてきた。メキシコ人とユーゴスラビア人と、いろいろな国籍の人と一緒に旅をするのも悪くない。日本人とメキシコ人とユーゴスラビア人が一緒の部屋に泊ると言ったら、ホテルのオヤジは目を回して驚いていた。

3/10(Sun.) 天気:曇り cloudy 宿泊地:船中泊 ホテル:       
 今日は9時まで寝てしまった。夜行疲れがとれない。ホテルに荷物を預け、古代アゴラを見に行く。風月を感じさせる石ころ以外は何もなく、ソクラテス、プラトン、アリストテレス等の稀世の思想家やデモクラシーを生んだ文明は、長い年月によりすべて風化してしまったようだ。アテネには、あちこちにちょっとした丘があり、アレオス・パゴスの丘に登った後、フィロパポスの丘に登った。ここからのアクロポリスの眺めは素晴らしい。

 昼食は、昨日夕方に行ったタベルナ(ギリシアの食堂のこと)に入って、ムサカMUSSAKAを食べた。挽肉の入ったサンドイッチのようなもので、なかなかうまい。メキシコ人のおじさんもGOOD!!と言っていた。彼らは、パトラス行きの電車の駅まで私を見送りに来てくれた。Thank you!!

 パトラスの港は、電車の駅から5分ほど歩いた所にあった。全然場所が分からずに困っていたが、英語の話せるイタリア人の女の子が、私も行くけど、こっちだよと案内してくれたので、とても助かった。夕方6時頃、イタリアの長靴の先端にあるブリンディシに向かって出発。船の中は、なかなか快適。最初は一緒にいたイタリア人の女の子は、おじさんにナンパされてどこかへ行ってしまった。

 

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