| 2/19(Tue.) | 天気:晴れ fine | 宿泊地:Zermatt | ホテル:Gabelhorn |
昨夜泊った日本人経営のホテルは、貧乏旅行者には少し高かった。(75.5SFr) 10時前にチェックアウトして、メインストリートを少し行った所にあるスポーツ用品店でスキー板と靴を借りる。カウンターの女の子は、美人で愛想が良かった。ホテルで聞いた話だと、クライネシャイデクまでの登山電車が雪崩のためストップしており、ゴンドラとリフトを乗り継がないと、そこまで行けない。そのためか、ゴンドラ乗り場は非常に混雑していた。周りは大男・大女で、しかも平気で人のスキー板を踏みつけるので、たまったものではない。待ち時間1時間でようやくゴンドラに乗れ、リフトを乗り継いでクライネシャイデクに着いたのは、昼の2時だった。さすがに日本のスキー場とはスケールが違う。スキーで滑り降りるにしたがって、アイガーが次第に見上げるような角度に変わる。あの壁で多くのクライマーが命を落としたという血なまぐささは想像できない。贅沢なスキーを楽しんだ後、4時半の電車で次の目的地ツェルマットに向かう。そこに着いたのは夜9時で、さんざんホテルを探し回って、ようやく落ち着くと時計は10時半を回っていた。 |
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| 2/20(Wed.) | 天気:晴れ fine | 宿泊地:Zermatt | ホテル:Garbelhorn |
今日は早速、スキー板を借りてゴルナーグラート行きの登山電車に乗り込む。電車は混んでいたが、高度を上げるに従って、世界中の人々を魅了してやまないその美しい姿を雲一つない空に映えさせている。ゴルナーグラートがマッターホルンから少し距離があるせいか、思ったよりこじんまりしていたがモンテローザから始まって、ブライトホルンと続く白い山並みから、少し離れて神々しく聳えるその姿は、高さこそモンブランに譲るものの、アルプスの盟主に足るものだと思う。私にとって、マッターホルンは長年の憧れの山であったが、今それを前にして久しぶりに会った旧友のように感じたのは何故だろう。うっかり、ペラペラの根性のないスキー板を借りてしまい、スピードを出すとよく転んだ。もう一度ゴルナーグラートまで登ると、電車の中でブルースリーのファンだという男の子に話し掛けられた。富士山の絵葉書をあげたら、大変喜んでいた。どこの国でも、子供は無邪気でかわいい。 ホテルに戻ってから、コープで買出し後、遭難者墓地の方へ散歩してみた。更にAlpines Musiemへ行くと、そこにはマッターホルン初登頂のWhimper愛用のピッケルやマッターホルン登頂にちなんだ物が並べてあった。私は、ここに来て初めて自分がスイスに来ていることを実感した。 |
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| 2/21(Thu.) | 天気:晴れ fine | 宿泊地:Chamonix | ホテル:YH |
7時半起床。マッターホルンに朝日が射す一瞬を見るために外に出る。寒い。気温は−13℃。モルゲンロートというよりも黄金色の輝きが増していく。橋の上からマッターホルンを見ていると、朝早いせいかまだ観光客は見かけず、学校へ通う子供たちが通り過ぎていった。ツェルマットの町は、電気自動車と馬車しか走っていない。私の目には、ツェルマットは余りにも観光地化されすぎているように写った。私のツェルマット、私のマッターホルンは、もっと非俗物的かつ神聖なものだ。
![]() ![]() 昼頃このツェルマットを後にして、更にシャモニーへと向かう。フランス国境を越えると、間もなく針峰の一つが姿を現した。シャモニー駅に着いても、これがあのモンブラン登山口のシャモニーかどうかわからず、地元の高校生に確認してあわてて電車を降りた。今日は、ユースホテルに泊ることにする。ここのユースは結構大きく、スキーを楽しみに来た若者で一杯である。何故か日本人は私だけだった。夕食は、生まれて初めてチーズフォンデュを食べた。フランス人ばかりで英語が通じず困ったが、"Bon!!"とわずかながら知って いるフランス語で舌鼓を打った。 |
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| 2/22(Fri.) | 天気:晴れ fine | 宿泊地:車中泊 | ホテル: |
ユースでスキー場の1日券とミディ展望台の割引券をもらって、今シーズン最後のスキーに出かける。リフトは混んでいたが、スイスのように押し合いはなく、フランス人特有と思われる気長さで、のんびり並んでいた。シャモニーのコースは急でコブが多いが、その中で唯一初心者向けのゲレンデがあり、針峰群やモンブランを眺めながら、スキーを楽しむ。その後、最終のゴンドラでミディ展望台へ登る。昼飯を食べている暇がなかったが、体力に物を言わせて、富士山より高い展望台へ。温度計は−10℃を指しており、晴れているが寒い。日本に行ったことがあるというパリの老紳士に写真を撮ってもらう。モンブランは手の届く所にあるようで、アイゼン・ピッケルがあれば、すぐに行けそうだ。 アルプスの大展望を堪能した後、夜行電車でパリへ向かう。ところが、スキーシーズンで電車の座席はすべて予約済。途方に暮れていると、スキー帰りの学生が、団体でとった席が2つ空いているから、と席を譲ってくれた。これには感謝、感謝。 |
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| 2/23(Sat.) | 天気:晴れ fine | 宿泊地:Paris | ホテル:Hotel Henry W |
6:45
Paris-Lyon駅着。昨夜の学生にお礼を言っておいた。駅の正面のBarで朝食をとる。段々立ち食いも板に付いてきた。安ホテルのあるSt.Michelまで歩くことにする。早朝のパリは人通りも少なく、セーヌ川沿いに行くと、ジョギングをしている若者や、犬を連れて散歩する老人がいるくらいなもので、誠にのんびりしている。
昼飯はオペラ座の近くにあるデパートPrintempsで食べる。腹ごしらえの後、ルーブルへ。ここは本当に広いので、パリにいる間毎日通うことにする。とりあえず、初日はビーナスとニケを見て、ガイドブックを買って1時間くらいで出た。疲れたので、Le Miserableに登場するLuxemburg公園でくつろぐ。今日は土曜日なので、池の周りのベンチに多くの人が休んでいる。マロニエの並木道が素晴らしい。ここは確かに若者達が恋を語らうにふさわしい。 |
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| 2/24(Sun.) | 天気:晴れ fine | 宿泊地:Paris | ホテル:Hotel Henry W |
今日は電車でベルサイユへ。Parisから25分でVersaillesに着く。宮殿の前は観光バスでいっぱいで、電車で来るのは貧乏旅行者だけのようだ。内部は外観からは信じられないくらい贅沢を尽くした部屋が続いている。これでは革命が起きるわけだわい、と妙に納得してしまった。
そろそろ夕暮れが近いので、サクレクール寺院へと急ぐ。地下鉄のPigar下車。狭い路地を登ると、サクレクールの白いドームは夕日に染まっていた。その見事な色合いを仰ぎながら、観光客や地元の人々でひしめく階段から振返ると、黄昏のパリが見える。 帰りに話の種にと、ムーランルージュを見に行く。ムーランルージュのあるClichy通りの両側は、ほぼ2/3がポルノショップで、Pigarの地下鉄の出口には街娼が立っていた。 |
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| 2/25(Mon.) | 天気:曇り cloudy | 宿泊地:車中泊 | ホテル: |
| どうも疲れが溜まっている。9時まで寝てしまった。オーステルリッツ駅でBarcelona行きの電車の予約をしてから、印象派美術館と、最後の見納めに三度Louvreへ通う。クロークへデイパックを預けに行くと、美人のお姉さん二人が早い者勝ちよというように手を伸ばし、一人が呆れるほどの早業で、さっとリーチしてニッコリしたのには、笑えてしまった。日本の美術館と違って、とてもお茶目。3回来てもLouvre全部を見ることはできなかったが、お目当ての絵は大体見たのでよしとする。21:25 Paris発。 | |||
| 2/26(Tue.) | 天気:曇り cloudy | 宿泊地:Barcelona | ホテル:R Nuevo colon |
列車のコンパートメントで目を覚ますと、外は荒涼たる山の中。ピレネー山脈である。崩れかけた土色の家々が車窓を流れる。昼頃、国境のPort
Bonに着く。ここからBarcelonaまでは各駅停車に乗り換え。途中から斜め正面に可愛い女の子が座ったので、意を決して
"It's rains."
と話し掛けてみた。生物学を専攻しているの学生だそうである。解剖をやるのかと手振りで聞いたら、そうだという。スイスでスキーを楽しんできたことを話すと、彼女の母が上手でライセンスを持っているという。Barcelonaに着いてから食事に誘ったら、スルリと巧みに逃げられ思わず落胆する。
晩飯は蝸牛とパエリアとサングレア。その後で、フラメンコを見に行ったが、あまりにも観光化しすぎて何だか期待外れでがっかり。本物は、もっと田舎へ行かないとやっぱりだめか。ランブラス通りを戻ると、タクシー乗場の辺りに街娼が20〜30人たむろしている。いずれも若く、もしかして十代前半かもしれない。カルチャーショックを受けた。彼女たちと視線が合わないようにして、幻想的な海岸通りからホテルに戻った。 |
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| 2/27(Wed.) | 天気:晴れ fine | 宿泊地:車中泊 | ホテル: |
| 昨夜遅かったので、起きたら10時近かった。早速、Picaso美術館へ行ってみる。ここは、Picasoの作風の変遷を知るのによい。大通りを少し入った所にあるBarで昼飯にする。ペセタの残りがあまりないので、手振りと筆談で200Pst(約300円)で適当に見繕ってくれというと、ビールとサンドイッチが出てきた。よく冷えたビールを味わっていると、日本人の女の子2人がやって来て、これからタクシーに乗るつもりだが大丈夫だろうかと私に聞いてきた。最初にちゃんと値段交渉をしておけば心配ないと説明したら、安心したようだ。 彼女たちと別れて、ミロの作品を見にモンジュイクの丘にあるカタルーニャ美術館を目指す。散々迷った末、辿り着いたらさっきの女の子たちがタクシーで先に来ていて、なーんだと笑い転げる。荷物を預けておいたホテルに戻ると、いよいよここからトルコのIstanbulへの長い電車の旅が始まる。 |
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| 2/28(Thu.) | 天気:曇り cloudy | 宿泊地:車中泊 | ホテル: |
コンパートメントで目を覚ますと、もうここはコートダジュールの海岸だった。映画祭で有名なカンヌを過ぎた辺りで、朝日を浴びて輝く海岸沿いの建物が、欧州一のリゾート地にやってきたことを感じさせた。目的地のニースで降りる。
ここからマルセイユはすぐ近くで、1時間半で着いた。いかにも港町らしい活気のあるところで、私の目的はモンテクリストで出てくるイフ島に沈む夕日を見ることである。Notre Dame de Garde寺院のある丘に辿り着くと、ちょうどイフ島が黄昏のシルエットになっていた。 |
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