志津城跡
所在 静岡県浜松市村櫛町
交通 JR東海道本線浜松駅よりバス頭脳センター下車
歴史 一説によると正暦四年(993)、藤原共資が巡検使として遠江に下向し、この地に城を築いたのが
志津城の始まりとされる。
城は寛弘七年(1010)共資の子共保が井伊谷に移ると城は廃城になったとされるが、下って室町
中期、遠江の統治を巡って今川氏と斯波氏が浜名湖周辺で抗争を繰り広げられ、この志津城もその
戦火の渦中にあったとする説も残っている。
いずれにしてもこの志津城に関する資料は乏しく、その歴史を含めて不明な点が多い城である。
志津城跡遠望
志津城跡入口
城域に建つお堂
一言 志津城跡は浜名湖を望む比高100m程の通称城山にあったというが、現在、山は浜名湖埋め立て
のために崩され、遺構は残っていないとされる。(「日本城郭大系」より)
ただ、「折角ここまで来たのだから遺構の一部でも確認しよう」とかつての城域を探索。
お堂を過ぎたところにある竹薮は一見、小規模な曲輪らしき遺構と思えるのだが、城の年代を考えると
後世に整地されたものであると考えられる。(比高も50m程の所だったので)
なお、浜名湖頭脳公園入口より県道を挟んだところに志津城の石碑が建っている。
お堂の奥、竹薮内は遺構のように思えるのだが...
頭脳公園入口付近に建つ石碑