小笠原長清館跡

所在  山梨県中巨摩郡櫛形町小笠原

交通  JR身延線東花輪駅よりバス櫛形中学下車

歴史  鎌倉時代前期、甲斐源氏一族の加賀美遠光は甲斐において広大な領地を所有し、この小笠原牧にはその子、

     次郎長清を配する。

     次郎長清は小笠原氏を称して一帯の統治を行うとともに、父加賀美遠光に従軍し各地を転戦、戦功により信濃

     伴野荘を与えられる。また、承久の変(1221)において長清は東山道大将軍の一人として活躍したという。

     のち、小笠原氏は代々続き、室町時代には子孫が信濃守護になるなど、その血筋は絶えることなく近世に続いて

     いるという。

       長清館跡に建つ小笠原小学校

 

一言  小笠原長清居館は現在の小笠原小学校一帯にあったとされるが、現在、小学校敷地・市街地化に伴ない、遺構は

     全く残っていない。 

     なお、武家礼式として有名な「小笠原式礼法」は小笠原家に伝わる『弓馬の芸』が元となり、纏められたものとされる。

       説明板と校舎に描かれた『笠懸』の画

 

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