勝坂城跡

所在  静岡県周智郡春野町勝坂

交通  

歴史  勝坂城は鎌倉時代から戦国時代にかけて北遠地方一帯に勢力を持っていた天野氏によって

     築かれたとされるが、その成立年代は不明である。

     天野氏は犬居城を本城に周囲に支城を築城したが、この勝坂城は軍略上最も重要視された

     支城であったという。

     戦国時代は甲斐武田氏と誼を通じていた天野氏であったが、武田氏に替わって遠江における

     徳川氏の勢力が増大するにあたり、天野氏は本城の犬居城を退去しこの勝坂城に逃れる。

     天正四年(1576)7月、天野宮内右景貫はこの勝坂城にて攻め寄せる徳川軍と一戦を交え

     るが、寡兵敵せず甲斐へ逃亡したという。

     以後、勝坂城は天正九年まで徳川家臣大久保氏の管理下に置かれたとされている。

       勝坂城跡遠望

       城跡に建つ説明板

       道路反対側のサイレン塔から城域を望む

 

一言  国道362号から県道389号に入って北上、小楜橋の手前がその地である。

     城は入地山の尾根が気田川にぶつかり、川がU字に蛇行する先端部に築かれた丘城で、現在は

     県道がその尾根を分断するように通っている関係もあり、城域は完全な独立した小山となっている。

     城跡の遺構を確認すべくいつも通りに登ろうとするが足元の岩盤は脆く、一歩足を捕られれば

     崖下に転落⇒岩盤に体を打ちつける⇒気田川に入水⇒さようなら という状況が予想でき、無念の

     撤退。

     『学校敷地内』・『立入禁止地』などの“どうしても遺構を確認出来ない場所”以外は「是が非でも

     遺構を確認したい私」であるが、身の危険を感じて撤退した城跡は記憶の限りでは後にも先にも

     ここが最初で最後。

     この城跡に登られた方、遺構の状況をご存知の方はメールを下さい...。

 

       城域を分断する県道

       足を踏み外せば岩盤・そして気田川へ落ちる...

 

      メインページに戻る   静岡のページに戻る