駐車場に着くと、車の脇に秋良の影が見えた。
『それでは先生、ここで』
 兄の挨拶と、陽の『頑張れよ』という声に送られて、勝也は洋也の車のところまで戻ってきた。
「アキちゃん……」
 力のない声に、秋良は勝也の心の中にある、謝罪を読み取る。
「謝るのは、僕に対してじゃないだろう? どうだったの?」
 あとの言葉を秋良は洋也に向けて聞いた。
「これから相手側に謝罪に行く。……多分、停学になるだろうな。どうしても言い訳はしたくないそうだ」
「……ごめん」
 勝也の小さな声に、秋良はそっと手を伸ばす。勝也の頭に手を乗せると、それだけで、勝也はぴくりと震えた。そのまま頭を引き寄せた。
 勝也はかがむように、秋良の肩に額を乗せる。
「僕との約束破ってでも、守りたいものは守れたのか?」
 微かに頷く勝也の背中を、叩いてやる。
「じゃあ、そんなに情けない顔するなよ」
 自分を責めない秋良に、勝也は拳を振り上げたことをはじめて後悔した。
 
 その夜のうちに、勝也は1週間の停学という処分が下ったことを、陽の電話によって知らされた。
 電話の向こうから陽の疲れた声が聞こえて、勝也は詫びた。
「何時になるとは言えないが、きちんと在宅しているかを確認する為に、毎日電話をかけるから、ちゃんと電話に出るように」
「わかりました……」
 短い会話を残して電話は切れた。
 母親と兄が学校に到着するまで、陽は何度も勝也に対して、何があったのかを説明するように説得された。
 けれど勝也は頑なにそれを拒んだ。
 自分が悪い。それだけでいいと思っていた。
 川添は二度と陽に手を出すなどと考えないだろうし、あの時逃げ出した二人にそれ以上のことが出来るとは思えなかった。
 だからそれでいいと思っていた。
 洋也は勝也の態度に何かを感じたのだろうが、『守るつもりなら、守られたこともわからせないようにしろ』と言った。けれど、あの時、あれ以上の何が出来ただろうかと思う。
 今出来ることの精一杯をしたのだと思う。これから先もこの秘密を守れれば、それでいいじゃないか。
 そう思うと、自然に気持ちは澄んでいった。不思議と落ち着くことが出来た。
 陽に迷惑をかけたことは、これから先、償っていこうと決心する。二度と勝也の態度や成績のことで、彼を他の教師たちから責められないようにする。
 それによって陽を守り抜いてみせると決めた。
 例え……、自分の想いは殺しても……。
 
「ごめんね、アキちゃん」
 リビングで秋良に謝ると、秋良は複雑そうな顔で勝也を見た。そして、諦めたように溜め息をつく。
 学校の帰り、勝也の家を訪問した秋良は、いつものように勝也の部屋をノックした。そして、いつものように勝也の部屋に入ろうとして……、勝也に婉曲に断られた。
「リビングで話をしようよ」と……。
 それでも秋良は、勝也の気持ちが落ち着いているのを感じとって、ほっとする。さすがに昨日は勝也も落ちこんでいて、心配になったが、勝也なりに色々考えた結果なのだろうと、秋良は眩しい思いで勝也を見ていた。
「もう、暴力は無しだぞ」
 秋良が言うと、勝也は少し笑って頷いた。
「もう一度約束してくれるの?」
「でも、勝也が約束する相手は、僕じゃないだろ?」
 いつの間にか自分を追い越した教え子。
 教え子というよりも弟に近く、弟と言うには、愛しい存在。
 その手が離れていくのを感じながら、秋良は微笑んだ。
「でも、アキちゃんと約束したいよ」
 それでもまだ、弟のふりをしてくれる子。
 だから、自分もそう振舞おう。それが1番自然だから。
「ちゃんと、守れよ」
 勝也はいつもの笑顔とともに、力強く頷いた。
 だから、変わらない。
 何も。
 これからも。
 ずっと。