1年3組 三池勝也 右の者 1週間の停学を命ずる それが勝也に下った処分だった。 勝也たちが川添の元へ謝罪に出向いたが、相手側はその謝罪を受け付けなかったという。 病院から指導主任が戻ってきて、その日のうちに処分が決定してしまった。 陽は必死で抵抗した。 川添が落ちついてからもう一度話を聞くべきだと思ったし、あの場から逃げ出した二人の生徒にも事情を聞くべきだと主張した。 だが、それらは却下された。 勝也がわずかでも言い訳をしてくれていたならば……。 停学1週間は厳し過ぎるのではないかと、せめてもと言い募ったが、それも認められなかった。 自分の力がないばかりに……。 陽は悔しくて、情けなくて仕方なかった。 せめて……。勝也が被らなければならない汚名だけでも拭ってやりたい。 それは多分……。 一人の生徒に必要以上に肩入れをしてはいけない……。わかっていても尚、どうにかしてやりたいと思った。 今ここで勝也を守ってやれるのは、自分しかいないのだと思った。 そう……、あの時、校内にも入らなかった、あの人ではなく……。 目の前の少年は、何を考えているのかも掴ませない、いっそ見事な無表情で立っていた。 「月乃、君は三池とも仲がいいし、川添とも同じクラスだね。何か……、心当たりはないだろうか……」 京は美しい顔を冷たいまでに感情を殺しているようだった。 「勝也が話さないのなら、俺から言うことは何もありません」 ここへ呼び出してから、京の言葉はずっと同じだった。『勝也が言わないなら、言わない』 何もそこまで徹底しなくても……と思ったが、その鉄壁なまでのポーカーフェイスを崩す事は出来なかった。 「わかった。話す気になったら、また来てくれ」 結局、根負けをして、京を帰そうとした。 「本当に、わからないのですか?」 京は出口で一度振り返った。 「待て! わかっていることがあるなら話してくれないか。それによっては、三池の処分だって軽くなる。もう一度、何とかしてみるから」 「先生、僕は本当に何も勝也から聞かされてはいません。すべてが憶測です。そんな曖昧な事で勝也の代弁は出来ません」 京は陽を静かに見返した。どこか寂しげな瞳は、深い海を思わせた。 「月乃、しかし」 「どうしても知りたいのなら、先生が直接勝也に訊いて下さい」 失礼しますと言って、京は出ていった。 陽はどさりと椅子に座る。 「いやになるくらい、いい友達じゃないか……」 ついそんな愚痴が出てしまう。あることないことを言って、勝也を守ってくれるかと、実は期待していた。 そして、それに頼ろうとしていた自分を笑った。そんなことでは、勝也の信頼すら得られないだろうと思った。 あのとき逃げ出した二人の生徒。陽はその二人を探し出そうとした。 けれどあの時……。陽は目の前の光景が信じられずに、その二人の生徒を見ている余裕がなかった。二人とも体格が良かったのだけは覚えている。彼らがどうして喧嘩に加わらなかったのかはわからない。見ているだけだったのは確かなので、探し出すといった陽に、他の教師達は消極的だった。……もう、結果は出たのだからと……。 「三池、どうして何も言わなかった」 どうして何も言ってくれなかった。 母親と兄がくるまでにも、陽は何とかそのわけを聞き出そうとした。 けれど、どうしても勝也は言おうとしなかった。頼りない瞳で、陽に向かってごめんと繰り返すばかりだった。 昨日の今日であるのに、勝也と川添の件は、学校中の噂になっていた。 勝也は今までの行動から、少なくとも、酷く悪く言われている様子はない。けれど、一部の生徒たちからは、勝也の優秀さに妬みがあるのだろう、多少の批難も聞こえてきた。 弟の冬芽は、いろいろな噂を陽に教えてくれたが、そのどれもにもブツブツ文句を言い、勝也本人から聞いたこと以外信じるなと、陽に詰め寄った。 弟に言われるまでもなく、陽はそう思っていたけれど、肝心の勝也が何も言ってくれない。その事実は陽の心の中に重く圧し掛かってくる。 少なくとも、勝也に慕われているのではないかと、自惚れていた。 自分が説得すれば、勝也は何を語ってくれると信じていた。そして、助けを求めてくれると。なのに……。 いつも自分を助けてくれたのは、学級委員としての義務感だけだったのだろうかとさえ思ってしまう。 「三池、どうして何も言ってくれない……」 陽は書類をまとめてカバンに詰め、立ちあがった。ここで自分の力不足を嘆いても、勝也に信用されていない自分を卑下しても、何にもならない。 せめて……、真実だけは知りたい。 それはきっと教師としてより……。陽は自分の気持ちを両手で塞ぐ。 深く、知ってはいけない。知りたくない。 一種の防御本能が働いたとき浮かんだのは、夜の駐車場で、勝也があの人に抱きしめられている姿だった。 「あいつが悪いんだ。一方的に殴られたんだ、俺は」 川添は陽が病室に入るなりそう叫んだ。だがそれ以上のことは言えないようだった。顎にひびが入り、口を開くだけでも激痛が走るのだという。 喧嘩の原因が何かと問うた陽に、川添は自分は悪くないと、それだけをブツブツと繰り返した。 それから先は母親の恨み言をくどくどと聞かされた。何故、相手が退学にならないのか、何故うちの子が事情を聞かれなければならないのか。 その上、自分の子がカンニングの濡れ衣を着せられたと言い出した。その時の状況を説明しても、聞き入れるつもりはまったくないように思われた。 陽が悪いのだ、自分のクラスの委員長と二人で、優秀なわが子を落とし入れようとした、校長や理事長にも諮問すると言われ、陽は最後にはどうとでもしてくれと思いながら、病室を出た。 見舞いに誰も訪れない静かな病室には、親子の怨みが渦巻いているようで、吐き気がしそうだった。 陽は病院を出たあと、勝也の自宅へと車で向かった。昼休みに電話をかけた時には、勝也は落ちついた様子で話をしていたが、一度両親とも話をしたいと思っていた。 そして勝也を見たいと思った。あの真っ直ぐな目。 病室で怨みを募らせていた川添えとは正反対の澄んだ目に、陽は、だから真実を知りたいと思う。勝也が間違っているとはどうしても思えない。 だからこそ、勝也にあい、あの目を見ていたい。 勝也の自宅近くに車を止めると、陽は地図を頼りに、その家を探していた。番地が近いなと思いながら、二、三件の表札を見ていた時だった。 二件先の家の玄関が開いた。そして、一人の男性が姿を現わした。その人物を認めて、陽ははっとして、足を止める。咄嗟に、生垣に見を隠してしまった。 「アキラさん、ありがとう」 母親が続けて顔を出して、その人に礼を述べている。 「僕は何も出来なくて……」 「アキラさんがいてくれるだけで、私は心強いわ。こんな時どうしていいのか……」 「大丈夫ですよ、勝也はすごく落ちついていますから」 「なんだか自信がなくなりそう。上の三人はこんなことしなかったのに」 「だめですよ、お母さん。勝也だけ見てやって下さい。僕達は勝也を信じてやらなくちゃ。あいつは悪くない。どうしてだか、それだけはわかるんです」 「アキラさん、ありがとう」 また明日も来ますから。そう言って彼は帰っていく。 陽はしばらくその場から動けずにいた。 |