好きという気持ちで強くなる











 寝不足でバタバタと朝の支度をしていると、母親があぁだこぅだとうるさい。
「だからもっと早く起きればいいのに」
 そんなことは何百回も言われなくてもわかっている。
 わかっているが、できないのだから仕方ない。
 遅刻しないだけでもほめて欲しいくらいだ。
 けれど逆らうとよりうるさくなるので、黙り込んだままやり過ごそうとする。
 そうすると、返事をしないことが気に入らないらしく、「聞いてるの、モト君」とくる。
「いってきます」
 さっさと出かけるにかぎる。
 幹はカバンを持つとさっさと駅に向かう。
 駅について北斗を待つ。
 もうすぐ北斗が来ると思うだけで、気持ちが浮上する。
 頑張って受験した甲斐があったというものだ。
 北斗は幹が待っている姿を見つけると、笑顔で走ってきてくれる。
「おはよう幹君」
 優しい声で言ってくれるのが好きだ。
 二人で電車が来るのを待っていると、うしろから女の子同士の会話が聞こえてきた。本人たちは声を潜めているつもりでも、結構聞こえるものだ。
「兄弟かな?」
「そうじゃない?」
「二人とも鵬明なんてすごいよね」
 どうやら自分たちのことらしい。
「弟君のほう、可愛いよね」
「お兄ちゃん優しそうだよね」
 あきらかに自分が弟に見られ、北斗が兄に見られている。
 ムッとしていると北斗が小さく笑った。
「兄弟に見られるのってはじめてだよね」
 囁くように幹に話しかける。
「見えないよ」
 不満気に呟くと、北斗が驚いたように幹を見た。
「そうだよね。ごめんね」
 ほら、優しい。
 幹は自分の子供っぽさが嫌になるのはこんな時だ。
 必ず北斗が幹の気持ちをくみ、先に謝ってくれる。
 これでは兄弟に見られても仕方ない。
 そもそもこんな風に兄弟に見られて腹が立つのは、家で両親が北斗のことを幹に兄ができたようだと喜んでいるからだ。
 一人っ子で、過保護に育ててきた幹に、北斗のように優しい兄の存在ができるのは、いいことなのだそうだ。
 北斗は幹の勉強もよく見てくれるし、幹が我を通そうとすると優しく窘めてもくれる。
 そういうところが両親に非常に気に入られているらしい。
「北斗は俺みたいなわがままな弟は嫌なんじゃないの?」
 電車を降りてから不貞腐れたように聞いた。
「嫌だなんて思ってないよ。でも、弟っていうより、やっぱり友達だよね」
 幹が不機嫌だからそんな風に言うのだろうか。
「小さい頃は弟が欲しいって、母にねだったんだって。だからうちでも、幹君のこと、弟ができたようねって喜んでる」
 やっぱり同じ扱いなのだ。
 確かに北斗の家に遊びに行くと、大歓迎され、いつまでも仲良くしてねと言われる。
 そして幹もどちらかと言うと、北斗の母に気に入られるような、いい弟役を演じているときもある。
「俺は妹が欲しかったな」
「幹君ならいいお兄ちゃんになっただろうね」
 あまり想像できなくて、笑ってしまう。
 結局、北斗にとって、幹は弟と友達を混ぜたような存在なのだろう。
「あー、でも、兄貴がいたら、色んな相談できたかも」
 兄がいるクラスメイトなどは、目下、幹が悩んでいるようなことにも、ませている感じがする。
 下ネタも、幹たちより際どいことを平気で口にする。
「僕じゃ駄目?」
「え?」
「だって、ほら、一応年上だし、幹君よりは知っていることもあるよ、きっと」
 なんだか期待一杯で言われ、幹は言葉につまってしまう。
「友達関係とか、勉強のこととか、進路のこととか。愚痴も聞くし、相談にのれるかもよ」
 あくまでも健全な内容に、幹は乾いた笑いを浮かべる。
 自分が酷く汚れているような気持ちになった。



 休み時間に「うーん」と首を傾げている北斗の前に冬樹が座った。
「何か悩みかー?」
 どうせ幹のことだろうと思いつつも、構うのを止められない冬樹である。
「幹君がお兄ちゃんがいたら相談するような悩みってなんだと思う?」
 からかい半分だった冬樹は、ストレートに聞かれてかえって戸惑ってしまった。
「ミキちゃんが何か悩んでるって?」
「ううん、特には。でも、兄貴がいたら色んな相談に乗ってもらえるのにな、って」
「へー」
 なんだと思う? と重ねて聞かれ、冬樹はわからないと首を振ることにした。
「本人に言えばいいじゃん。北斗が兄代わりになるよ、ってさ」
「兄貴とはちょっと違うんだって」
 そりゃ違うだろう。
 笑いそうになって唇を引き締める。
「僕じゃ駄目なのかなぁ」
「そもそもどうして兄貴とか言い出したのさ」
「今朝、電車でね、兄弟に見られたんだよ」
「全然似てないのに?」
 冬樹から見れば、二人は全然似ていない。どう見ても兄弟には見えないのだ。
「幹君は可愛い弟なんだって」
「可愛いって言われたら怒りそうだよなー」
「確かにムッとしてた」
 ムッとした理由はそれだけではないだろうと思いつつも、冬樹は適当に相槌をうつ。
「でもさ、北斗って、なんだかんだ言いながら、ミキちゃんの良き相談相手になってると思うけどな」
「そうかな? 幹君ってしっかりしてるから、何もアドバイスとか出来てないし」
「アドバイスするだけが相談じゃないでしょ。良き手本でいる良い先輩だよ」
「そっか、先輩か……」
 妙に納得してしまった北斗に、納得するところはそこじゃないんだよと、冬樹は少しばかり後悔する。
 これはもしかしたら、幹に後で恨まれるかもと思ったが、その心配は的中してしまうのである。

「余計なこと言っただろ」
 数日後、校門で北斗を待っている幹に掴まってしまった。
「さー、しらねー」
 素知らぬふりをするが、幹は誤魔化されてはくれなかった。
「妙に張り切ってるんだよ、先輩として!」
 ぷっと笑ってしまっては、自分の非を認めてしまったようなものだ。
「まだあれなら、兄貴のほうが良かったかも」
「まぁまぁ、それもミキちゃんが可愛いからこそなんじゃないの?」
 笑いながら言うと、幹はちっと舌を鳴らした。
「態度悪いよ、ミキちゃん。北斗に話せないような悩みを、お兄ちゃんが聞いてやろうか?」
「誰が兄ちゃんだよ!」
 カバンをぶつけてくるのに、さっと避ける。
「乱暴だなぁ」
 当たりもしないのに、文句を言う冬樹にさっさと帰れと悪態をつく。
「適当に作り話でいいんだから、相談してやれよ」
「別に兄貴も先輩もいらないんだって」
 そこまで言ってから、ちらりと冬樹を見上げてくる。
「何? 相談する気になった?」
 校舎のほうを見て、まだ北斗の姿が見えないことを確かめ、幹は横を向いてぼそっと尋ねた。
「北斗とさ、エロイ話なんて、しないの?」
 堪えようと思っていたはずなのに、やっぱり吹き出してしまう。
「もういいよ! お前!」
 幹が真っ赤になって怒るという珍しい様子に、冬樹は発作のように笑ってしまう。
「サイテー! 何が兄貴だよ!」
 バシッと今度は背中にカバンが命中した。それでも笑いは止まらない。
「何してるの、二人で」
 そんなところへ北斗が来てしまう。
「なんでもない。行こう、北斗」
 不思議そうに冬樹を見ている北斗の腕を引っ張る。
「頑張れよ、少年!」
「うるさいっ!」
 北斗がびっくりしている。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
 二人の会話にまた笑いがこみ上げてくる。
 いいじゃないか悩めば。
 冬樹は笑って二人の後を追いかけた。



                   …………つづく





     






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