「幹君、寝不足?」 朝から何度もあくびを繰り返す幹に、北斗が心配そうに尋ねてくる。 うっかり眠ってしまうまでグルグルと考え事をしていて遅くなり、朝は夢を見る前に起きてしまえとばかりに目覚まし時計を早くから鳴らしているので、確かにしっかりとした寝不足である。 授業中もうとうとしかけるのだが、生活態度にも厳しい学校なので、居眠りも繰り返せば、反省文やら親の呼び出しが煩くなるので、なんとか堪えている状態だ。 「ちょっとねー」 理由など話せるわけがない。特に北斗には。 「疲れてるんじゃない? 大丈夫? 中学はこれから体育祭だよね」 高校のほうは学園祭だけだが、中学はそれとくっついて体育祭もやってしまうので、日程も練習もかなりハードになる。 学園祭は中学も高校も同じ日に行われる。 北斗とは一緒に回ろうと思っているので、昨年と同じで屋台を出す北斗のクラスと、合奏合唱を演目にしている幹のクラスと、時間の調整をしているところだ。 北斗は幹のクラスの出し物を楽しみにしてくれているが、正直なところ、見に来て欲しいのだが、見に来て欲しくない気持ちもある。 北斗が来れば、また岡田がつまらないことを言い出すのではないかと、それが心配なのだ。 体育祭のほうは高校ほど凝ったことをすることもなく、体育の時間が少しだけ増えて、その時間中に競技の練習をするだけだ。今のところ放課後に残って練習するという話も出ていない。 「幹君は何か楽器をするの?」 「んー? マリンバっていうの? 木琴の大きなやつ」 「へー、カッコイイね」 「カッコイイの?」 どちらかというと女性っぽい楽器なのではないかと、少しばかり不満があった。ティンパにやスネアといった派手な楽器をしたかったのだが、北斗にカッコイイと言われたらそれでもうやる気が出るのだから現金なものだ。 「テレビで見たことがあるけど、ピアノより身体全体を使って演奏しているから、カッコよかったよ」 それなら頑張ろうか、けれど北斗が来たらからかわれるし、と気持ちは揺れ動く。 「応援に行くね」 すっかりその気な北斗に、来るなとはとても言えない。家で母親には来るなと宣言して、ちょっと揉めたのだけれど。 「うーん、頑張るよ」 いくらなんでも岡田が直接北斗に何かを言いに行くはずもなく、それならば純粋に楽しもうと思う。 「クラスのみんなと仲良くなれるねー」 ニコニコ顔の北斗に、仲良くなりたくない奴もいるんだぞと、心の中で愚痴をこぼす。 「仲良くなっても話すことがアレじゃあなー」 幹だって興味はあるけれど、それよりも楽しいこともいっぱいあるだろうにと言えば、子供扱いされた。 だからあまり大勢とはつるみたくない。 鷹森といると、テレビやスポーツの話ができて、とても楽しいから、それだけでいいような気もする。 「アレって? どんな話?」 突っ込んで聞かれると困る。 困って北斗を見ると、そんな下品な話などしてそうにもない、清潔な笑顔が眩しい。 「いや……別に」 北斗は友達とどんな会話をするのだろうか。 源に男とは付き合えないと言った北斗のことだ、そういった話題など出たこともないのだろう。 「北斗は冬樹とはどんな話すんの?」 「僕? 冬樹とは、アイドルの話とか、好きな曲とか、ドラマとか。あと、色んな先生の話を教えてもらったり」 「へー、アイドルの話とかするんだ」 北斗はあまり歌番組を見ない。好きな歌手もいないと言っていた。 「幹君の話もよく出るよ」 「えっ、俺?」 どうせいい印象はもたれていないだろうと思いつつ、どんな話しなのかは気になる。 「そう。僕より幹君のことわかってるようで、なんか悔しいんだよね」 悔しいの種類がどんなものか知りたいが、それを知ったら落ち込みそうな気もするので、とりあえず聞き流すことにする。 「あ、冬樹の見た夢がおかしくって、昨日はそれで盛り上がった」 「夢!」 夢という言葉に過敏に反応して、北斗にびっくりされる。 危ない危ないと、幹は笑って誤魔化した。 北斗の話を聞きながら、そう言えば北斗はエッチな夢を見たりしないのだろうか、自分で処理をしたりしないのだろうかと気になってきた。 気にはなるが、聞く事はできない。 恥ずかしがるより、そんなことを聞くなんてと、蔑まされそうに思える。 けれど男なのだから、そういった現象と無縁のはずもない。 …………まさか、まだ? 一瞬はそう考えて、まさかそんなと思い直す。 …………うっ、やばい。 うっかりと北斗が自分でやっているところなど想像してしまったものだから、朝の電車の中だというのに、下半身が熱くなってくる。 「幹君、顔が赤いよ? やっぱり身体の調子が悪いんじゃないの?」 北斗の顔が近づいてきて、幹が背中を仰け反らせる。 「だ、大丈夫。なんでもないから!」 叫んだところで電車が到着したので、とても助かった幹だった。 |