試験が終わってそのまま参加者で集まって、まずはと近くのファミリーレストランへ昼食を食べに行った。 参加者はクラスの半分ほどで、それでも15名の男子生徒ばかりがレストランに入れば、にっこりお決まりの歓迎台詞で出迎えられても、笑顔は引きつっているように見える。 安くてボリュームがあるものばかりを注文し、フリードリンクで乾杯する。 ここまではわりとおとなしく済んだ。 そこからカラオケに移動した途端弾けた。 歌に熱中するものは次々に歌わせるままにしたが、年頃の男子が集まって話す内容といえば、自然と下ネタになっていく。 それでもまだ中学生なので話題の中心は、自己の身体の変化とそれがみんなとさほど違っていないことを確認して安心するといったものだ。 もう生えた? もう剥けた? もう……、もう……。 最初はひそひそと遠慮しがちだったが、タブーが外れていくと大胆になっていくのは仕方のないことだ。 そもそも知りたいし、興味はあるし、知識を仕入れようと思えば、今は色々な方法がある。本、雑誌、インターネット、メール。 女性のきわどい映像を持っている者もいて、話はヒートアップしていく。 止めるものなど当然いない。 図らずも幹も色んなことを知ってしまう。 勉強としての一般的な知識はあったものの、それ以上のことは興味がありながらも、あまり深く知ろうとしなかったので、なかなか面白いと思って聞いていた。 幹は既に北斗が好きという自覚は強く持っていたので、女性の身体について同級生たちが語り始めたときは、興味のあるふりをしつつも、その熱心さに近づきがたいものも感じた。 「なぁ、ミキちゃんは彼女とかいる?」 岡田がからんでくる。 男子校だし、まだ中学生になったばかりだし、彼女のいる友人は少ない。 「いないよ」 岡田とは距離を起きたい幹は、いつも適当に話をはぐらかす。 「またまたー、もてるんじゃないの? 告白されたりしたことあるだろ?」 「んー、でも、付き合ったりしたことない」 「うわー、ふったんだ。贅沢ー」 どうして贅沢なのかはわからないが、岡田のこういう妬み方が嫌いだった。 「それはあれ? 高等部のあの人がいるから?」 「違うよ。そういう岡田は? 彼女いないの?」 北斗のことを持ち出されるのは嫌なので、否定をして話を逸らそうとするが、岡田は何故か幹の話題から離れようとしない。 「俺さ、兄ちゃんに聞いたんだけど、男同士でもできるんだってさ」 「何……が?」 変な笑い方をして、幹の耳に囁くように顔を寄せてくる。 気持ち悪くて、身体を離そうとするが、半分覆いかぶさるようにして、執拗に幹に内緒話をしようとする。 「エッチなこと。知ってるかー? 男同士って、尻の穴使うんだってよ。ミキちゃんは入れられるほう?」 かっとした。 腹が立ったのか、恥ずかしくなったのか、どちらなのかわからなかったが、頭に血が上り、顔は赤くなっていただろう。 岡田を突き飛ばすようにして立ち上がる。 「な、なんだよ」 「つまんねーこと言ってんなよ。気持ち悪いな」 岡田は怒る幹を見て、ニヤニヤと笑う。 「怒ることないじゃん。教えてやったのに」 「別に知りたかねーよ」 「嘘ばっかり。いつも高校生に引っ付いて、金魚の糞みたいじゃんか。好きなんだろ、あの人のこと」 腹が立ちすぎて唇が震えた。なんて言って罵っていいのかすら思い浮かばない。 思わず手が出そうになった時、鷹森が岡田にやめろよと止めに入ってくれた。 「上級生と仲良くなるのは悪いことじゃないだろ。入学前からの知り合いだったし、家も近くなら、行動も一緒になって当たり前じゃないか。俺らだって先輩と一緒にいて、そんな風に思われたらクラブもやりづらいよ」 「だけどミキちゃんはさー」 尚も言い募ろうとする岡田に、ふんと鷹森は笑った。 「岡田こそ本城のことミキちゃんミキちゃんって呼んでさ、なんか特別な感情でもあるんじゃないのか?」 「なっ、ないよっ、変なこと言うなっ」 慌てふためく岡田に、三人の会話が聞こえていた連中はヒューヒューと口笛を吹いて茶化す。 「煩いなっ、もう帰るっ!」 自分のカバンを掴んでカラオケルームを出て行く。 「ありがと、鷹森」 「気にすんなよ。男子校だからさ、仲良くなればあやしいだの、できてるだの、噂は出るんだってさ。放っておけばすぐに消えるって先輩たちも言ってたから」 鷹森は多分幹の気持ちに気がついていると思っているが、それをからかったりしてこないのでありがたい。信用できるクラスメイトで、長く付き合っていきたいと願う友人だ。 北斗に親友の冬樹がいるように、幹の親友になってほしいと思えるくらいに。 幹が友達と仲良くすると北斗が喜ぶのは、こういうわけなのかなと漠然とわかる。 それにしても……。 思いもかけず知らされた事実が、幹の心にちくりと痛みを残す。 …………男同士って尻の穴を使うんだってさ。 そんなこと……具体的に知りたくなかった。 知ったからといって、どうにかなるものではない。 だからまだ知りたくなかった。 キスをした夢だけであんなことになるのだ。 北斗の裸を想像しても、身体が熱くなるのもわかっている。 ただ好きなわけではない。 好きなだけでいられるなら、今のままで十分なのだ。 けれど、もっと北斗に好きになってほしい。自分と同じ気持ちになってほしいと思っている。 だからこの想いは恋なのだ。 綺麗なキスだけで終わることはないのだろう。 でも、それ以上のことは今は知りたくなかった。 そこからはあまり盛り上がらず、夕食を食べに行くという連中もいたが、幹は別れて帰ってきた。 【今帰ってきた。ファミレス行って、カラオケ行ってきた】 北斗にメールを送ると、すぐに返信がある。 【お帰り。楽しかった?】 全然。と打ちたい所だが、そんなことを言えば北斗は気にするだろう。 【楽しかったよ。今度は北斗と行きたいな】 親友は欲しいけれど、同級生の馬鹿騒ぎは疲れるだけだと思った。 【歌は苦手。幹君がずっと歌ってくれるなら行く】 北斗らしい文面にくすっと笑う。 【ずっと歌うのはイヤ。せめてデュエットな】 【頑張るよ】 「マジかよ」 北斗と二人でカラオケに行ってデュエット。 何故か気恥ずかしさを感じて、幹は笑った。 やっぱり賑やかに騒ぐより、穏やかな気持ちでいられる北斗と一緒にいるほうがいい。 …………ミキちゃんは入れられるほう? 下品な笑い顔を思い出す。 あの嫌な気持ちも一緒に思い出して、自分が腹を立てていたのだとはっきり自覚した。 北斗を好きだという気持ちを穢されたのだ。 キスしたい、抱きしめたいという気持ちはあっても、それ以上については考えたことがなかった。 その気持ちの中に、できないという思い込みがあったのは事実だ。 したいと思っているのだろうか……。 自分に問いかける。 キスとそれ以上は、同じライン上にあるのだろうか。 悶々と悩んでいると、眠るのが怖くなる。 また夢を見たらどうしよう。 自己処理をすればいいのは知っている。 けれど手を伸ばしかけた途端、岡田の言葉が脳裏に甦ってくるのだ。 「くそっ、あの野郎」 ぼすっと枕に顔を埋めて呟いたのは、北斗の名前だった。 |