好きという気持ちで強くなる











 去年の夏休みは幹の受験で、ほとんど遊ぶことはできなかった。
 来年の夏休みは北斗の受験があるから、そんなに遊べないだろう。
 だから今年は思いっきり遊ぼう!
 という幹の掛け声の元、二人は夏休みが始まって早々に宿題を片付けた。調査や研究しなくてはならないものは、それなりに日数がかかるので、追々やっていくとして、数学や英語や国語のようにページ数をこなせばいいというだけのものは、猛烈な勢いでやり遂げたのだ。
「俺、記録作れそう」
 夏休みの宿題をどれだけ早く仕上げたかという。
「僕もいつもより早くできた」
 幹が驚いたことに、北斗はいつも夏休みの前半でやってしまうのだと言う。そういえば去年も、余裕で幹の勉強を見てくれた。
「すげー。でも、北斗らしいかも」
「僕は要領が悪いから、なんでも早くしておかないと、どんどん不安になるんだ」
「慎重なんだよ、北斗は」
 もっと自信を持って欲しくて、北斗を励ます。だって北斗のいいところは、幹たちの年齢にとってはダサいと映りがちなのだ。だからと言って卑下して欲しくない。北斗は北斗のままでいて欲しくて、幹は必死になる。
「そんなこと言ってくれるのって、幹君だけだなぁ」
 嬉しそうに笑う北斗に、内心では自分だけが特別で嬉しくなる。他のやつにそんな北斗は気づかれなくてラッキーなのかもと、先とは正反対のことを思ってしまう。
「そんなことないよ、きっと。冬樹もわかってるんじゃないの?」
 そう、北斗の仲のいい友人なら、きっとわかってる。あんまり認めたくはないのだけれど。
 まだ冬樹のことを北斗の親友とは言いたくない。ちょっとした意地を張ってしまう。
「手のかかる奴って思われてないといいなぁ」
「大丈夫だって」
 幹は笑いながら北斗の背中を叩いて請け負った。
 そんな調子で、二人は映画だ、プールだ、買い物だとあちこちに出かけた。
 北斗の両親に誘ってもらって、北斗の田舎にも連れて行ってもらった。
 中部地方の山あいの村で、幹は初めての蚊帳を体験して、ちょっとばかり興奮した。
 さっと入って、すぐに閉めるという出入りの仕方を、どちらが早くできるかを競争して、北斗の両親と祖父母に笑われた。
 日頃からおとなしい北斗が、幹に誘われて男の子らしいことをすると、四人は非常に喜んだ。
 幹はとても気に入られて、また来年も是非いらっしゃいと言ってもらえて、喜んで頷いた。
 そのお返しにと、幹の両親は関西のテーマパークに行く旅行に北斗を誘った。
 パーク内では両親と別れて、二人で走るようにアトラクションを回った。
 幹は中学入学で買ってもらったデジタルカメラに、北斗との写真を目一杯に撮った。
 どれも楽しそうに笑っている北斗が映っている。北斗も撮ってくれたので、幹の笑顔もたくさん入っている。
 幹は出かける度に日に焼けて小麦色になっていくのだが、北斗はほとんど焼けず、プールに行っても皮膚が赤くなるだけなので、可哀想になり、なるべく日焼けのしないように気をつけるようになった。
「僕も真っ黒になりたいんだけどね」
 北斗はとても残念そうに呟く。
「皮膚が弱いんだから、焼かないほうがいいって」
「最近思うんだけど……」
 心配する幹に、北斗は少し言い難そうに言葉を途切れさせる。
「何?」
「幹君って、僕のお兄さんになれそうだよね」
 ぶっと幹は飲もうとしていたコーラを吹き出してしまう。
 プールに遊びに来て、パラソルを確保して、その下に北斗を入れて、幹は日干しをしてもう少し焼こうと頑張っていたところだ。北斗の白い肌は、去年も夢に見て悩んだので、プールから出るとパーカーを羽織らせた。
 スピード物は苦手なので、スライダーも我慢した。
 そんなこんなの幹の配慮の後で、北斗はのほほんと言うのだ。
「ごめん、お兄ちゃんはあんまりだよね。僕がお兄ちゃんなのに」
 お兄ちゃんは駄目。
 口まで出かかったが、ハハハと笑って誤魔化す。
 夏休みにたくさんの時間を一緒に過ごせるのは本当に嬉しかったが、密着度が高まることによって、北斗はますます幹のことを兄弟のように感じてきているという危険もあった。
 それでもそんなに急いで大人になることはないと、言ってくれたのも北斗だ。
 今しかできない楽しみ方をしたい。
 これ以上はないほどの楽しい思い出を一杯に詰め込んで、二人の夏休みは終わろうとしていた。

 夏休みの間も、幹は朝、体が痛くて目が覚めることが多くあった。
 さすがに不安になって母親に申告したところ、母親はとても驚いて、どこか悪いのだろうかと心配した。
 すると父親が、背が伸びているんだよ、と軽く笑った。
「幹は背がどんどん伸びているだろう。骨が伸びていって、その伸びに筋肉が追いついてないから痛むんだ。成長痛ってやつだな」
「ええー、パパ、それ本当?」
 幾分疑わしそうな母親に、父親は幹に立って並んだ。
「ほら、夏休み中にだって、幹は伸びたぞ。中学に入ったときは、僕の顎までもなかったんだから」
 父親を見ると、確かに顎を越しているように思えた。
「僕も伸び始めたときは体中が痛かったものな。すぐにママも追い越すんじゃないか?」
「やった。牛乳の効果だ!」
 拳を握りしめて喜ぶ幹に、母親は少しばかり不満そうだ。
「そんなに早く大きくならなくていいのに」
「すぐに追い越すもんね」
 テンションの上がった幹は、苦笑いする二人を背中に、またグビグビと牛乳を飲んだ。
 八月の末、世間ではまだ夏休み中だが、鵬明は最終の週から授業が始まる。午前中だけの短縮授業だが、夏休み中に朝を寝坊していたので、なかなかに辛いものがある。
 ジリジリと鳴る目覚まし時計を叩くように止める。
 けれど止めたことはほとんど覚えていなかった。
「幹君、幹君、起きて」
 優しい声がする。
「ほら、幹君、起きてよ」
 肩を揺すられる。
 白い手だなーとぼんやりと感じる。
 焼けてないよね、北斗は。
「もう、起きないと、遅刻しちゃうよ」
 クスクスと笑う声に、幹はなんだかとても甘えたくなる。
「うーん……起こして」
「もう、甘えん坊さんだなぁ。そんなこと言ってると、くすぐっちゃうぞ」
 北斗が覗き込んでくると、制服のカッターシャツの襟元から胸が見えた。
 白い胸。桃色の乳首があることを知っている。
 プールで見せられて、ドキドキしたのだ。
 周りにいた女性の際どいビキニより、北斗の平らな胸に目を吸い寄せられた。
「北斗……」
 つい、と指先を伸ばすと、ボタンは簡単に外れてしまった。
「幹君、こら」
 北斗は笑って、仕返しだとパジャマのボタンを外す。
「ほ、北斗?」
「幹君、大好き。ね? 一緒に寝よう」
「え? ええっ?」
 北斗は制服を脱いでベッドに上がりこんでくる。
 隣に感じる温もりが熱い。
「北斗……」
「幹君」
 にっこり微笑む唇が近づいてくる。
 心臓はこれ異常ないくらいに早く大きく脈打っている。
 身体中が燃えるようだ。
「北斗……俺、北斗……」
 名前を呼ぶと、唇が重なってきて……。
 ジリジリジリと目覚ましが鳴り響いて、わぁ!と大声を上げる。
 ガバッと飛び起きる。まだ心臓は早鐘のように脈打っている。
 そして下半身に違和感を覚えて愕然とする。
「嘘だろ……」
 言葉も知っている、知識としても持っている。
 それが現実となると、少しばかり受け入れがたい。
「モト君、早く起きなさいよー」
「うわぁ!」
 母親がいきなりドアを開けるので、幹は大声を上げた。
「な、何よ」
「なんでもない。今起きるよ!」
 バッとタオルケットをかぶる。
「起きるのに寝ちゃ駄目でしょー」
「うるさいな。向こう行けってばっ! もう起きるからっ!」
「何よ、せっかく起こしてあげたのに」
 ぷんぷんと怒りながら母親が出て行く。
 はぁと大きなため息をついて、幹は今夜入浴するまで、下着をどこに隠せばいいのかと、落ち込みながら考えていた。