好きという気持ちで強くなる











「北斗、あれ、あれ乗ろうよ」
 堂々と人前で腕を組んだり手を繋いだり。これ見よがしに北斗に甘える少年に、もはや苦笑しか浮かばない。
 冬樹はクスクス笑うだけだし、都築は不思議そうにしながらも、特にこだわった様子はない。最初に中学一年生だと聞かされたので、そんなものだと思っているのかもしれない。
 問題なのは、常に北斗の横には少年がいて、二組に分かれるときには、北斗−幹、源−都築−冬樹という奇妙な取り合わせになるのだ。
 源も最初は二人の間に割り込んでやろうとした。が、そうしようとすると、冬樹が「源先輩、一緒に行きましょうよ」と声をかけてくるのだ。
 しかもジェットコースターに誘おうとしたら、幹が嫌だと言い張り、北斗も苦手だからと断られ、三人で乗る羽目になってしまった。
 本当に面白くないと源は苛立っていた。
 幹はじゃれるように北斗にくっついていて離さない。北斗も面倒がらずにその相手をしている。
 二人でこの遊園地に来ているようにすら見える。
「優しいお兄ちゃんと我が侭な弟みたいだよな」
 腹いせに幹が嫌がるとわかっている言葉を言ってやる。途端にむっとするのが見えて、わずかばかり溜飲を下げる。
「僕も幹君も一人っ子だから、兄弟って嬉しいんですよね。幹君はしっかりしているから、時折お兄ちゃんみたいに感じるし」
 北斗に言われて、幹は少しばかり顔を曇らせるが、北斗に「ね?」と確かめられると、笑顔でうんと頷いている。本当にかわいい弟を演じている。
「お前、いい加減にしろよ」
 冬樹と都築が一緒に急流滑りに乗りに行き、北斗がトイレに行った隙に、自分を無視するように立つ少年に話しかけた。
 幹はちらりと源を見る。
「何がですか?」
 空とぼけて、幹はまた視線をそらす。
「わざとらしいって言ってるんだ。しなだれかかるように甘えて、みっともないって思わないのか?」
 呆れたように溜め息をついて、幹は挑戦的な目つきで睨んでくる。
「誰のせいだと思ってんの?」
「俺のせいだとでも言うつもりか?」
 北斗に対して話す時とは口調も態度もガラリと変わる少年。五歳も年下のはずなのに、その迫力に呑まれそうになる。
「別に」
「俺のことが気に入らないなら、北斗にもう付き合うなって言えばいいだろ。さっきみたいに、甘えまくってさ」
「俺さ、あんたのそういうところが許せないんだよね。どうして自分の手は汚さずに、いい目を見ようとすんの? 北斗のことが好きなら、もっと正々堂々と、好きだって告白しろよ。回りを固めて、逃がさないようにして、自分を良く見せてからなんて、卑怯だろ」
 北斗を追いつめて、北斗の優しさを利用とするこの男が許せなかった。
「好きだって告白してもいいのかよ」
「どうぞ。ご自由に。真正面から言うなら、止めたりしねーよ」
「先に出会ってた余裕か、坊や。恋愛は早い者勝ちじゃないだろ」
「年の順でもないよね、先輩」
 坊やと呼ばれた腹いせに、馬鹿にしたように笑ってやる。
「その言葉、後悔するなよ。北斗が年下の弟より、年上の男を選んだとしても」
 幹の顔が一瞬、悔しそうに歪む。
「出会った順番じゃないよ。それは認める。だけど、俺と北斗の間には、確かに積み重ねてきた時間があるんだ。あんたの言うように、ただ甘えてきただけじゃない。俺は北斗を信じるし、自分を信じる」
「それこそ、先に出会った余裕発言に過ぎないじゃないか」
「いまさら動かせないことにウダウダ言うなんて、団長までした人とは思えない、懐の狭さだよね」
 源は頬を引きつらせながらも、幹を見下ろす。
 睨みつけようとすれば、見上げなければならないことが、とてつもなく悔しかった。
「本気で行くぞ」
「勝手にどうぞ。ただし、北斗の優しさを悪用して、苦しめたりしたら、どんなことがあっても邪魔するから」
「今日みたいに?」
 鼻で笑われて、幹は怒鳴り返したいのをぐっと堪えた。
 そろそろ北斗が帰ってくる。北斗に言い合っている姿は見せられない。
「どんなことでもするよ」
 独り言のように呟く。
 相手に聞かせるためではなく、自分で再認識するための、確かな決意。
 幹から発せられる圧迫感に、源は思わず後退りそうになる。
 かろうじて踏み止まったが、その迫力はとても中学生のものとは思えなかった。
 ライバルとして見なければならないと、その時になってようやく感じ始める。
「何やってるの、ミキちゃん。あれ? 北斗は?」
 ジリジリと焦げつくような空気に、割って入れるのは冬樹くらいだ。都築は立場上、源の味方だろうが、今のところは静観の立場を崩さない。
「迷ってるのかも。探してくるよ、俺」
 言うなり幹は走り出す。
「先輩、このまま三人で取り残されちゃったらどうします?」
 待ち合わせの場所にやってきたときから、冬樹はこの緊迫した空気を、完全に楽しんでいた。
「解散だな。不気味なだけだし」
「ははは、北斗がいないと、正直すぎ」
 都築がからかう。
「だいたいそれ、北斗だから通じてるんですよ。わざとらしすぎて、ミキちゃんに警戒されまくりじゃないですか」
 冬樹もどちらかというとからかっている。
 そのためにこの二人はついてきたのかもしれない。
 北斗にばれていないのならばそれでいいではないかと思いつつ、視線をずらすと、こちらに向かって歩いてくる幹と北斗の姿が見えた。
 幹はじゃれついてはおらず、自然な感じで談笑している。
 源から見た北斗は、人見知りするタイプで、打ち解けるまでかなりの時間を要するし、自分のように先輩という壁がある限り、完全には打ち解けてもらえない。
 遠慮というより、少しばかり緊張して、一本の線を引かれている感じがする。
 そんな隔たりもなく、当然のように隣に立つ少年が憎らしかった。
 しかも、その少年は明らかに挑発しているのだ。
「お待たせしました」
 北斗が申し訳なさそうに頭を下げる。
「待たせたって言うんなら、清水先輩達の方なんだから、北斗は気にしなくていいよー、全然ー」
 戻ってきた途端、幹はまた子供っぽく変身する。
「そうそう、ごめんね、北斗。お詫びにアイスでも奢るよ、俺と都築先輩で」
「やったー。ラッキー」
 幹は飛び上がらんばかりに喜ぶ。
「誰もミキちゃんに奢るとは言ってないでしょ」
「えー、俺も待ったもーん。なー、北斗」
 北斗がいると年よりもさらに幼く見せる少年と、北斗がいなければ本性を隠しもしない先輩。
 知らぬは本人ばかりだが、北斗は今のところ、少年の手を取っているように見えた。
 北斗の腕に腕を絡め、アイスの種類は何がいいかを目を輝かせて話す少年に、源は乗り越えられない何かを感じた。
 早い者勝ちではないとは言ったが、彼のように相手を信じる、自分を信じるとは言えないのは、確かに今の二人の差でもあった。
 正々堂々と告白しても、勝ち目などあるはずがない。
 また手を繋いで歩く二人から、源は目を逸らした。