好きという気持ちで強くなる











 とても気の重いことを約束してしまった。
 どうしてはっきり断れなかったのだろうと自分を責めながら、校門へと向かうと、幹が既に待っていた。
 幹の隣には同じ中等部の生徒がいて、二人で楽しそうに話しているのが見えた。
「北斗、おっそーい」
 幹が不満気に言うと、隣の同級生はぷっと吹き出して笑っている。
「ごめん、幹君」
「こんちはー」
 北斗が駆け寄ると、幹の友人は人懐っこい笑顔で挨拶をしてくれた。
「こんにちは」
「同じクラスの鷹森。これから高校の方でクラブの合同練習なんだってさ」
「そうなんだ。鷹森君はテニス部?」
 鷹森の持つラケットを見て、北斗は尋ねた。
「はい。まだ中等部なんで、軟式ですけど」
「頑張ってね」
「はい!」
 何故か赤くなって、鷹森は慌てて礼をする。
「じゃあな、本城。また明日な」
「……おう、またな」
 面白くないという顔そのままに、幹は面倒臭そうに手を振った。
 バタバタと駆け去る背中を見送って、二人で歩き始める。
「仲のいい友達? ほら、フェンスで声をかけてくれたときにも横にいた子だよね?」
 北斗がそんなことを覚えていたのが意外で、驚きながらもうんと頷く。
「一番気が合うかな」
「そう、よかったねー」
 何がいいのだろうかと思いつつ、それよりも気になっていたことを尋ねた。
「北斗、なんか元気なさそうに歩いてきたけど、体調でも悪いのか?」
「え? あー、どこも悪くないんだけどね……」
 そこで言い迷う北斗に、幹はどうした?と顔を覗き込んだ。
「え……っと、怒らない?」
「俺が? 何? え、もしかして、幹事を引き受けたとか?!」
 冬樹の野郎、何が貸しだよと内心で罵る。断ったって言ったのは、嘘なのかと腹も立ってくる。
「それは断ったよ。やっぱり、無理だと思うし、冬樹も嫌だって言ったから」
 慌てて説明する北斗に、それ以外の幹が怒るという理由が思いつかない。
「だったら、何?」
「う……ーーん」
 そんなに話しにくいことなのかと、幹は覚悟を決める。
 何を聞かされても怒らない。癇癪を起こさない。北斗と喧嘩をするのは懲り懲りなのだ。
「絶対に怒らないから、言っちゃいなよ」
 なんだか年が逆転したような気分になり、むしろ可笑しくなった。
 北斗もそう思ったのか、力なくではあるが、ふっと笑う。
「あのね、期末テストが終わったら、源先輩とどこか遊びに行こうってことに……」
「はーーーー!!!???」
 怒らない、癇癪を起こさないと決めていたはずなのに、勝手に驚きの声をあげてしまっていた。
「何だ、それ!」
 北斗は言ってしまったことを後悔するように、眉を下げて俯く。
「いや、あのさ、北斗に怒っているんじゃないよ」
 幹は慌てて言い繕う。
 そう、怒っているのは、源に対してだ。
「どうしてそんなことになったの? いや、二人で行くって、そう約束したのか?」
 幹に問い質されて、北斗はあれ?と首を傾げた。
「二人で……っていう言い方じゃなかったな。一緒に、って言われただけ。あ、そうか、冬樹とか都築先輩も行くのかな?」
 そんな訳ないじゃんと思いながら、北斗の勘違いを訂正するつもりはなかった。
「幹事は断ったから、それじゃあそれとは別に一緒に出かけようって。でも、それも変だよね?」
 俺に聞くな、その時に気がついてくれと、内心では苛立ちつつも、源の巧みな企てに歯噛みのする思いだ。
 彼にとっては北斗の優しさや天然ぶりは、守るべきものではなく、利用すべきものなのだろう。
 それだけは許せない。と幹は腹立ちを胸に秘めつつ、必死で考えた。
 それならば、源の裏を自分も利用してやるんだと。
「冬樹たちも誘うかもしれないけどさ、俺も行きたい。テストが終わったらさ、俺だって北斗と遊びに行きたいって思ってたんだし、いいだろ?」
 有耶無耶のうちに北斗にOKの返事をさせる遣り口が気に入らない。
「でも……。幹君の知らない人が一緒でもいいの?」
「知ってるじゃん。今朝挨拶したしさ。俺は人見知りしないもん。全然平気。北斗が一緒なら心強いし。な? なー、一緒に行きたい。ずっとどこにも遊びに行ってないぞ?」
 ここぞとばかりに甘えたふりをする。
「源先輩に聞いてみる」
「えっ、ダメダメ。断られたら、俺困るじゃん。せっかく遊びにいけんるんだし、二人でって言われなかったんだろう? 団長までした人なんだもん、そんな細かいこと言わないよ、きっと。その日まで内緒にして、一緒に連れてってよ」
 自分でもそれはどうかというくらい、子供染みた甘え方をした。拗ねたふりをしたり、上目使いでおねだりをしたり。冷静な自分が外から見れば、恥ずかしくて顔から火をふきそうだ。
 もっと甘えろと言ったのは北斗なんだしさと、開き直った気持ちになる。
 なんとしてでも源と二人だけで出かけさせることは阻止したい。あいつならどんな手口を使うのかわからないという怖さもあった。
「北斗は俺が一緒だと嫌なのか?」
 これだと絶対に北斗は断らない。その確信があって、最後に付け加えた。
「そう……だよね。一緒でも、いいよね」
 よし!と心の中で拳を握る。
「やった。絶対に一緒に行くからな。楽しみだなー。ラッキー」
 祖父母にお小遣いを貰う時の笑顔。幹君はいい子だねといわれる、優等生の笑顔を作ると、北斗もにっこり笑った。
 チクショウ、まだまだ子供だって思われたよな。
 忸怩たる思いだったが、背に腹は変えられない。
 源だけには負けないぞと、今回ばかりは「子供」の特典を利用することにしたのだった。


「北斗……」
 待ち合わせの場所に北斗と一緒に現れた少年を見て、源は眉間に皺を寄せる。
「こんにちはー。一緒に来ちゃいましたー」
 梅雨も明けて、初夏の陽射しも眩しい日曜日。もうすぐ夏休みも始まろうという休日は、人の出もそれほど多くない。
「一緒に……って」
 目論見が大きく崩れたからか、源は渋い顔をしている。
「えへへ、だって、北斗が出かけるって言うから、つれてきてもらいました。今日はよろしくお願いします」
「いいですよ……ね?」
 断ったらどうするだろうかと、源は一瞬考える。
「えー、ダメだって言われたら、俺、一人で帰れないよー」
 源のこめかみがぴくぴくと引き攣る。
 お前が一人で帰れないわけがないだろう。だいたい、ここはまだ、通学沿線じゃないかと怒鳴りたくなる。
 けれど北斗の前でそんなことを言うわけにもいかない。
「やっぱりダメです……か? だったら、僕、幹君を送って行かなきゃ……」
「いいよ、一緒で」
 無理にも笑う。
 騙されてる、北斗はこいつに騙されていると思いながらも、それを指摘すれば自分が悪者になってしまうことは、源にはよくわかった。
 北斗は何故か幹に甘えられているのが嬉しそうなのだ。
「良かったー。ありがとうございます。やったね、北斗。楽しみだなー。清水先輩たちはまだかなー?」
 幹のさり気ない一言に源はえ?と目を剥く。
「清水って……冬樹も来るのか?」
「はい! 清水先輩も来るって言ってましたー。えーっとね、もう一人の団長さんも一緒なんですってー」
 北斗の腕に甘えるように手を回して、その影から挑発的な目で睨んでくる中学生。
 気持ち悪いくらいの甘えぶりに、北斗は気がついていない。
 してやられたんだとわかってももはや手遅れだった。
 どさくさ紛れに幹事を引き受けさせようとしたあの日から、北斗の乗っている電車に時間を合わせようとしても、全く出会えなかった。
 この少年が上手く調節したのだと気がついても、それもまた遅すぎた。
「あ、清水先輩だ」
 幹はニコニコと手を振る。
 苛立ちながらも、何とか巻き返せないだろうかと、冬樹と都築の二人を見た。