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風邪はすぐによくなり、幹はまた北斗と一緒に登校するようになった。 相変わらず梅雨の最中で、大雨にはならないがジトジトと降り続く雨は、元気な学生達でも憂鬱になるものだ。 けれど幹は周りの湿った空気も無関係なように、とても元気で機嫌も良い。 もちろん北斗と一緒に登校できるからなのだが、肝心の北斗にそれは伝わっていない。 「幹君と一緒にいると、僕まで元気になれそう」 北斗に言われると、ますますやる気が湧いてくる。 薄曇りの隙間から、少しばかり弱気な太陽の陽射しが差し込む朝、二人並んで駅を出て歩き出すと、北斗は声をかけられた。 「北斗、この電車だったのか？！」 ぽんと北斗の肩を叩いて幹とは反対の隣に並んだのは、とても大人びた上級生だった。 「源先輩。おはようございます」 北斗が呼んだ名前で、幹は嫌な予感が当たったことを知る。 「おはよう。そっちの中学生は？ 弟？」 覗きこまれるようにして問われると、身長差を見せ付けられているようで、幹はむっとする。 朝から立ち止まって話をするのも不自然なので、自然と歩きながら話すことになり、同意もしていないのに三人で歩く羽目になっているのもまた幹には腹立たしかった。 「友達です」 「中学生が？」 北斗がちゃんと答えてくれたのに、それを驚くように問い返す様子に、わざとらしさを感じて、幹はますます嫌な気持ちになる。 こんな奴が高等部で人気があって、信望も厚いなんて、冬樹の情報は間違っているのではないかと疑ってしまう。 「本城幹です。おはようございます、源先輩」 負けたりしないぞという意思をこめて源を見る。ぴょこりと頭を下げながらも視線は外さない。 まさか幹から挨拶をされるとは思ってもいなかったのだろう、源は驚いたように目をみはり、それからニヤリと唇だけで笑った。 「おはよう。幹っていうんだ？ 確か、冬樹はミキちゃんって呼んでなかったかな？」 そこまで知っていながら、わざわざ弟と尋ねたのはどういうつもりなんだと、幹の源に対する心象は直滑降ばりに悪くなる。 「清水先輩だけじゃなくて、クラスメイトもそう呼びますよ」 その原因は冬樹なのだけれど、それを暴露する気にはなれない。 「へー、そうなんだ。あ、そうだ、期末試験が終わったら、白団で遊びに出かけようかという計画があるんだが、その幹事は毎年２年生がすることになってるんだけど、北斗と冬樹に頼めるかな？」 適当な相槌を打って、源はすぐに話題を変えた。幹が入りにくいとあきらかにわかる話題に。 「幹事……ですか？」 北斗は困ったように聞き返す。元々何かを計画し、人をまとめるというのは苦手な部類に入る。 誰かの指示通りに動くのは、真面目な性格なのできっちり遣り遂げられるが、指示を出すのは苦手なのでできそうもない。 「難しく考えなくても、俺も都築も手伝うからさ。俺たちも去年、幹事をしたから、アドバイスできるよ」 二人が話すばかりで、幹は聞きながら北斗の横を歩くしかない。 「でも……、僕はそういうの苦手で。いい場所とかも知らないし、もっと適役な人がいると思うんです」 「冬樹は適役だと思うんだよ。冬樹には都築から打診がいくと思うけれど、きっと引き受けてくれるんじゃないかな」 「そうですね。でも……僕は……」 尚も返事を渋る北斗に、源は親しげに肩に手を置く。 「冬樹が引き受けたら、きっとあいつも北斗と一緒にしたいって言うんじゃないかな？」 「それは……」 それはそうかもしれない。北斗は考え込むように俯いた。 冬樹が幹事になったとして、冬樹の手伝いならいくらでもしたいと思う。その手を惜しむつもりは全くない。 けれど一緒に幹事というのは、どうしても苦手だという意識が働く。そのまま引き受けても、冬樹の足手まといにしかならないように思えて仕方ない。 「とにかくさ、二人で話し合って、明日にでも返事をくれよ。明日も同じ電車か？」 「冬樹なら幹事を組む相手に別の人選をするんじゃないかな？」 明日も割り込むつもりの確認に、たまらずに幹は口を出した。生意気と思われるのも今更だ。むしろ、勝負を挑まれたとすら思っている。 さっきまでとは反対に、源がむっとして幹を睨んだ。 「中学生にはわからないさ」 「その幹事を去年はあなたと応援団長がしたってことは、実質上、来年の総団長と応援団長の候補ってことじゃないんですか？」 「えええっ！」 北斗が驚きの声をあげる。それを源が否定しないので、幹の予測は外れていないことがわかる。 「そういうこと教えないで、幹事だけのようにして北斗に頼むのって、ものすごく意地悪ですよね」 「代々そういう慣習が続いているっていうだけで、決定ではないさ」 「そういうの、暗黙の了解って言うんでしょう？ 北斗が知らないのをいいことに、引き受けさせるのは卑怯だ」 「も、幹君……」 源が険しい表情で睨み、北斗もさすがに心配になって、二人の間でオロオロする。 幹はそれでも引き下がるつもりはなかった。 北斗が自分から望まぬ限り、嫌なことを引き受けさせられるのを、目の前で見ていたくない。 どれだけこの上級生に睨まれようとも、自分は中学生で、直接的な迫害を受ける心配もない。またたとえ受けたとしても、北斗のためなら平気だった。 「ミキちゃんにだって北斗の代弁をする権利はない。そうだろう？」 いかにもバカにしたように、幹のことをミキちゃんと呼ぶ。 「ええ、そうですね。だから、北斗にはちゃんと事実を伝えたうえで、話をして欲しいって言ってるんです」 身長差はどれだけあるだろうか。およそで１０センチ。年齢で５年。それはこの年代にはかなり大きな５年であるはずだ。 それなのに、北斗の隣で立ちはだかる姿には、たじろぐほどの威圧感を持っていた。 「俺は北斗が団長に向かないとは言ってない。でも、北斗はその肩書きを重荷に感じるだろ？ 冬樹と相談したら？ 冬樹はきっとわかってくれるよ」 冬樹を信頼するように言うのは癪だったが、それでもここにいる男よりは数段信用に足る男だと思えた。 「すみません、源先輩。僕には……無理です」 「おい、急ぐなよ。別に、今すぐ返事が必要なわけじゃないんだから。とにかく、冬樹とも相談してくれ。返事はそれからでいいから」 源が諦めきれずに言ったところで、校門に着いてしまう。 「じゃあね、幹君。またあとでね」 「うん。……頑張れよ」 強く後ろ髪を引かれる気分ではあったが、高校へついていくことはできず、渋々ながら校舎へと向かう。源が面白がるように見送る目が気に食わなかった。 腹立ちは源にさえ呼ばれたあだ名をつけた人物へと向かう。 【北斗に無理強いしたら許さない】 無理矢理に近い形でメールアドレスの交換をさせられたが、こんな時には遠慮せず活用させてもらう。 すぐに【なんだー？】という返事が来たところをみると、まだ都築の方は冬樹に話をしていないらしい。 「明日も同じ電車にするつもりかな？」 せっかく、せっかく阻止したのに。北斗だって、断ってくれたと聞いていたのに。 どうやって北斗に気づかれずに源を引き離そうか、幹はモヤモヤとした気持ちを抱えながら、放課後を待ちかねた。 |