「なぁ、北斗。俺たちが一緒に通えるのって、どれくらいか知ってる?」 二日という日のなんと短いことか。 幹はまた明日からしばらく北斗と一緒に通えないのかと思うと、昨日は少しも感じなかったもやもやが大きくなってくる。 「えーっと、あ、二年間しかないね」 案外平気そうに言われて、幹はやっぱりなと溜め息をつく。 「そうだよ。二年間って言ってもさ、夏休みとかあるんだし、実際はもっと短いんだよ? それなのに、その短いうちの一ヶ月なんてさ、とっても貴重だと思わない?」 幹は熱弁するが、北斗はうーんと唸るだけだ。それはどう答えれば幹の機嫌を損ねないかと考えているようにも見えた。 「……だよね。ごめんね」 他に答えが見つからなかったのか、北斗はすまなそうに謝った。 北斗のことだから、今更応援団を辞めるなんてできないことはわかっている。だから謝って欲しいのではないが、どうすればいいのかは、北斗にも良い案は思いつかないのだろう。 「だからな、やっぱり俺が朝早くに行けばいいじゃんか。一時間くらい平気だよ。今だって、朝は早めに起きてるんだから」 それはちょっと嘘が入っている。朝はギリギリ、北斗と一緒に行けるというだけで頑張って起きている状態だ。 一緒に行けない今は、もっと際どいタイミングで電車に乗り込んでいる。 だがそれをばらすわけにはいかない。やっぱり無理でしょ、といわれては困る。 「本当に大丈夫? 無理してない?」 押しには弱い北斗のことだから、イエスというまでぐいぐい押してやろうと思っていたが、覚悟していたより案外簡単にひいてくれそうで、拍子抜けしそうになる。 これはもしかして、北斗も一人で登校することを寂しいと感じてくれていたのだろうかと、ちょっと期待してしまう。幹がいないことを寂しいと思っていてくれたらもっと嬉しい。今までの我慢も報われそうだ。 「大丈夫だって。学校についてからは、予習していればいいんだし。もうすぐ中間テストだから、その対策もすればばっちり!」 幹が力強く請け負うと、北斗もそれならばとにっこりする。 やったぜと、心の中でぐぐっと拳を上げる。 「あ、でも、もう一人いてもいい?」 突然の北斗の言葉に、幹は笑顔のまま顔の動きが止まる。 「は? ……どういう……こと?」 ガタンと電車が止まる。停車駅に着いたのだ。人波に押されるようにして駅に降り、通学路へ踏み出す。 「あのね、高校の先輩が……白団の団長さんなんだけど、同じ方向だから、一緒になるんだ。だから……」 「そいつと一緒に行ってるの!?」 頭の中が混乱し、同じ学校の生徒もたくさんいるというのに、立ち止まって叫んでしまっていた。 「……うん。……幹くんは嫌?」 この場合、北斗が聞いているのは、他の人が一緒にいるのは幹が嫌ではないかと気を遣っているのだ。 北斗が今まで他の誰かと一緒に通っていたのを、幹が不快に思っているのかと訊いているのでは決してない。 「俺が嫌だって言ったら、北斗はどうするんだよ?」 どんどん険しい表情になり、今にも泣き出しそうな幹に、北斗はオロオロする。 幸いにも、同じ電車で降りた生徒はもう先に行ってしまって、周りに人影は少ない。 「幹君が嫌なら、同じ電車でも、別々に行けばいいんだし」 簡単に言う北斗だったが、幹は北斗が結局は近づいてくる相手がいれば、誰でもいいのかと落ち込んだ。 結局は、幹だって、断れないから傍にいるだけなんだ。 少し離れただけで、北斗の傍には別の人がいた。 そんな馬鹿みたいな事実に、幹は何も考えられなくなった。 「やっぱり止めた。朝早くなんて、行きたくない」 意地を張っちゃ駄目だと思うのに、言葉が勝手に出てくる。 「幹君……」 北斗を困らせている。それはわかっていて、もっと困らせてやれと思っていた。 「北斗はそいつと俺、どっちと一緒に行きたいの?」 「そんな……」 答えてくれよ。俺だって言ってくれよ。 簡単なことだろ? どうして言い迷う隙間があるのか、その方が悲しくなってくる。 幹と上級生を比べた時に、答えるのに迷う時間があるのだ。 「どっち?」 もう答えられても、素直に喜べそうになかった。なのに、北斗はもっと酷い返事をした。 「……練習がある間は……」 「そうかよ!」 気がつくと北斗の胸を叩いていた。 「幹君……」 「勝手にしろよ」 北斗を残して、幹は走った。 頭の中は混乱したままだった。 自分が何をしたのかもわからない。 ただ悲しく、悔しかった。 「どうしたんだよ、北斗」 新しく到着した電車から出てきた冬樹は、道路でぽつんと立っていた北斗の肩を叩いた。 「おはよう……冬樹」 力のない声で律儀に挨拶をする北斗に、冬樹もあらためておはようと言う。 「一人か? ミキちゃんは?」 北斗はピクリと反応するが、何も答えずに首を横に振った。 「一人なら一緒に行こうよ。遅れるよ?」 「う、うん」 ぎくしゃくと足を動かし始める北斗と並んで、冬樹も歩き始める。 「何かあったのか?」 酷く悩んでいるような北斗を心配して、冬樹が話しかける。 「……なんでもないよ」 北斗はぎこちなく笑って、急に話題をそらした。 そんな器用なことができるとは思っていなかった冬樹は、らしくない北斗が余計に心配になった。 適当に相槌を打っていると、すぐに話題は尽きてしまう。 足音だけが虚しく響き、北斗は小さく溜め息をつく。 「喧嘩でもした?」 昨日と今日は楽しく一緒に登校しているとばかり思っていたのに、一人取り残されていた北斗がかわいそうでならない。 「なんでもない」 今までなら、どうすればいい? と冬樹を頼ってくれたのに、今回はどうしてなのか喋ろうとしない北斗が、ますます心配になる。 「一人で悩んでて大丈夫か?」 「ごめん……わかんない。……一人で行くね」 「え、ちょっ、……北斗っ!」 足早に歩き始めた北斗を慌てて追いかける。 「どうしたんだよ。……北斗ってば」 辛そうに黙々と歩く北斗に冬樹は必死で追いつく。けれど、北斗は一言も話そうとしなかった。 そのまま学校についてしまい、冬樹もしばらくはそっとしておこうと、教室までうしろをついていく。 けれどその日、北斗は教室でも一言も話そうとせず、教師の何人かに具合でも悪いのかと心配されたが、大丈夫ですと答えるだけだった。 |