好きという気持ちで強くなる











 中学に入ってすぐの身体測定で、思っていたよりも身長が2センチも低かった。
 新しい靴の紐が不良品だったのか、すぐに切れてしまった。
 はじめて利用した生徒食堂で、カツ丼を食べたかったのに売り切れていた。
 ついてない。ついてない。ついてない。
 小さな棘がいっぱい刺さっているように感じる。
 そんな棘は北斗と話しているとすぐに抜けるのに、北斗と話せないという大きな棘が刺さってしまって、心が痛い。
 体育祭の練習のために、行きも帰りもバラバラになると一方的に言われ、校門に取り残された。
 友達と一緒に離れていく北斗に、一瞬だけ憎しみを抱いた。
 冬樹に中学の友達を作れと言われ、悔しくて喉の奥に熱い石を飲み込んだように感じた。
 その日の夜、北斗に電話をしてみたが、夜の十時になっても帰っていない。携帯は音を切られているのか、留守番電話に切り替わる。
 メッセージを残す気にはなれなくて、帰ってきたら電話を欲しいとメールを送った。
 結局、北斗から電話があったのは、日付も変わろうかという時間で、とても疲れている様子に、あまり長くは話せなかった。
「朝早くてもいいからさ、一緒に行くよ」
 幹はそれだけは譲れないぞという気持ちで訴える。
『まだ電車通学に慣れていないのに、無理をしたら身体を壊しちゃうよ。そのほうが心配だから』
 北斗ならそう言うだろうと思ったけれど、幹はすんなりと受け入れるつもりはない。
「それじゃあ、全然会えないじゃないか」
 口調が我が侭になってしまって、しまったと思っても、言ってしまった言葉は戻らない。
『一ヶ月足らずだよ。すぐだよ。体育祭は土曜日だから、見に来てよ』
 能天気な発言に、北斗は少しも寂しがっていないのだとわかる。
「じゃあ、帰りを待ってる」
『とんでもない。こんな時間になっちゃうんだよ。中学生の幹君を待たせるなんてできないよ』
 中学生は駄目で高校生がいいなんて、どこがそんなに違うのかと言いたい。
「もういいよ、北斗は楽しくて、俺のことなんてどうでもいいんだよな」
 自分でも駄々っ子のように思いながら、胸の中に渦巻くイライラを鎮められそうにない。
『そんなんじゃないんだけど……』
 困りきった北斗の声だけれど、それでも幹のわがままを聞いてくれるような雰囲気にはならない。
「じゃあな」
 おやすみも言わずに一方的に電話を切ってしまう。
 北斗とこんなふうに気まずくなるのははじめてではないけれど、今回が一番辛く感じた。
 今までは北斗のことを世話好きな高校生くらいにしか感じてなかったし、北斗がいなくてもそんなに困るとは思っていなかった。
 けれど今は駄目だ。
 北斗のことを好きだと自覚しているし、北斗と一緒にいるためだけに受験したようなものなのだ。それなのに、その大目標が早くも達成できないのである。
 好きだからずっと一緒にいたい。
 そう言っても、きっと北斗はさっきと同じ答えを返すだろう。
 ……一ヶ月足らずだよ。すぐだよ。
 北斗が天然だからわかってもらえないのではない。
 自分が幼すぎるのが原因なのだ。
 今の時点で、いくら幹が好きだと告白しても、北斗は親愛の情としての「好き」としか受け止めてくれないだろう。
 男同士という問題よりも、年の差が二人の間にある気持ちの差を埋めてくれない。
 大人にならなければと焦るのに、今回のように我が侭を言ってしまう。
 北斗の気持が遠くにありすぎて、焦りが幹をさらに我が侭にするのだ。
 わかっていても、自分を止められない。北斗にいつも一緒にいて欲しいのだ。
 携帯を充電器にセットして、ベッドにうつ伏せに寝転ぶ。
「北斗のバカ。鈍感。嫌い…………になれない俺もバカ」
 はーっと大きな溜め息をついて、幹は目を閉じた。


「で、ミキちゃんのご機嫌は治ったのか?」
 応援団の練習に向かう途中で、冬樹が楽しそうにからかってくる。
「普通だよ。メールもちゃんと返事が来るし」
 電話では話せないが、毎日メールは送っているし、その返事も来る。特に変わった様子はない。
 最後に一方的に電話を切られてしまったときは、怒らせてしまったか、どうしようかと心配したのだが、次の日のメールにはすぐに返事が来た。内容も特に変わったようには思えない。
「実際のところさ、ミキちゃんとはどういう関係?」
 興味深そうに尋ねられて、北斗は首を傾げる。
「どういうって……年下だけれど、友達」
 どうやら本気で言っているらしい北斗に、二人を見送った幹の悔しそうな顔を思い浮かべる。
「弟みたいな感じ?」
「そう思ったこともあるけど……ちょっと違うなって、最近は思うんだ。弟よりも、友達の方がいいなって。幹君って、しっかりしてるし、話も合うし」
「へー」
 その微妙な違いに、北斗自身は気づいてないのだと思うと、何やらおかしくなってしまう。
「北斗さー、好きな女の子とかいないの?」
「ええっ!? そっ、そんなっ。ここ、男子校だし、出会いがないでしょ」
 北斗は一気に顔を赤くして、慌てたように否定する。
「そうかー? ほら、通学途中とかさー。あっ、ミキちゃんが一緒だと、無理か」
 冬樹は楽しそうに笑う。
「電車は満員で、そんな余裕ないよ。そういう清水君は?」
「冬樹でいいってば。俺は好きな子くらいはいるよ。片想いだけど」
「そっ、そうなんだ」
 思いも駆けない打ち明け話に、北斗の方が赤面してしまう。
「どうして北斗が赤くなるんだよー。俺の方が照れるはずだろ。純情だなー」
 赤くなった北斗を冬樹は楽しそうにからかう。
「こういう話ってさ、やっぱ、友達にしかできないじゃん。いつもミキちゃんといるのもいいけどさ、たまには同級生とも一緒に帰ったり、食べに行ったりしようよ」
「僕は友達って少ないから……」
 親しく話をすることができるのは、冬樹くらいだ。その冬樹とたまたま二年続けて同じクラスになれたから、こうして打ち解けていられるが、クラスが離れていたとしたら、新学年ですぐに親しい友達を作るのは、北斗には至難の業なのだ。
「だからさ、これからガンガン作ればいいじゃん。北斗は優しいし、いい奴だから、たくさん友達が作れるよ。今までは、おとなしいから話しかけにくかったんだって」
「……うん」
 実際のところ、おとなしいというより、面白味がないから友達が少ないのだと思う。
 友達が少なくて寂しい気持ちはあったが、それで特に困ることもなかった。
 初めてできた親しい友達が幹だった。一緒に遊びに出かけたり、お泊りをしたり、とても楽しかった。
 こんな自分で幹は楽しいのだろうかと心配もあるが、幹から積極的に話しかけてくれるので、その気持に甘えてしまっている。
 けれど冬樹の言うように、同級生の友達と、幹とはちょっと違う。その違いがなんなのか、はっきりとはわからないが、同級生同士のほうが話しやすい話題もある。
「少しくらい離れないと、見えないこともあるよ。きっとね」
「?」
 冬樹の思わせぶりな台詞に北斗は首を傾げる。
 冬樹が楽しそうに笑ったところで、練習場所に着いた。
 もうほとんどのメンバーが集まっていて、北斗も急いで決められた位置についた。