好きという気持ちで強くなる











 北斗の試験が終わるまで全然会えず、幹は少しずつ寂しさと不満を募らせていた。
 北斗と知り合うまでは、仲の良い友人と会えなくても、そんな寂しさなど感じたこともなかった。つまり自分はそれだけ北斗のことが好きなのだと、自覚を深くするだけだった。
 遊園地に行くと言っても、北斗のテストが終わると一年で一番寒い時期だ。
 それでも北斗と一緒なら楽しいと思ったが、せっかくだからもっと落ち着いて遊びたくて、テストが終わって電話をかけてきた北斗に、春休みにしようよと持ちかけた。
「本当の春休みは混むからさ、卒業式が終わって、春休みの前がいいな」
 平日だとますます空いているだろう。
『ちょっと遅れちゃうけれど、幹君はいいの?』
「いいよ。思いっきり楽しみたいからね」
 電話の向こうで北斗が笑う気配がする。
『春休みには幹君に泊まりに来てって誘うつもりだったんだけど、遊園地の前にする? 後にする?』
 さらりと誘われて、幹のほうが返事に困ってしまう。
『やっぱり嫌?』
「嫌じゃないけど!」
 幹は慌てて否定する。嫌なのではなく、むしろ泊まりたいくらいだけれど、一緒の部屋で寝るということを考えると、そわそわと落ち着かない気分になるのだ。
「えっとー、遊園地の後にする。そのまま、北斗んちに泊めて貰ってもいいかな?」
『うんいいよ。お母さんに言っておくね。あれから幹君がまた遊びに来てくれないかなって、楽しみにしているんだよ』
 穏やかな北斗の母を思い出して、幹はやっぱり泊まりに行きたいという思いを強くする。
「じゃあ、楽しみにしておく」
 結局、今まで毎日会っていたのが嘘のように、会えない日が続いた。
 日曜日に出かけたいと思っても、受験勉強でどこへも出かけられなかった不満を持っていた両親に、ショッピングだのドライブだのと連れて行かれる。
 その他にも、入学説明会や制服の採寸、そして驚いたことに春休みの宿題が信じられないほど出されて、幹はその量に唸った。
「信じられないんだよ。英語なんてさ、入学時にはアルファベットは書けて当たり前で、すぐに単語テストがあるんだってさ。数学もワークが一冊でるし、国語なんて春休みの間に三冊も本を読めってさ」
 受験が終わって遊びまくってやると思っていた幹は、早速の宿題攻撃に、内心では『やっぱり公立にしておけば良かったか』と思ったくらいだ。
『高校に入る時も宿題がたくさん出てたけど、中学も大変なんだ』
 北斗の実体験に、幹はそんなものなのかと諦めの心境になる。
『春休みもまた勉強会しようか。きっと宿題テストとかあるんじゃない?』
「そう! そうなんだよ。いきなり始業式の後にテストなんだってさ」
『僕も同じ』
 とってもうんざりしていたことが、北斗が同じだと言うだけで、なんだそれならしょうがないかと思ってしまう。なんとも単純な自分がおかしい。
『幹君の制服姿、早く見たいな』
「出来上がるのは三月の中頃だって。卒業してから取りに行くんだ」
 制服は高等部と同じブレザーで、ネクタイと胸のエンブレムが少し違う。
『楽しみだなぁ。あ、入学式にもボランティアで手伝いに行くんだよ。その時には見せて貰えるね』
 以前は秘密にされていたが、もう当日に思う場所に配置されなくても幹をがっかりさせることはないだろうと、北斗は予定を先に教えてくれた。
「そっか。じゃあ、始業式まで会えないと思ってたけど、一日早く会えるよな」
『そうだね』
 遊園地と泊まりの約束をして、電話を切る。あと何日だろうと指を折ると、両手で足りることに気がついた。
 さっそく泊まりの荷物を詰めることにする。
 修学旅行にも持って行ったスポーツバッグに着替えとパジャマを入れる。
 直前に入れるものを除けば、荷物はいかにも少なかった。
「北斗はゲームもしないもんなー」
 友達の家に行くのならゲームソフトやコントローラーを持っていくのだが、そもそも北斗の部屋にはテレビもなかったことを思い出す。
 携帯用ゲーム機を持っていくのも気が進まなかった。北斗と入るのに、一人の世界に入るゲーム機は必要ない。
「ほんっと真面目だよな」
 以前はそれをダサいことだと思っていた。
 けれど今は真面目な北斗が立派だと思う。むしろ、悪ぶっている奴の方が子供っぽくて、馬鹿のように見える。
 結局、宿題を始めて、残っているものを後で入れることにした。
 あとはもう、何日も前から、遊園地が楽しみで楽しみで、以前行った時のパンフレットを見ては、ニヤニヤしていたのだった。


 作らなくてもいいと言ったのに、泊まりに行かせて貰うのだからお弁当くらいはと、幹の母親が二人分のお弁当を作ってしまった。
 背中のデイパックにあるお弁当の出来栄えが気になるが、駄目だった時は何か買うことにして、思いっきり楽しむことにした。
「なんかさー、すっごい久しぶりな気がする」
 電車の中で幹は、北斗といることに落ち着かない気分になって、それを誤魔化すように喋りかけた。
「出かけるのはさ、夏休みのプール以来だよね」
 そんなになるのかと感慨深い。あの時、今度は一緒に遊園地に行こうと約束したが、幹の受験が失敗していたら、実現しなかったように思う。
「ジェットコースターは駄目なんだよな?」
「うーん、でも、幹君の合格祝いだから、一つだけなら頑張って乗る」
 乗るといっただけでもう強張っている北斗の顔を見ると、無理に乗りたいとは思わない。
「いいよ。今日は他のを思いっきり楽しむから。北斗も楽しくないなら、一緒に来た意味がないしさ!」
 元気よく電車を降りて、二人でゲートに向かって小走りになる。
 平日でも高校生や大学生はもう春休みに入っているのか、予想していたより人出は多かった。
 それでもそれほど並ぶこともなく、次々とアトラクションを楽しんでいく。
 お弁当は心配していたほど味も酷くはなく、おにぎりが少し辛い程度で、それもまた楽しい話題となったのでほっとした。
 お昼からはゲームアミューズメントや隣の水族館にも足を伸ばした。
 お祝いにと北斗が用意してくれたのは、周辺の遊び場の入場料がセットになった物だったのだ。
「これどう? 幹君はこんなの嫌い?」
 最後の水族館で、北斗はペンギンのストラップを手にした。
「可愛いな」
「じゃあ、買って来るね」
 北斗はストラップを二つ持って、レジへと向かう。
「えっ?」
 幹はこれ以上北斗に出費をさせてはいけないと、自分の財布を取り出して追いかける。
「俺が買うよ、北斗の分も」
「あのね、遊園地のチケットはお父さんが会社で買ってくれたから、半額だったんだ。だから少し余裕があるんだよ」
「でも……」
「いいじゃない。幹君よりは僕のほうがお小遣い多いんだしさ」
 それでも中でジュースだポップコーンだと、北斗が色々買ってくれたのだ。これ以上使わせるのは申し訳ない。
 北斗はアルバイトをしていないし、幹はお祝いを貰って、少しばかり余裕があるのだ。
「今日の分は僕が出すよ。だってお祝いなんだから」
 北斗ににこやかに言われると、それ以上は押し切れなくて、幹は小さな袋に入れてもらったストラップを受け取った。
「ありがとう、北斗」
 水色の布製のペンギンは、小さな鈴もついていて、袋の中でもチリンと可愛い音をたてた。


「お邪魔します」
 すっかり暮れてしまってから電車を降りると、北斗の父親が駅まで車で迎えに来てくれていた。
 それに乗せてもらうと、北斗の家まではすぐだった。
「いらっしゃい。幹君、合格おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 恥ずかしげに幹がお礼を言う。
 荷物を北斗の部屋に置くと、すぐに晩ご飯に呼ばれた。
 テーブルには小学生が喜びそうな、ハンバーグや唐揚げやエビフライ、コロッケやミニグラタン、生春巻きのサラダやスパゲティサラダなどが小さく食べやすい大きさに丸められて、テーブルの上いっぱいに並んでいた。
「すごー。豪華ー」
「何だか張り切って作りすぎてしまったの。好きなものだけ食べてね」
 ご飯も具が色々なおにぎりにされていて、幹はいつもよりたくさん食べた。
「やっぱり育ち盛りの子はすごいね」
 父親が感心して言う。
「でも、北斗はあんまり食べなかったわ」
「今、そんなこと言わなくてもいいじゃないか」
 困ったように二人を止める北斗がおかしくて、幹はクスクス笑う。
「じゃあ、二人でお風呂に入ってらっしゃい」
「ええっ!」
 幹は驚いて声をあげてしまった。
「古いお風呂なんですけれどね、二人ぐらいなら入れるわよ」
「いやっ、あのっ。一人で入れますからっ」
 北斗の裸なんて見てしまったら、プールの夜のように、また何日も眠れなくなると、心配になってくる。
「幹君は恥ずかしがりなんだよ。プールの着替えもちゃんとバスタオルを巻くんだよ」
 いや、だから、それは。
 のほほんとした北斗の説明に反論したくなるが、そんなことをすれば二人で入るということになりかねないので、幹は恥ずかしがりという認識を甘んじて受け入れた。
「だったら、修学旅行とか大変ねぇ」
 さすがは北斗の母親だと、その暢気な言い方に幹は引きつりながら笑う。
 修学旅行の入浴では、誰がどの程度毛が生えてきたとか、誰のが大きいのかとか、見比べたりしたなどとは、とても言えない。
「じゃあ、幹君、先に入っておいでよ」
 北斗に勧められて、幹はそそくさと食卓を後にした。
 母親は古いお風呂だと言ったが、それは形式だけのような気がした。幹は一般の家庭で湯船が木でできているのをはじめて見た。
 ちゃんとシャワーもボイラーもついており、古いという気はしないが、慣れなくて落ち着かない。
 二人で入れると言ったとおり、湯船も洗い場も広く、これが幹の家なら、幹は友達を五人くらい呼んで騒いでしまいそうだ。
 あまり長湯するタイプでない幹も、のんびり入らせてもらって、パジャマに着替えた。
 北斗の部屋に戻ると、奥の部屋に布団が二つ並んで敷かれていた。
「じゃあ、僕も入ってくるね」
 北斗は何も気にしていない様子で、さっさと下へ降りていく。
 幹は二つ並んだ布団を眺めて、今更ながら、どうしよう?と、迷い始めていた。