北斗が好き。 それも「兄のように」や「友達として」ではなく、いつも一緒にいて欲しい相手、つまり恋する相手として北斗を好き……なのだと気がついた。 「北斗は男なのに……」 恋とは異性とするもの。 仲の良い父と母を見ていれば、男の自分が男を好きになるというのは、間違いなのではないかと感じ始めた。 以前に教室で女性のきわどいポーズが載っている雑誌を見たときに、騒ぐ同級生の中で、幹はそれを見ても興奮しなかった。 その時に気になったのは、プールで見た北斗の裸の胸や背中だった。 北斗が好き。今日のように抱きしめて欲しい。……いや、抱きしめたい。 合格発表の場で抱きしめた北斗の背中の感触を思い出して、幹は自分の両手を見た。 これは間違いだから、北斗を好きになってはいけない。 そう考えると、胸がキリキリと痛んだ。 「好きになっちゃいけないなんて……無理だ。もう、好きなんだから」 手をぎゅっと握った。 嫌いになんてなれない。好き。 そう思うと、胸の痛みが取れた。そればかりか、心が軽くなる。 ずっと北斗と一緒にいたい。 自分の気持ちが決まると、それを北斗に教えたら、彼はどうするだろうかと考えた。 「…………にっこり笑って……『うん、僕もだよ』………………だな」 北斗の中で自分という存在はどんなものだろうかと思う。 答えは考えるまでもなく、すぐにわかってしまう。 きっと、北斗にとって、幹は弟。 「俺、北斗に甘えすぎたんだよな……」 北斗と一緒にいたくて、振り回し、甘え、我が侭を言ってきた。それを寛容に受け入れてくれたのは、北斗の優しい性格もあるだろうが、幹のことを弟のように思ってくれたからとしか思えなくなってきた。 「モトくーん、ご飯よー」 母親に呼ばれてリビングに下りた。 テーブルの上には、赤飯と祝い鯛、幹の好きな唐揚げとトマトのサラダ、ホールのケーキまでが所狭しと並んでいる。 「お祝いよ!」 妙に張り切っていると思ったら、こんなメニューを考えていたのかと少しばかり呆れてしまった。 「味の保証はできるの?」 少しばかり疑ってしまう。張り切ると必ず妙な味付けをしてしまう母親の腕は、ここぞというときほど信用できない。 「大丈夫よ! お赤飯はね、お米に混ぜるだけで炊飯器で炊けるやつだし、鯛は焼いたのを買ってきたし、唐揚げは変な細工をせずに市販の唐揚げ粉をまぶしたわよ。サラダは切って盛り付けて、各自でドレッシングだから、間違いようがないでしょ」 それは自慢できることではないと思うのだが、嬉しそうな母親を怒らせたりしたらあとで父親に叱られるので、ここは自分も喜ぶふりをした。 「ねぇねぇ、北斗君にもお礼をしなくちゃね」 幹に赤飯を盛りながら、母親は楽しそうに話しかけてきた。 さっきまで考えていた北斗の名前が出て、ドキッとしてしまう。 「お礼?」 「そうよー。北斗君がお勉強を見てくれたから、モトくんが頑張れたんでしょう。何かお礼をしなくちゃ。何がいいかしら?」 「北斗はお祝いをくれるって言ってたけど?」 お礼のことなど考えてなかった幹は、どうすればいいのか全くわからなかった。 「お祝いだなんて、申し訳なさ過ぎるわ。ちゃんと辞退をするのよ。それで何が欲しいか、聞いておいてね」 「わかった」 「まぁまぁ、お祝いっていっても、高校生なんだから、そうたいしたものではないだろうし。その分も含めてお礼をすればいいじゃないか。向こうの気持ちを踏み躙るようなことをしてはいけないよ。北斗君も兄弟がいないらしいし、幹のことを弟のように可愛がってくれているんだから、その気持ちは喜んで受け取ったほうがいいよ」 父親が母親と幹にとりなすように言う。けれど幹は『弟のように』という父親の言葉にこっそり傷ついていた。 やはり誰の目にも、自分は北斗の弟のように見えるのだろうか。 「そうよねー。じゃあ、お礼は張り切っちゃいましょう! でも、モトくん、北斗君に大きな物をおねだりしちゃ駄目よ」 「…………しないよ」 弟に対してのお祝いなら、いらない。 ついそんな風に考えてしまう。 「ほんと、北斗君みたいなお兄ちゃんがいれば嬉しいわよね」 母親の無邪気な言葉に幹はむっとしてしまう。 「幹は一人っ子の方がいいっていう顔だな」 父親まで幹をからかう。 「ママを取られちゃいそうで嫌なんだろう?」 「あらー、ママはモトくんが一番可愛いわよー」 一体俺はいくつなんだよと叫びたくなる甘い会話を二人がしている。呆れながら、幹はさっさと食事を済ませた。 入浴を済ませて部屋に戻ると、北斗からメールが届いていた。 【合格おめでとう! お祝いは何が欲しいか決まった?】 用件のみのメールに、幹はふっと笑った。 【何でもいいよ。北斗がいい物で。それよりうちの親がお礼がしたいって。北斗は何が欲しい?】 本当はすぐにも電話をしたかったが、北斗は試験中なのだと思い出して、メールで返事をした。 その返信はすぐに来た。 【お礼を貰うようなことは何もしていないから、ご両親に言っておいてね。幹君は何がいい?】 予想通りの返事に、幹はうーんと唸る。 北斗へのお礼は両親が考えるとして、幹自身は特に欲しいものがない。一つあるにはあるが、北斗が欲しいなどとは言えないから困ってしまう。 【前からの約束だから遊園地に連れて行って】 一番無難なものを選んだ。そうすれば、北斗と一緒に出かけられるから、一石二鳥な気分だ。 【テストが終わるまで待ってね】 北斗が聞き入れてくれるとわかって、幹は嬉しくなる。 【今度は北斗が頑張れよ!】 【頑張る。おやすみ】 「短いメールだよなー」 北斗のおやすみメールに、もう少し色々と話したいと思ってしまう。 昨日までは幹の塾の前に駅前で会えたが、明日からの幹ははっきり言って暇だ。塾ももうない。 だったら次はいつ北斗に会えるのだろうかと考えて、しばらく会えないのでは?と愕然となった。 ほとんど毎日のように会っていて、会えない辛さを今更ながら噛みしめてしまう。しかも北斗を好きだと気づいてから。 「会いたい……」 ぽつりと呟いた言葉に、寂しさは募っていった。 |