北斗は自宅近くの児童公園の入り口にある植え込みのブロックに座り、通り過ぎる小学生たちをぼんやりと見送っていた。
多分あの子はこの小学校の生徒だと思うのだが確信はない。どころか、ずっと据わり続けている北斗を胡散臭そうに見ながら通り過ぎる児童もいて、北斗はもう帰りたくなっていた。
そういえばあの子も、最近は小学生児童の連れ去りや悪戯に、みんな敏感になっているといってたっけ。高校生が起こす犯罪も多い。
つまりは自分もそんな怪しい少年と見られているのかもしれないと思うと、北斗は居たたまれなくなってしまう。
次の集団が通り過ぎたら帰ろうと決めた北斗が、その幾人かのグループを見ていると、少し離れたところから聞こえてきた女の子の声にふと視線を移した。
「ねぇ、一緒にプリクラ撮りに行こうよぉ。アポロンに新しい機械入ったんだよ」
長い髪をサイドトップで二つに結んだ少女は、ミニスカートにオーバーニーのハイソックス、ブランドロゴのカットソーで、ランドセルを背負っていなければ小学生にはとても見えない。
彼女は隣の男の子に、駅前のゲームセンターに新しい機械が入ったので、一緒にプリクラを撮りに行こうと誘っていた。
だが、その男の子は気のない返事で、プリクラなんて嫌だとすげなく断っているのである。
あんな可愛い女の子の誘いを断るのはどんな子だろうと、北斗はその少年に目を移してあっと小さな声を上げた。北斗が待っていた男の子である。昨日のはきはきした声とは別人のようで、気がつかなかったのである。ずっと俯き加減だったので、前髪に隠れてしまって、良く見えなかったというのもある。
北斗の声に、少年も顔を上げる。そして何故か、彼はにっと笑った。
「お兄ちゃん、待たせたー?」
男の子は殊更愛らしい声を出して、北斗に駆け寄った。背負ったランドセルがカタカタと鳴る。
「え、……あの」
北斗が戸惑っていると、彼は北斗の腕に自分の腕を絡ませ、女の子に向き直った。
「ごめん、北島さん、今日はお兄ちゃんと約束してたんだ。だから行けないよ。またね」
「え、え、え……」
北斗が何か言おうとすると、彼は女の子に見えない位置で北斗の腕を抓った。喋るなということだろう。
「でも、モト君、お兄ちゃんなんていなかったじゃない」
好きな男の子の家族関係は調査済みなのか、女の子は勝気に言い返してくる。
「従兄弟のお兄ちゃんだよ。ほら、鵬明の制服着てるだろ? 算数を教えてもらう約束なんだ。明日の塾の宿題、どうしてもわかんなくてさ」
「本当?」
彼女はどうしても自分が断られることが納得できないでいるらしい。北斗にも疑いの目を向ける。
影でもう一度きゅっと抓られる。話を合わせろということらしい。
「ご、ごめんね。明日までに教えてやってくれって、モト君の叔母さんに頼まれててさ。また今度誘ってやってよ、ね?」
最後の言葉に今度は強めに抓られる。余計なことを言ってしまったらしい。
北島さんはむっとしたまま、少年を見ていたが、しつこくするのはよくないと判断したらしく、「じゃあ、また今度ね」と言った。
「バイバイ」
モト君の声に、彼女も仕方無しに手を振る。
「ごめんねー」
北斗も愛想笑で手を振ると、彼女は小走りで帰っていく。その背中がとても悔しそうに見えた。
とんだ修羅場に立ち合わせた少年は、彼女が振り返らないと見て取ると、あっさりと絡めていた腕を放した。
「あの、……こんにちは」
「はあ?」
さっきまでの愛想の良さはどこへ行ったのか、北斗が挨拶をすると、彼は呆れたような声を出した。
「いまさらこんにちはって、何、それ」
助けてやった恩はどこへいったのかと思うが、自分も昨日助けてもらった身では、強くも言えない。
「まあ、これで昨日の貸しは無しにしといてあげるよ、助かったよ、じゃあね」
「あ、あのさ、これ、返そうと思って」
北斗は慌てて、少年にポケットに入れていた防犯ブザーを取り出した。
「なに、お兄さん、俺のこと待ってたの?」
少年は少しは驚いたのか、北斗に近づいて、手の平に乗せた防犯ブザーを持ち上げた。
「チェーンがついてる。もしかして、探したの?」
自分が放り投げたチェーンがついているのに驚いて、少年は北斗を見上げた。
北斗も高校一年生にしては小さい方だが、少年も6年生にしてはまだ小さいほうで、あの女の子の方がわずかに大きかったくらいである。二人の学年差に見合った分だけの身長差はあり、少年が北斗を見上げる形になる。
「だって、それがないと困るだろう? 昨日、お母さんに叱られなかった?」
「これ、可愛すぎて嫌だったんだよ。なくすことができて喜んでたのにさ」
「ご、ごめん」
少年のぼやきに北斗は素直に謝った。
「お兄さん、バッカじゃないの? そんなんだからカモられるんだよ。どんくせー」
言いたいように言われて、北斗は顔を引きつらせて笑う。自分でも卑屈だと思ったが、言われていることはわりと正しいので言い返せない。
「これ、お兄さんが持ってれば? また使えそうじゃん?」
はい、と目の前にぶら下げられて、北斗は反射的に受け取ってしまう。
「でも、これがないと……」
「別のを持ってるからいいよ。何個か持ってるんだ、お母さんの趣味でそのキャラクターのを持たされてただけ。だからそれ、あげる」
「あ、ありがとう」
思わず礼を言ってしまった北斗に、少年は手の打ちようがないというような、呆れた笑いを浮かべる。
「じぁね。もうたかられないように、明るい道を歩いて帰って下さい」
馬鹿にしたような言い方だが、北斗はうんと返事をしてしまう。その返事に少年ははぁと溜め息をついたように思えた。
「あ、あのさ」
去り行くランドセルの背中に北斗は慌てて声をかける。
「何?」
「算数、わからないなら、昨日助けてもらったお礼に教えるけど」
北斗が申し出ると、少年はきょとんとしたあと、ぶっと噴出し、失礼なくらいに大きな声を出して笑い始めた。
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