好きという気持ちで強くなる








「あ、あのさ、ミキちゃんじゃなくて幹君だよ。こっちが清水君。同じクラスなんだ」
 軽く睨みあう二人の間で、北斗がハラハラしながら、それぞれを紹介する。
「こんにちはー。今日はミキちゃんが来るっていうんで楽しみにしてたんだよ。焼きそば、食べる?」
 いかにも小さな子供を相手にしているという清水のいい方にカチンとくるが、以前北斗から出てきた友達の名前を思い出して、幹はとりあえずその怒りは押し込めることにした。
「清水さんですよね。いつも北斗がお世話になってます」
 幹の少しでも北斗に近いのは自分だと言わんばかりの挨拶に、冬樹はぷっと吹き出してしまった。
「そ、そう。いつも清水君には迷惑ばかりかけてるんだ」
 冬樹が笑い出したことを幹が気にするのではないかと、北斗はオロオロしてしまう。何とかフォローしようと思うのだが、こんな時に上手い言い方を見つけられる北斗ではない。
「北斗、店番はいつ交代になるの? それまでここで待っててもいい?」
「あと15分ほどだけど……」
「いいよ、もう交代の奴来てるし、北斗は行っても」
 いつもは松倉と苗字の方を呼ぶのに、幹の前でだけ名前を呼ばれる。訂正するのも変だし、どうしていいのかわからずに、北斗はじゃあとエプロンを外して、交代の生徒に手渡した。
 まだ夏服の鵬明の制服は開襟の白い半袖シャツで、熱い鉄板の前にいたからか、少し汗ばんでいて、その汗があの夏のプールを思い出させてしまう。
「行こうよ、北斗」
「あ、あぁ、じゃあ、清水君、あと頼むね」
 年下の特権とばかりに、幹は北斗の腕に手を回して引っ張る。そんな仕草も、幹が小学生だから変な目で見られることはない。幼い自分を喜べばいいのか、焦るべきなのかわからないまま、幹は北斗を独り占めするべく、焼きそばの屋台から引き離した。
「幹君、あのさ……」
「あいつだろ、この前、俺に北斗の名前でメールを打ったの」
 屋台の列が途切れたところで、幹が問いかけてきた。
「う、うん。そう。清水君」
「仲がいいんだな」
「僕は他に友達って少ないから……そう見えるだけだよ」
 いつもと変わらない調子で話す北斗に、少し首を傾げる幹。
 弱気に見える北斗は、学校でもおとなしい方なのだろう。男子校という環境の中で、内気なクラスメイトは置いていかれがちになっているのかもしれない。
 幹のクラスでも、喋らない男子はいる。幹も暗いタイプは苦手なほうだった。  けれど北斗に対しては暗いというイメージを抱いたことはない。暗いというのではなく、そっとしておいてやらなきゃと思われるタイプなのではないだろうか。
 本人が思うほど友達は少なくないだろう。誰もがもっと親しくなりたいと思いつつも、北斗からのアクションを待っているために、近づけないでいると予想できた。
「じゃあ、いいじゃん。俺が友達になるしさ」
 北斗にはこれ以上親しい人など作ってほしくない。できればあいつとも、もっと離れてほしい。
 幹はそれが独占欲だとも自覚の薄いまま、そんな風に言っていた。
「幹君とはもう友達だから、その言い方は変だよ」
 優しい笑顔。年上とは思えないような可愛い笑顔に、幹は満足する。これがずっと自分だけに向けられればいいなと思いながら、幹は北斗の手を掴んだ。
「じゃあさ、案内してよ。たくさん回ろう。まずは何か食べたいな」
「焼きそばを食べればよかったのに」
 お腹が空いたという幹に、北斗は笑った。幹も笑いながら、近くにあったフランクフルトの屋台へと走った。

 鵬明の中等部の見学も一応は軽く回って、受験生用のパンフレットももらった。
 高校と中学校は同じ敷地内にあるが、全く別の棟になっていた。
 塀こそないが、何もかも別の施設を利用するようになっている。校舎はもちろん、校門も、食堂も、体育館やグランドも別々になっている。
 これでは隣に建っている別の学校だと言ってもいいくらいだった。
「中等部の子とは、一緒になることはないなぁ」
 今更ながら、北斗がのんびり言うのに、幹はもっと早く教えてくれよと情けない気持ちになった。
 だって、同じ学校へ行けば、もっと一緒にいられると思っていたのだ。
「一緒に登下校できるくらいかな?」
 つまらないと思っていた幹はそんな一言で浮上した。
 確かに校内ではほとんど顔を合わせられないとしても、同じ学校なのだ、同じ駅から乗る幹と北斗は一緒に登校できる。
 それだけで辛い受験勉強も頑張れるのだから不思議だ。
 後片付けがあるからと、北斗と一緒には帰れず、幹は次の日曜日は運動会に来てと約束をして、一人で帰宅した。


 幹の運動会は、秋晴れの晴天の中、開催された。
 北斗は開会式には間に合わなかったが、6年生の団体競技には間に合った。
 6年生全員で協力して行う組み立て体操は、この地域ではどこの学校でもやるらしく、北斗も6年生の時にはやったことを思い出した。
 北斗たちよりは派手で、大掛かりな演技に、北斗は自分のことのように拍手を贈った。
「北斗、見てた?」
 退場門から出てきた生徒たちの中から、幹が飛び出してくる。
「すごいね、大ピラミッドの一番上にいたよね」
 円陣を組んだ上でピラミッドを組み、その一番上で両手を上げてポーズを決めていた幹は、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
「あんなに高いところで怖くなかった?」
「ぜんぜん。あの上から北斗が見えたよ」
「本当に?」
 あの位置からだと観客たちは粒のように見えたのではないだろうか。その中から自分を見分けられたのだろうかと、北斗は不思議に思った。
「疑ってるだろう、北斗」
「え?」
 言い当てられて、北斗は笑って誤魔化す。
「モト君、集合だよ」
 二人の後ろから幹を呼ぶ声がした。その声のきつさに北斗はドキッとする。
「すぐに行くよ」
 幹はあからさまに不機嫌そうに返事をする。
 その幹の向こうに、北斗を睨む女の子がいた。いつか北斗を捕まえてプリクラを撮らせた女の子だ。
 北斗を一睨みすると、彼女はぷいっと背中を向けて走り去った。
「あいつが何か言ってきても、相手しなくていいよ、北斗。うちの親、あっちのほうにいるんだ。一緒に待ってて」
「う、うん……」
 そう行って走り去る幹の背中を、北斗は不安そうに見送っていた。