好きという気持ちで強くなる








 入り口で料金を二人分払う。
 高校生はもう大人料金で、自分が子供料金であることに小さな不満を感じる。
「身長はかわんねーのにな」
 幹がぼやくのに、北斗は何も気にしていないのか、クスクスと笑う。
「料金が安くて得してるのに」
 なんの屈託もない北斗に、幹はますます不満を感じる。
 大人になれば気にならないだろう4歳差は、今の幹にとっては、永遠に越えられないような高い壁のように聳え立つ。
 男子更衣室に入り、空いているブースを選んで、並んだロッカーを開いた。
「俺、中に履いてきたもんね」
 幹はさっさとTシャツとカーゴパンツを脱いだ。そうすると黒のカーゴパンツの水着姿になった。
「ええっ、早いなー。僕も履いてくればよかった」
 北斗はびっくりして幹を見て、自分も脱ぎ始めた。
「幹君、着替えの下着、ちゃんと持ってきた?」
 シャツのボタンを外しながら、北斗が訊いてくる。
「う、うん。そりゃあ、北斗じゃねーもん。ちゃんと持ってきた」
 ボタンを外す北斗の指先から何故か目が離せなくなって、幹はらしくなく声が小さくなる。
「すごい。僕ね、小学校の時に海水パンツ履いていって、下着忘れたことある」
「だ、だろうよ。北斗らし……」
 言いかけた幹は、北斗がジーンズを脱ぎ始めて慌ててしまう。
「ちょっ、バスタオル、巻けよ!」
「え? そ、そう? そうしたほうがいい?」
 ジーンズの前を広げて、ウエスト部分に手をかけたまま、北斗が幹に振り向いた。
「そうだよ。だ、誰が見てるかも、わかんねーんだしっ!」
「誰って……、別にみんな男同士なんだし……」
「い、いいから、ほらっ!」
 幹は急いで北斗のデイパックの中からバスタオルを引き出した。押しつけるように手渡すと、北斗は首をかしげながらも、腰にバスタオルを巻きつけた。
「学校でもこんなことしないのに」
「しろよっ!」
「幹君はバスタオル巻くの?」
「ったりまえじゃん。って言うか、今のバスタオルは、首に巻くように、こんな風になってるんだよ」
 幹は自分のバスタオルを取り出して、ゴムになっている部分をホックで留めて、首に巻きつけて見せる。テルテル坊主に見えるシルエットに、北斗も頷いた。
「僕のときもそうだったよ」
「じゃあ、ちゃんとしろよ」
「高校生になったら、そんなことしないよー」
 北斗はあっけらかんと笑う。
「絶対ダメ。いいか、今度から、これ使え。これやる!」
「ええーっ! そんなの使ったら、かえって恥ずかしいよ」
「いいから。どんな奴に狙われるのか、わかんないんだし!」
「体育の時は貴重品を体育委員に預けて、職員室で保管するから、誰にも狙われないよ」
 まったくわかっていない北斗の答えに、幹はイライラする。
「お待たせ。着替え、終わったよ」
 はらりとバスタオルを解くと、北斗は水色のカーゴタイプの海水パンツだった。
 もちろん上半身は裸で、薄い桃色の乳首がさらされている。
 自分と変わらない、クラスの男子とも変わらない、見慣れたはずの男の半裸体である。ちっとも珍しくなんかないはずなのに、目のやり場に困ってしまう。
 幹は乱暴に荷物をロッカーに詰め込むと、勢いよくドアを閉じた。
「浮き輪を持ってきたんだよ。これならね、二人で入れるよ」
 幹の気持ちも知らず、北斗はニコニコと浮き輪を手に、膨らませながら歩いてくる。
 楽しいのだけれど、なんだかこれから疲れそうだと、幹は真っ直ぐに伸びた、北斗の細い背中から目を逸らしたのだった。


 北斗は自分が年上だからか、一生懸命に見えるほど、幹の世話を焼こうとしたり、休憩だ食事だと時間を区切ろうとする。
「身体が冷たくなっちゃうよ。ちょっと休憩しないと」
 プールサイドに出ると、タオルで幹の身体を拭こうとする。
「いいよ。北斗こそ、パラソルの下に入れば? 焼けてしまうぞ」
 鵬明のプールはなんと屋内にあるらしく、クラブ活動もしていない北斗は、夏だというのにほとんど焼けていない。
「せっかく焼こうと思ってるのに」
「なんで、白いほうがいいじゃん」
 他の男なら白くて気持ち悪いと思うだろうが、北斗の場合、あんまり焼いて欲しくないと思った。
「幹君は小麦色だよね。いいなー。僕は焼いても赤くなっちゃって、あんまり黒くならないんだよ」
「だから、白いほうがいいって」
 首にタオルをかけた北斗の身体はまだ濡れていて、水を弾く白い肌に、視線が吸い寄せられそうになって困る。意識して視線を外さないと、北斗に変に思われないかとハラハラする。  二人で入ってどうするんだよと思った浮き輪だったが、流れるプールに入ると二人で浮いているのが楽しくなった。
 ただし、北斗に後ろから抱きかかえられるという、子ども扱いには腹が立ったが。
 そうして抱きかかえられている時も、北斗の腕ばかりを意識してしまい、必要以上に早くなる心臓の音がばれないかと気がかりだった。
「これは……イヤだなぁ」
 スライダー乗り口への階段の手前で、北斗は長くて色んな方向へウネウネと曲がっている青いチューブを見上げて、苦い笑いを浮かべる。
「えー、滑ろうよ。ここまで来て、これを滑らないなんて、話の種にならねーよ」
「でも……、こういうの、苦手なんだよ」
 いかにも北斗らしかったが、幹はこういうのが大好きなのだ。そして、一人で滑っても全然楽しくないことも知っている。
「身体を立てればさ、そんなにスピードでないし。な? せっかく来たんだから」
 せがむように言うと、北斗は渋々ながらも頷いてくれた。
「一回だけだからね」
「一回滑ればもっともっと滑りたくなるって」
 幹はご機嫌でスライダーへと駆け上がる。遅れないように北斗も小走りでついていくと、階段の上では、何人もが列を作って待っていた。
「ほら、あんなに小さい子だって滑るんだから」
 自分だって小学生だろうに、幹は3年生くらいの子を指差して、北斗に大丈夫だと請け負う。
「でも、身長制限があるよ。危ないってことなんじゃ……」
「120だよ? 北斗は全然オッケー!」
 そんなことを言いあっているうちに順番が来てしまう。二人用のフロートに、幹が前、北斗が後ろで乗り込む。
「いくよー!」
「ええっ! ま、まだ、心の準備がっ!」
「そんなこと言ってたら、すすまなーい」
 幹が身体を前に傾けて床を蹴ると、フロートはチューブの中を滑り始めた。
「わーーーーーーーっ!!」
 予想以上のスピードに、北斗は叫び声をあげて幹にしがみついた。
「ちょっ、……北斗」
 大丈夫だと呼びかけようとするが、自分の叫び声で北斗の耳には届かない。
 ぎゅっと強い力で後ろから抱きしめられて、幹はスライダーを楽しむ余裕は綺麗になくなった。
 時間にすればほんの十数秒。それが長くもあり、短くもあった。
 たちまちにチューブの先に水面がのぞき、二人は水飛沫を上げてプールの中へと飛び込んだ。
「北斗、大丈夫?」
 水の中にダイブしたと同時に、北斗の腕が外れて、幹はプールの中に立ち上がった。慌てて振り返ると、北斗も立ち上がっていたが、叫んでいたためか、水を飲み込んだらしく、ゴホゴホと咳き込んでいる。
「大丈夫? 苦しいか?」
 水に濡れた髪が額や頬に張り付き、咳き込む北斗の目元に涙が浮かぶ。その姿にドキッとしながら覗き込むと、北斗ははぁはぁと荒い息の中から大丈夫だと頷いた。
「次が来ますから、早く離れてください」
 係員の誘導に、北斗が大変なのにと腹立ちながらも、確かに今の北斗にぶつかられたりしたら怪我でもしかねないと、北斗の手を引っ張ってプールサイドに上がる。
「もう絶対乗らない」
 本当は誘いたいなと思いながらも、北斗の苦しそうな様子に、もう一度というのは諦めた。


 楽しい一日はあっという間に過ぎた。
 もっともっと遊んでいたいと思ったが、帰ると約束した時間は、時計が間違っているんじゃないかと思うほど、速くやってきた。
 シャワーブースは狭く、一人ずつしか入れないことに、ほっとしながらもどこか残念に思う自分を不思議に思いながら、幹は着替えた。
「楽しかったよね。いい息抜きになった?」
 帰り道、北斗は自転車を押しながら、分かれ道まで二人でのんびりと歩いた。
「またいきたいなー。合格したらさ、一緒に遊園地に行こう」
 幹が誘うと、北斗は「ジェットコースターに乗らないって約束してくれるなら」と笑った。
「うーん、いいけどさ」
 二人で行くことが楽しいから。それなら、好きな乗り物に乗れないくらいは我慢できそうだと幹は思った。
「約束な」
「うん、勉強、頑張ってね」
 バイバイと手を振ると、とても寂しい気持ちになる。
 またすぐに会おうと思えばいつでも会えるのに。
 その日の夜、ベッドの中で何度も北斗の水着姿や、しがみつかれた感触を思い出しては、寝苦しい夜を過ごした。