目の前で携帯のメールを打つ冬樹を不安そうに見つめる。冬樹の持っている携帯は、北斗のものだ。 名目上は夏休み期間の補習だが、きちんと4時間の時間割が区切られている補講のために登校すると、冬樹が「どうだった?」と開口一番に聞いてきた。 物事に疎い北斗でも、流石に昨日の話題だと気がついた。 「わからないんだ。……幹君は僕に怒っているみたいで。彼女とプリクラ撮ったからかな?」 北斗の考えついた理由に、冬樹はがくっと膝が折れたような気持ちになった。 「えーっと、ミキちゃんじゃなくて、幹ってやつのメールアドレス知ってるんだよな?」 勢い込まれて聞かれ、背中を椅子の背にぶつけるほどに引きながらも、何とか頷いた。 ほら!と手を出され、思わず携帯を差し出してしまう。 元々メモリーは少ない。冬樹は手早く操作をして、メールを打ち込んでいく。 「な、なんて書いたの?」 ぴぴっとメールを送信を終了した音がして、北斗は怖々尋ねた。 「これ」 冬樹は送信済みのファイルから、今送ったばかりのメールの本文を表示して、北斗の目の前に突き出した。 あまりに近くに差し出されたため、中々焦点が合わない。何とか苦労して内容を読み上げる。 「『彼女と仲直りした? ちゃんと彼女は僕に謝ってくれたよ。君が証拠に撮れって言った、プリクラも撮ったから、ちゃんと仲直りしてね。もう喧嘩しちゃだめだよ。』……って、ええっ? これ、送ったの?」 北斗は携帯を握りしめて、縋るように冬樹を見上げた。 「送ったよ。……どうなるかなー、楽しみ」 言葉どおりに楽しそうに、冬樹は返事が来たら教えてと言って、隣の席に座る。 返事が来るだろうか……。 昨日の幹からの素っ気無いメールを読んでから、北斗はどうしていいのかわからずに、結局何もしなかった。 冬樹がメールを送ってしまったが、それをしてしまうと、今度は返事が来るのかどうかが気になって仕方ない。 返事が来たらどうしようと思うより、来なかったらどうしようと考えてしまう。 返事などないような気さえする。 だって、昨日は怒ってたし。 そして、北斗の心配通り、幹からの返信は来ないまま、授業が始まり、終わり、それを4回繰り返し、補習は終わってしまった。 授業の内容は当然、全然頭に残っていない。 北斗からのメールを見て、幹は全ての謎が解けたような気持ちになった。 どうして北斗が彼女とプリクラを撮るようなことになったのか。 こうして落ち着いて考えてみれば、彼女の言うように二人が付き合うなど、あるわけないのだ。 けれど昨日はそれだけで頭がいっぱいで、北斗からのメールにも拗ねたような返事をしてしまった。 今日になって、せっかく会える時間を拗ねてキャンセルしてしまったことを激しく後悔したが、すぐに謝るには、やっぱり彼女のことがネックになってしまってできなかった。 自分はそうは思わないが、他の男子は彼女のことを可愛いと言う。あからさまに他の女子とは態度を変える男子もいて、彼女もそれを当たり前のような顔をしている。 幹はそれがとても嫌な感じだと思っていた。 幹はもっとおっとりした、どちらかというと、「大丈夫?」と声をかけたくなるような女の子が好きだった。 どうも、家にいる唯一の女性をタイプと感じている自分が、マザコンのようで恥ずかしくて、それを口に出しては言わないが。 小学生くらいだと、得てして女子生徒の方が早熟で、今時のはきはきしたタイプが多く、女性らしくておっとりした女の子は少ない。 そこへ現れたのが、北斗だった。 出会い方からして変わっていた。文字通り、守ってしまった。 年は上だし、男だし。 なのに北斗はどこか幹を頼るように見つめてくる。それが嫌じゃない。 北斗のことが気になって仕方ない。 彼が他の人を気にするのが気に入らない。 そう自覚し始めたところへ、このメールである。 このメールは北斗らしくない。そう感じ始めると、いったい誰が北斗にこのメールを打たせたのだろうと、もやもやとしてしまう。 多分、学校にいる誰か。 学校の授業が始まるまでの時間に、打たれたメール。 北斗が今までのことを相談する相手がいる。 そう思うだけで胸が熱く痛いように気持ちになる。 居ても立ってもいられず、幹は家を出た。 午前だけの時間割りだと、確か北斗は言っていた。だから、午後からなら勉強会が出来るよと言ったのだ。 午前の授業がいつ頃終わるのかは、どこも一緒だろう。 そう判断して、幹は北斗の学校の校門近くで待っていた。 涼しいクーラーの効いた部屋から飛び出して、真夏の太陽の下で立つのは苦行に近い。 日陰を探したが、幹線道路に面している学校は、大きな木は校門の中にあり、ひさしのある家も少ない。 首筋もジリジリと焼けるような感覚の中で、汗が噴出して気持ち悪くなるのを我慢していると、ようやくチャイムが鳴り、しばらくして生徒がバラバラと出てき始めた。 その中に北斗の姿を探す。 同じ白のカッターシャツとネクタイ。北斗を見分けるのは難しいだろうかと心配になり始めたところへ、俯き加減で一人で歩いてくる姿を見つけた。 彼が一人でいることが、何故か嬉しかった。ほっとする。 北斗は校門で一度校舎を振り返るように立ち止まり、それからポケットに手を入れて携帯電話を取り出し、画面を眺めてため息をついた。 もしかして自分からの返事を待ってくれているのだろうか。幹は微かに期待する。 携帯をポケットに入れて、北斗は駅に向かって歩き始めた。 幹は小走りに駆け寄って、北斗の背中を叩いた。 北斗は飛び上がるほどに驚いて、慌てて振り返った。 その視線が下へと移って、幹の姿を見つけ、目が見開かれる。 嬉しそうな、でも不安そうな瞳。 「幹君……」 優しい響きに幹は決まり悪そうに、ごめんと呟いた。 |