XXX 21 XXX XXX XXX XXX 光の軌跡 矢の光跡 矢は飛ぶ ただ高い空を目指して XXX XXX XXX 警察の捜査は、目撃証言が多いわりに、ほとんど進んではいないようだった。 目撃者たちの証言は騒ぎを聞きつけてやってきた野次馬も混じり、逃走方向、犯人の服装などはバラバラな有様だった。 唯一の確かな証人は御子柴大介だけとなるのだが、彼もモンタージュを作成した以上には証言できることは少なかった。 「俺はとにかく、荒谷さんが倒れてきたので、それを支えるので精一杯でしたから」 事件発生直後は、被害者と言い争っていたという証言もあって、容疑者扱いだったが、被害者自身が彼は無関係と断言したのと、後ろから刺されていることは明白だったので、すぐに容疑者から外された。 そうなると、他に容疑者はなく、捜査員たちは無差別殺人未遂なのかと色めきたったが、それも納得できかねるようになっていた。 犯人が女性であり、他にも人はいっぱいいたのに、若くて自分より大きな男性を狙っていた。通り魔に見せかけて、被害者本人を狙っていたとしか思えなくなっていた。 捜査員たちが調べていくにしたがい、保の生い立ちや貴島家との確執が浮き彫りにされてきた。 貴島家の血縁を承認しろと訴えている保と、それをはねつけている貴島家の面々。当主の健康不安が噂される中、いまさら総領息子が帰還することは、他の親族にとっては戦々恐々の事態なのではないか。 けれどこれも被害者自身が否定した。 「私は確かに親子関係を認めて欲しいと、現在も交渉中ですが、遺産狙いなどではなく、相続もするつもりはありません。ただ、父の子供であることを認知して欲しい。その気持ちだけです」 すぐには信じられないことではあるが、それを否定するだけの材料もなかった。 貴島家の中で容疑者として該当する若い女性といえば塚田愛だけだ。大介は似ていると言ったが、彼女にはアリバイがあった。 被害者本人が捜査されることに消極的で、続けて同一犯と思われる事件も起こらず、他にもっと凶悪な事件を抱える警察官たちは、少しずつこの事件から遠ざかっていった。 「あいつが犯人なんじゃないのかよ」 保の退院も近くなった頃、大介が病院を訪れて、保にどうしてもっと積極的に警察に協力しないのかと詰った。 「あんた、前にも狙われたんだろう。もっと自覚しろよ」 退院してから正式に貴島家と話し合いをしようと決意した保は、大介が心配してくれる気持ちは嬉しかったが、曖昧に受け流すしかなかった。 「もう迷惑をかけないように、色んなことを整理するつもりだから」 大介が見たのは愛なのだろう。それほどまでに憎まれていることはショックだが、身内と思うから苦しいのだ。元から他人だった。そう思えば、他人になりきれば解決する。保はそう思っていた。 「危険なことはやめろよ」 低い声で悔しそうに言われ、保は何故か笑ってしまった。 「そんなに心配してもらえるなんて、意外だな」 美也と友人なだけの彼。彼が忠告するのなら、美也にもうあいつと関わるなと言う方が正しいと思えるのに。 ぐっとつまった大介は、勝手にしろと背を向けた。 「大介君?」 ちょうどそこへ美也がやってきた。会社を定時に出てこれたのだろう。 会社でも保が刺されたことで、捜査員が事情聴取にやってきたのだと聞いた。仕事上のトラブルや、人間関係について主に調査をしていったようだが、有力な情報は何もなく、引き上げて行ったらしい。 田崎との美也を廻る言い争いが表面に出るのではないかと気を揉んだが、他に知る社員がいなかったせいか、彼女に疑いがかかることはなかった。 「帰る」 美也の肩を一つ叩いて、大介は病室を出て行った。 「何か怒ってました?」 美也が不思議そうに保を見た。薄い色彩の瞳が、保をじっと見つめる。 こうして当たり前に美也が見舞いに来てくれて、自分を見てくれることが幸せだと感じる。 「いや、あまりにも心配してくれるから、意外だと言ったら」 苦笑で答えるしかない。美也も苦笑し、大介の出て行ったドアを振り返った。 「後でフォローしておきます」 「いや……」 美也の気遣いに、保は少しばかり面白くないものを感じて、つい否定してしまった。 「保さん?」 けれど名前で呼ばれて、すぐに胸のもやもやが晴れた。 そんな単純な自分に笑ってしまう。 「これは、やきもちかな?」 茶化したように誤魔化すと、美也はきょとんとしてから、くすっと笑った。 美也はよく笑ってくれるようになったと思う。 この事件で入院し、どさくさにまぎれての告白で想いを受け入れてもらったときは、無理をしているのではないかと不安だったが、毎日見舞いに来てくれる美也は笑顔をよく見せてくれる。 母親が離れた病院に入院していて、他に頼れる身内のいない保の世話をしてくれる。 付き合い始めたばかりの彼に、検査の付き添いから病院の手続きなど、大変な思いばかりさせてしまって申し訳なかったが、本人はそれができるのが嬉しいと言ってくれる。 傷自体は浅く、入院は十日ばかりで済むらしい。 すぐに職場に復帰するつもりだったが、退院を翌日に控えた夜、貴島家の弁護士がやってきた。 手には見舞いを携えていたが、本家からは誰一人顔を見せることもないその扱いは、非常に憤るものがあったが、弁護士との会見は保も望むところだった。 夜で人気のない病棟ロビーで向かい合わせに座った。 美也が心配そうに見ていたが、病室で待ってもらうことにした。 「出社はもうしばらく控えていて欲しいと、貴島正次氏の要望をお伝えに参りました。しかるべき部署を用意するので、自宅待機でお願いいたします。なにぶん客商売ですので、課長の醜聞は営業に差し支えるとの判断です。そうしていただけるなら、今回の入院費用と、その間の給与を保証するとのことです」 保は溜め息一つでそれを了承した。拒否すれば解雇されるだろう。 「わかりました。その代わりと申し上げてはなんですが、一度、貴方とお話をしたい」 まだ若い弁護士は、貴島家が顧問契約している弁護士事務所の所属弁護士だろう。宗田淳一という名刺をもらっている。 「僕と、ですか?」 これはもう一つの賭けだった。 相手は貴島家の弁護士であるが、主任弁護士ではなく、小用に出される若手で、自分に近い年齢。誠実そうに見える外見と話し方で、彼に託してみようと感じた。他に知っている弁護士などいないし、別に雇えるだけの財力もない。 「はい。私と貴島家との橋渡しをお願いしたいのです。貴方に迷惑をかけません。何しろ、私は今回の貴島家との認知問題について、ある一定の条件で取り下げようと思っているのですから」 宗田は酷く驚いているようだった。それはそうだろう、事務所にとっても頭の痛い問題であった荒谷家が騒動から下りようというのだから。 「一度帰って所長と相談します」 「それは待ってください」 保が強く引きとめて、宗田はますます警戒しているようだ。 「一度でいいんです。私と、二人で話をさせてください。いや、私の相談に乗っていただきたい。貴方個人として。貴島にとっても、そちらの事務所にとっても悪い話じゃないと思います。私はスムーズに話を進めたいだけです。私の味方でなくていい、私の話を真実として相手に伝えてくれる証人が欲しいのです。その話をまず、貴方に聞いて欲しい」 必死だった。とにかく、貴島家と関わりを切りたい。 ただの荒谷保として、堂々と自分の人生を歩きたい。みどりの説得は骨が折れるだろうが、やり遂げてみせると、この入院中に決めた。 長い時間を宗田は黙り込んでから、一つ納得したように頷いた。 「荒谷さんと、お友達として、まず話をうかがうということでよろしいですか?」 「ありがとうございます」 保は嬉しくなって頭を下げた。 「友人と話をするくらいで頭を下げちゃいけませんよ」 宗田は笑って言い、保はそれでも何度も礼を言った。 「本当にいいんですか?」 病室に戻った途端、美也が聞いてきた。 「すみません。立ち聞きしてました」 悪びれずに言われて、保は苦笑した。 「いいんだ。何もいらない。私は一人の力で自分の幸せを手に入れたい。君といつも笑顔で話したいから」 美也は眩しそうに保を見て、とても嬉しそうに笑った。 「貴方らしいな」 その笑顔に胸がドキンと鳴る。そして鳴動するようにこめかみの奥がズキンと痛みを訴えた。 |