For You 21
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「君か・・・」 抑揚の無い声が、一瞥と共に近衛の口から放たれた。 勝也は一瞬その威圧感に気圧されたが、その重圧を真正面から受け止める。今の京の姿を見れば尚の事引く訳には行かなかった。 「こんにちは、おじさん」 「・・・いくら来てもらっても意味はない。もうすぐ息子は君らの前から居なくなる」 「え・・・?それ・・・って・・・」 「日本から出す」 「おじさんっ!?」 思いもかけない言葉に勝也は疑問の声を上げる。 「仲良くしてくれた君には悪いが、京の事は忘れて欲しい。あの男・・・君のお兄さんにもそう伝えてくれ」 「あなた!」 沙耶が止めてくれ、と悲鳴を上げた。こんな話を京に聞かせたくないのだろう。夫の腕を取り無理にでも病室を出ようとする。 だが京本人は、まるで何も聞えていないのか、ピアスを硬く握った右手をを見つめ、出来の良い人形のように、ただ黙ってベットに座っていた。その様子を見て、沙耶はまた堪えきれない涙を潤ませる。 「京・・・」 勝也がたまらず京へ呼びかけた時、突然周囲を切り裂くようなブレーキ音が響いた。続き、想像を凌駕する衝撃音が響き渡る。それは周囲を震撼させるほど巨大な破壊音。 京の身体が大きく震えた。 爆音が尾を引きながら消えて行く中、入れ替わりに恐ろしいほど静まり返る外の空気。そこに誰かの悲鳴が混ざり始める。 京は何かから守るようにピアスを握った右手を胸元に抱き込み、浅く苦し気な息を吐いている。 (近い) 嫌な予感に強張り付く足を叱咤し、勝也は窓辺へと駆け寄った。 音がした方角へと視線を向ける。遠くから近くへ。 一瞬、目を疑った。 絶対に見たくなかった見覚えのある銀色の車体。チューンナップを主体とした独特なドレスアップのその車を、他人の物だと思えればどれだけ良かっただろう。 「嘘・・・」 思わず零れた声は、信じられないほど掠れた。 背後で息を呑む気配がする。反射的に振り向くと、勝也の顔を見たまま真っ青に硬直した京の顔があった。 その白い顔がぎこちなく首を傾げ、黒い瞳が否定して欲しいと訴えかける。 勝也は、その縋るような視線をまともに食らい、たじろぎながらも咄嗟に嘘を付いた。 「誰だろう・・・怪我が無ければ良いけど」 なるべく抑揚の無い口調を作ったつもりだった。だが、上手く隠せたかはまったく自信が無い。恐らく勝也の声は震えていたはずだ。 京が小さく首を振る。 「ゃ・・・」 「待て! 駄目だ! ベットにいろ!」 必死で窓辺へ行こうとする細い身体を押し留め、勝也達は京をなんとか押し留めようとする。今、なんとしてもあの車の惨状を京に見せる訳にはいかない。 勝也は京の手首を掴み、肩を押え込み、そこで始めて京の薄く折れそうな身体を手応えで知る。同時にここまで追いつめられた京の心を。 「頼むから!」 勝也の懇願が病室に響いたと同時にドアからノックの音が聞えた。 返事を待たずに開いたドアの向こうに立っていたのは的場で、上手く隠されてはいたが、普段の彼からは想像も出来ないほど、ひどく狼狽した空気が伝わった。 「勝也。ちょっといいか?」 的場の表情を見て、勝也の中の最悪の予想が、焦りと共に濃く広がる。 「京!」 手が緩んだ隙を突かれた。 沙耶が叫んで追い縋った時には、既に京の身体は窓辺に駆け寄り、そしておそらく、視界に銀色のセリカを見つけただろう。見る間に瞳に驚愕の色が濃く浮かぶ。声にならない悲鳴と慟哭。窓ガラスも病室の高さも解らなくなっているのかもしれない。京は今居る場所から必死でその事故の場所へと行こうとする。その身体のどこに、そんな力が残されていたのかと驚くほどの狂乱。 「京!」 「・・・!」 「ここに居なさい!」 「NO!」 父親の強い制止も、京には届かない。 なんとか押え込んだ細い身体がベットへと戻され、的場がナースに安定剤を持ってくるよう指示をする。 だが、どこをどうやって抜けることが出来たのか、振り切るように細い身体がドアへとまろび出た。 「待ちなさい!京!」 「Pardon…father. Give me leave to go.」 引き止める声を、腕を、背後へと振り切りながら、京は裸足で駆けだした。 |
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********** 暗い……。 漆黒の冷たい闇の中、一人で立っていた。 前後も、左右もわからない場所。 上も下もないような不安定な所。 一人きりで、何も見えない、聞こえない。 暗い……。 寂しい……。 何も見えない。 仕方なく、歩き始める。 行く宛てもあるはずがなく、だが、とりあえず足が出た方向に進む。 ふと、何かが聞こえたような気がして立ち止まる。 それはすぐに立ち消えて。 再び歩き出そうとすると、また聞こえてくる。 拓也は振り返った。 『京?』 京が泣いていると思った。 あれは京の泣く、寂しい声。 『京』 戻らなければ。戻らなければ。 闇の中をもがくように走り出す。 間に合わなければ、京をなくしてしまう。 早く……、 …………戻らなければ……。 ********** 暗い……。 熱い……。 ゆっくりと覚醒していく意識が最初に捕らえたのは、痛みよりも熱さだった。 何か大切な物を忘れているような気がして、いかなければと思い、足を踏み出そうとして唐突に感じる痛さ。 「ぐぅ……」 襲ってくるのは吐き気で、自分の声が聞こえたと思った途端、ざわめきが戻ってきた。 バタバタと人の走る気配。かちゃかちゃと響く金属音。短くリズムを刻む電子音。 「三池さん! 三池さん!」 耳元でうわぁんと反響する声に呼ばれて、拓也は眉を顰める。 「三池さん!」 ぱしぱしと音がして、音がすると思った途端、手の平に軽い痛みを感じた。どうやら誰かが自分を起こそうとして、叩いているのだとわかる。 「三池さん!」 「……んん」 搾り出すようにうめいたけれど、声にはならなかったらしい。だがそれで、意識があるのはわかってもらえたらしい。 「三池さん、わかりますか」 軋むような痛みの中、かなりの努力を要してまぶたを持ち上げる。 「三池さん」 「はい」 驚くほど声は掠れていた。 「先生!」 目の中に眩しい光が差し込んで来て、目を眇めるがそれは許されなかった。 光が消えると、また頭上に眩しい光が見えた。ゆっくり首を巡らすと、何本もの管やコードが自分の身体に伸びているのがわかる。 「ここがどこだかわかりますか?」 見覚えのある医師に問われて、拓也ははいと返事をした。その声もほとんどは掠れて、声にはならなかった。 「どこが痛みますか?」 「右足と……、左肩……。胸……」 「頭痛はしませんか? 吐き気は?」 「しません……」 掠れながらも、ようやく声が出てくる。 「何があったか覚えていますか?」 そう聞かれて、ようやく拓也は霞のかかったような記憶を辿る。 「車が……、人が飛び出して……、木に……」 「もう大丈夫ですよ」 力強く言われて、拓也はほうと息を吐く。 ギシギシと痛む身体は、まるで悲鳴を上げているようだったが、奇跡的に、損傷は見られなかった。 正面やや左から街路樹に衝突し、その衝撃でエアバッグが開き、運転手を守った。左側からぶつかったのも拓也を守る結果になった。酷い事故なら足を車体に挟まれることになるが、それも免れた。 急ブレーキによるシートベルトのロックで右肩に火傷のような擦傷ができたことと、右足の捻挫と打撲。他にも無数に傷や打ち身はあったが、それはすぐにも消えるような小さなものだった。 エアバッグによる圧迫で、痛みはあったが、幸い骨折も見当たらず、内臓にも初見では異常は見られなかった。 頭部CTとレントゲンだけは救急で済ませてあったが、その他の検査はとりあえず入院しながらということを説明された。 「家には……」 「ああ、的場先生が連絡すると言ってたから、そろそろ着く頃じゃないかな。君、無事なことをまず知らせてきてあげて」 医者が脇にいた看護婦に告げると彼女ははいと返事をして、カーテンの向こうへと消えた。 「……情けないな」 これは、そう、自分が招いた結果なのだう。あの男の狂気を自分は甘く見ていた。どうせ口先ばかりで何も出来ない男だと思っていた。まさに死に物狂いになった宮脇は、拓也を道連れにせんばかりの思いをぶつけてきた。 自分の傍に京だけがいればいい。そのエゴの塊に対する、報いなのかもしれない。 だが、こうなってもまだ、欲しいのはあの真っ直ぐな黒い瞳を持つ、優しく美しい少年なのだ。 周りのことばかりを考え、拓也の前からも姿を消そうとしている少年と、叶わぬならいっそ道連れにしようとする男との、これだけの違いはどうか。 そして自分は……。 「君、かなり車を大切にしていただろう」 情けないと言った拓也の言葉を医者は別の意味にとったらしい。事故を起こしたことへの悔やみだと思ったのかも知れない。 「はい」 車を買ったのは、免許をとってすぐで、その時は正也と二人で共同で買い求めた。二人で相談しながら、チューンナップし、走り込んできた。 「車が君を守ってくれたんだよ。こういう仕事をしているとね、そう感じることがある。車を大切にしている人は、いざというとき、奇跡を起こす」 「ありがとうございます」 そうなのかもしれないと思った。もう、あの車は、修理しても直らないだろうが……。 「1週間ほどの入院で……」 医者が言いかけたとき、「待ってください!」という看護婦の悲鳴に似た言葉と、怒声の混じった騒ぎが聞こえた。 |
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********** 何かに躓いたような衝撃で京の身体がよろけた。 この場所まで駆けてきた時点で、既に体力の限界を訴えていた身体は酷い耳鳴りを引き起こし、立ち直ろうとする必死のバランスを無慈悲にも打ち崩す。 「なんでお前が・・・っ!お前がぁっ!」 立て直そうと足掻く京を押し潰すように、誰かの怒鳴り声が耳鳴りと窒息しそうな息の合間に響いていた。 「・・・」 何かを言おうと京が口を開いた瞬間、腹部に強い力が加わり、細い身体は堪えきれずに冷たい廊下に完全に崩れた。 廊下に響き渡る悲鳴。同時に誰かが叫んでいる声がしているようだったが、京にはあまりよく聞き取れなくなっていた。 ただ、自分に危害を加えようとする男を視界に入れる時間も惜しく、京は気持ちが求めるまま必死で立ち上がろうとする。 その時京は自分が何かを握り締めている事に気付いた。 ―――ピアス。 何故今これを自分が持っているのか不思議だった。松岡にとり上げられた筈の物だったはずなのに。 所々飛んだ穴だらけの記憶を辿る程、京に得も言えぬ焦燥感が襲う。京はピアスを握り締め、思わず祈るように額に当てた。 「おい!」 肩を掴まれ、再びそのまま無造作に突き飛ばされる。勢い余って壁にぶつかった肩を庇いながら、京が顔を上げると、あの時、病室に来た男の顔が目の前にあった。 額に擦りむいた傷が見えたが、特に『病院』という場所に用件があるようには見えず、一体この男が何故ここに居るのか京には理解できない。じっとその充血した目を見詰めると、その顔が憎々し気に歪んだ。 「失せろっ!拓也は俺の物だっていってんだろう!」 「…meaningless」 「あっちにいけよ!拓也の傍には俺が居るんだ!俺が・・・!俺が!!!」 目の前の男が拓也の傍にいたいと叫んでいる。 京は混乱する頭で必死に筋道を立てようとするが、今あるこの状況上手く纏めることが出来ない。酷く焦る気持ちだけが上滑り、拓也の元へ行かなければならないという気持ちだけが、そこには強く存在していた。 目の前の男の言葉など、関係ないと思えるほどに。 「None of your business.」 「うるさい!訳のわかんねぇ事いってんじゃねぇよっ!」 ガツンと大きな衝撃が京の頬に響いた。―――あの病室の時と同じように。 霧散していた京の記憶が急速に繋がり始める。 「a・・・ぁ・・・・ゃ・・・・っ」 怒涛のように押し寄せる記憶の波に、京の精神が悲鳴を上げた。彼方へ攫われそうになる心をその場に留めたのは、皮肉にもあの事故のトラウマと、目に焼き付いた拓也の車の惨状だった。 「・・・たく・・・やさ・・・」 「その名前を呼ぶな!」 「やめなさいっ!」 廊下に響いたのは誰の声だったのか。 ふら付く京の身体を勝也が支え、暴れる男から庇うように立ちふさがる。半狂乱で喚き散す男を取り押さえようとする医者や職員。看護婦の『待ってください!』という悲鳴に近い制止の声を振り切り、京を殴った男がムリヤリに開いた扉の隙間から見えたものは・・・ 「・・・!」 無数の線に繋がれた腕、血の滲んだシャツ。白い包帯。そして・・・青ざめた横顔。 京の唇が戦慄き、両手が口元を覆う。 氷のように固まった身体はその場に立ち竦み、取り押さえられる事に反発する宮脇の動きの煽りを食らいよろめいた。 「京・・・!・・・・っ!」 拓也が思わず身を起そうとし、激痛に唸る。 辛うじて痛みをやり過ごし目を開けると、白い指先が視界に入った。 その行き先を目で追うと、少し冷えた指が頬に触れてくる。 微かに震えて恐々と。 「京・・・?」 名を呼ぶまでもなく、何よりも愛しいその存在が抱き込めるほど傍にいた。 「たく・・・や」 真っ直ぐに拓也を見つめる黒い瞳は、紛れもなく京のもの。 そっと薄い背中に腕を廻そうとした拓也よりも僅かに早く、京の腕が拓也の首に廻った。 「は、離れろ!」 宮脇の声が響き渡る。 「い・・・や・・・だ」 「うるさい!うるさいっ!!俺が・・・俺が!」 癇癪を起したように宮脇の拳が振り上げられる。 「宮脇・・・!」 「やめなさい!」 振り上げた宮脇の腕をそのまま強く掴み、的場が強く叱咤する。 「うるさいのは君だ。ここがどこだかわからんのか。静かにしてくれ」 的場や他の職員らに押さえつけられながらも、宮脇は忌々し気にあたり構わず悪態を吐く。 「警察を呼んでいるから、君からも事情を説明して。ところで第三の目撃者から、君が車の前に故意に飛び出したという証言をもらっているんだけど?それに、当院の患者に暴行を加えている現行も周知の事実なんだがね」 「あぁ!そうさ!それの何が悪い!拓也は俺の物だ。俺だけのものだ!そんな青白い病気持ちなんかさっさと死んじまえよっ!拓也の廻りをうろちょろすんじゃねぇ!」 その言葉を浴びせ掛けられ、京は一度瞳を閉じたが、ゆっくりと瞼を開き宮脇を正面から見据えた。 「・・・それは貴方が決めることじゃない」 「馬鹿野郎!テメェなんか!離れろ!この野郎!」 暴れる宮脇を見ながら、京は小さく、だがハッキリと京は言った。 「離れない」 自分がいるべき場所は拓也の所以外ない。自分が欲しいのは拓也だけなのだ。拓也の傍にいたい。それ以外の希望は無い。だから、彼の手を離そうと決めた時、何も選べなかったのだ。未来も何も。全て。 それだけが解れば充分だった。 |
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「いい加減にしろよ、宮脇」 拓也は医者に制止されるのもかまわず、わずかに上体を起こし、震える京を胸に抱き込んで、その整った表情に嫌悪もあらわに、狂気に支配された男を見据えた。 「そいつがいいっていうのか、そいつが」 「この子に何かしたら、許さないって言っただろ」 「俺も言ったよな。お前が手に入らないなら、何もいらないって」 悲しみと、怒りと、絶望と。それらに歪んだ顔で泣きながら、宮脇は身体の力を抜いた。 「死ぬなら勝手に死ねばいい。あいにく僕はお前に付き合うつもりなど欠片もない」 ひっ、ひっと喉を震わせてなく大男に、みんながあっけに取られた一瞬だった。 「ちくしょー!」 宮脇は近くにあった銀色の塊を手に取った。 拓也は自分の身体が思うように動いてくれないことはもうわかっていたので、咄嗟に全身で抱き込んだ京に覆い被さった。 「きゃー!」 「よせっ!」 「やめろっ!」 重なり合う怒声。 だが、襲い来るはずの衝撃は訪れなかった。 「離せっ! 離せーっ!」 拓也が顔を上げると、宮脇は床に顔を押し付けられていた。ぎりっと絞り上げられた腕は、悲鳴と同時に響いた鈍い音から察するに、どうやら折れているらしい。 拓也は宮脇を押さえている正也を見て、ほっと溜め息をついた。 「なんだ、元気じゃない。輸血要員で呼ばれたんだけど、必要なかったね」 笑う正也の顔はその口調とは裏腹に蒼白だった。 「サンキュー」 「センセー、早くしてよ。こいつの骨折っちゃったよ。でも、この病院に入院させたりしないでよ。拓也が可哀想だもん」 的場は苦笑しながら、かけつけてきた警官に宮脇を引き渡した。 「宮脇……」 連れられて行く宮脇の背中に拓也は声をかけた。 ふと、宮脇の足が止まる。 「悪かったな。僕のことは、忘れて欲しい。どんなことをされても、もうお前のことは、なんとも思えない」 宮脇は顎を上げ、流れる涙もそのままに、震える喉を鳴らした。 「それは、今日の事も忘れるっていうことか?」 「ああ……」 「だから……、だから俺は……。いや、もういい……。もういいよ」 宮脇はふらつく足で、救急処置室を出て行った。 「京……」 周囲がほっと安堵の溜め息をつく中で、拓也は胸に飛び込んできた愛しい人の名前を呼んだ。 もっとちゃんと顔を見せて欲しい。 もう一度名前を呼んで欲しい。 衆人監視の中で、拓也は甘く囁くように京の名前を呼んだ。 「京」 だが京は、自分が拓也を抱きしめている気持ちになっていた。 この腕の温もりを手放したりしたら、また失ってしまう。その恐怖だけに縛られていた。 何度も乗せてもらった銀色の車体の押し潰された姿を見たとき、京の身体は恐怖に震えた。 拓也が……、拓也が……。 もう会えないなんて、そんなことは嫌だ。 その気持ちだけに京の身体も意識も支配された。 「まだ検査があるんじゃないのかな?」 的場が二人の姿を見ながら、担当の医師に問う。苦笑と言うよりは、何故だか的場も嬉しくなるような光景だったのだ。 「急を要するものは終わりました。あとはテーピングと点滴と。それくらいです。彼は、その……、警察の事情徴収があるのではないですか?」 「ああ、そりゃドクターストップかけとくわ。とりあえず、そうだな。病室に移ってもらおうか。一人もんには目の毒だしな。あの大きな荷物があるんじゃ、個室に入れるしかないな。荷物の方も点滴したいしなぁ。拓也、ベッドの差額は兄ちゃんに請求しとくな」 しがみつく京をそのままに、拓也は起き上がった衝撃で外れた点滴を直してもらい、傷口を処置してもらった。 「僕が個室料金を払うのか?」 かけつけてきた母親と洋也は、拓也の顔を見て安心し、拓也は母親に謝った。 「ごめん、母さん。心配かけて」 母親は薄っすらと涙を溜め、それでも気丈に微笑んだ。 「正也が絶対大丈夫だって言ったから、大丈夫だとは思ったんだけどね」 洋也が労わるように母親を処置室から連れ出すのと入れ替わりに、京の両親が入ってきた。 |
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