時にはファンタジーのように
















「勇者様だ!」
 感激した歓喜の声に、秋良は驚いて立ち止まった。
 前に立つ陽の肩越しに声の主を見ると、マスターがカウンターから身を乗り出すようにして、こちらを見ていた。
 カウンターに座っていた別所は、こちらを驚いてみていたが、入ってきた客の中に洋也を見つけると、とても嫌そうに顔を歪めた。
「すごい、勇者様だよ。エルフもいる。傭兵と、賢者と、魔道士で、完璧なパーティーだ!」
 マスターの説明に、秋良はようやく自分たちの服装の意味がわかった。
 勝也は勇者で、陽はエルフというらしい。
「エルフって何?」
 うしろに立つ洋也に聞いてみる。
 自分の役割が気になるのか、陽も振り返って聞く体勢だ。
「妖精のことだよ。弓矢で攻撃もするけれど、魔法が得意かな」
「へーーー」
 秋良に納得したように見つめられ、陽は自分の姿が恥ずかしくなる。
「よ、妖精って……。お前、俺のこと、剣士って言ったじゃないかっ」
 ある程度説明は受けていたものの、細かい打ち合わせはしていなかったらしい。勝也にしてみれば、自分の役割を知れば、抵抗されると思ったから、黙っていただけのことではあるが。
「妖精なら、ほら、月乃とか、双子のお兄さんのほうが似合うだろう!」
「まさか。京なら少年陰陽師っていう感じだし、双子はバリバリ魔法使いじゃん。しかもあれらは絶対敵キャラ」
 勝也の言い訳に、鳥羽は笑いを堪えて、肩を震わせている。
「冬芽にさせるんだった」
「あれは王子様だよね。春は側近かボディガード」
 鳥羽はますます可笑しくなって、背中を向けて笑っている。
 洋也は早くも疲れを感じてきて、四人を席に押し込んでいく。
 これでディナーまでたかられるのだから、わりに合わないのは勝也ではなく、こっちだとぼやきたくなる。
「すごいですね。皆さん、お友達ですか?」
 興奮を隠せずに、マスターは水を運んできて、五人を眺める。
「マスターがまだ勇者のイメージの人はいないって言ってたから、連れてきたんだ。俺たちの勇者様を」
 鳥羽がわざとらしく言いながら、ちらりと別所を見た。
 あきらかに挑発している。
 止めろよと、秋良が鳥羽の袖を引っ張るが、素知らぬふりでマスターと話を続けている。
「ぴったりですよね。大学生ですか?」
「いや、まだ高校生」
「最近の高校生は発育がいいんですねー」
 鳥羽が答え、マスターは感心して勇者様を見ている。
 少しばかり陽の機嫌が悪くなっていってるような気がするのは、気のせいだろうか。
「なかなか勇者のイメージの人って、いないんですよね。鳥羽さんがもう少し若ければ勇者のイメージに近かったと思うんですけど」
 今度は別所のこめかみがぴくぴくと震えている。
「でも、勇者って、最初から勇者なわけじゃないんだろう?」
 え? と、全員の目が、その疑問を出した秋良に向いた。
「えぇっと、生徒たちがさ、みんな勇者に憧れるんだけど、ゲームの中の勇者だって、最初はごく普通の少年じゃないか。何か不幸な事件があったりして、伝説の剣を探したり、父親の仇とか、大切なものを守るために、敵を滅ぼす旅に出て、仲間を集めていって、目的を達成するんだろう? だから誰でも勇者になれるんじゃないかなー。……って、生徒たちにも言ってるんだけど」
 ふっと洋也が笑う。勝也と陽が顔を見合わせて、陽は納得したように頷く。
 鳥羽も明るく笑って、別所を見た。
 別所ははっとしたように秋良を見つめている。
「そう……か。そうですよね……」
 マスターは気の抜けたように呟いた。
「だから僕は勇者様を見つけられなかったんだ」
 水を運んできたトレイを胸に抱いて、納得しながら頷いている。
「案外さ、勇者って身近にいるんじゃないの? だから気がつかないのかもよ」
「身近に……ですか?」
 首をかしげながら、鳥羽に聞き返す。
「そうそう。困ったときに頼っているうちに、その人が勇者様に見えたりするんじゃないの?」
 鳥羽の指摘に、マスターはゆっくりと視線を別所に移す。
 別所はその視線を受け止めて、慌てて身体の向きを変えた。
「純情すぎる勇者も可愛いじゃん」
 勝也がぼそっと呟くと、何故かマスターが赤くなった。


 全員で楽しく騒ぎながらモーニングを食べている間、なんとマスターと別所は視線を合わせることすらできずに、ぎこちなく向かい合っていた。
「駄目だろ、ありゃ」
 鳥羽も呆れ気味だ。
「まぁさ、すぐにはうまくいかないもんだよ」
「何を高校生が偉そうに」
 鳥羽にかかれば勝也はいつまでたっても悪ガキのままだ。
 ご馳走様でしたと、ここは鳥羽が騒動の原因だからと、会計を押しつけられる。
 ぶつぶつと言いながらも、支払いを済ませた鳥羽は、秋良に持たせていたカバンの中から色紙を取り出した。
「別所さん、サインお願いしますよ。そうだなー、あのゲームの名前入れてもらえたら嬉しいな」
 鳥羽は別所が手がけた最近のゲームの名前を出す。
「え……」
 別所は驚いて色紙と鳥羽を見比べている。
「俺はかなりのゲームオタクなんですよ。こんなチャンス、見逃しませんよ」
「別所さんて……あの別所さん、なの?」
 マスターは本当に気づいてなかったようで、唖然として別所を見つめている。拭いていたコーヒーカップを手元から落としそうだ。
 急いでサインを書いて、鳥羽に押し付けるように渡す。
「じゃ、別所先生も勇者になってくださいね」
 思わせぶりに囁いて、鳥羽はみんなを外に押し出した。
「一件落着?」
 秋良が心配そうに尋ねると、鳥羽がおかしそうに笑う。
「どこかの天然さんのおかげで、思ってたよりスムーズに進んだぜ」
 鳥羽が天然さんというのは自分のことだとわかっているのだが、自分のどこがうまくいった原因なのかは、まだよく分かっていない。
「ま、あとでダーリンに説明してもらえ」
 誰がダーリンだよと抗議をしようとしたところで、店から別所が出てきた。
「あの……、ありがとう。君のおかげで、勇気を出そうと思えた」
 別所にお礼を言われて、秋良は困ってしまい、洋也に助けを求めた。
「俺らができるのは、ここまでだからさ。頑張ってよ。俺だって、邪魔しようとしたんじゃないんだから。だから、もう秋良に絡むなよ」
 鳥羽が励ますように別所の肩を叩くと、本人はハイと頷きかけて、首を傾げた。
「アキラ? ……アキラ……。アキラって、どんな字を書くんですか?」
 何度も名前を呼ばれて、秋良は嫌そうな顔をする。
「季節の秋に、良いっていう字ですけど……」
「秋良……」
 ライバルのゲームのコードを読み取って、どの字のアキラが最強なのかを知っていた男は、はっとしてライバルを見た。
「ミツヤ、お前……、アキラって……」
「もういいだろう。行くぞ」
 鳥羽と勝也がニヤニヤ笑いながら洋也を見る。
「ちょっ、待てよ!」
 すっかり忘れていた昔の恥ずかしさを思い出さされて、秋良は怒りながら洋也を追いかけた。
 陽は笑い続ける勝也の頭を小突いて、さっさと歩いていく。
 待ってと勝也がそれを追いかける。
「あんたさ、今度、売り上げで仕返しされるよ、絶対」
 励ましなのか脅迫なのかわからない台詞を残して、鳥羽もみんなを追いかけた。





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