時にはファンタジーのように









 この服のままでディナーは嫌だと、全員の意見が一致したために、一度三池邸で解散となり、午後六時に現地集合となった。
 簡単なドレスコードはあるとのことで、秋良は紺色のデザインスーツに細めのピンクのネクタイを、洋也は黒のスタンドカラーのジャケットスーツを着ていて、秋良にやっぱり魔道士みたいだとからかわれた。
 鳥羽は今日は革に拘るらしく、ソフトレザーのジャケットとネクタイ代わりにスカーフを合わせていて、頑張って見ようとしても教師には見えなかった。
 陽は襟にレースを使ったスーツを着てきていて、レースと同じ模様のネクタイは、普段は地味な服装に隠されている彼の美しさを引き立てている。それをエスコートする勝也は、黒の光沢のあるスーツに、ピンタックの薄いグレーのブラウスを合わせ、若さを強調している。
 五人がウェイティングルームで顔を合わせ、予約席につくと、周りの視線が集まってくる。
「やっぱり家で食べるのか落ち着くのに」
 秋良はどうもこういう場所が苦手だ。
 家で洋也の作ってくれた美味しい食事を食べるのが、一番落ち着く。
「たまには洋也さんに、ご苦労様って、手を抜かせてやらなきゃ駄目だぞ」
 お前はどこの亭主を説教しているのだという鳥羽の台詞だが、秋良はいつも洋也に手を焼かせているのは間違いがないので、少しばかり落ち込んだ。
「こんな所にしろと言ったのは勝也だからな」
 もっと落ち着くよい店があるというのにと、洋也が溜め息をつく。
「あっ、俺のせいだって言うつもりかぁ?」
 勝也がふくれると、陽は呆れたように笑った。
 あまり気が合わないようでいて、チームを組めば抜群のコンビネーションの面々は、口では文句を言いながらも、和気藹々と食事を楽しんだ。
「また何かあったら呼んで。こんな美味しいディナーがつくなら、喜んで協力するから」
「ストレートに文句を言いに行けって言ったのは、どこの誰だよ」
「あっ、陽、ばらすなって」
 勝也と陽はレストランの前から揃って帰っていく。
「どこかで飲み直すか?」
「もう、今日はいいや。明日も朝が早いし」
 鳥羽が誘って、秋良は断っている。
「家でどうですか?」
「んー、さすがにそこまでは。じゃ、俺もここで失礼します。今日はありがとうございました」
 鳥羽はもう眠そうな秋良を気遣ってか、あっさりと帰っていった。
 洋也もタクシーを拾い、二人の家へと向かう。
「別所さんって、マスターのこと、好きだったの?」
 家に着くと、ネクタイを解きながら、秋良は不思議に思っていたことを尋ねた。
「そりゃ、家も遠いのに、あれだけ通うくらいだから」
 洋也はくすりと笑いながら、秋良に温めのお茶を入れてやる。
「えっ、家が遠いの?」
 近所だからこそ毎日通い、秋良の姿を探していたとばかり思っていたので、思わず立ち上がって確かめてしまった。
「遠いよ。確か車で1時間くらいかかるんじゃないかな」
「すごーい。それ、マスター知ってるのかな」
「知らないだろうな。あの人は本当にゲームが好きなだけで、それ以上の情報を知ろうとは思わなかったんじゃないか?」
 ソファに並んで座り、洋也が持ってきてくれたコップを受け取り、そっと口をつける。
「情報って?」
「別所はわりと情報誌に顔を出しているんだ。だからゲームプロデューサーだってことは、ゲーム好きで情報誌を読んでいる人なら、名前と顔がすぐに一致していたと思う」
「見ない人も多い?」
「多いね。純粋にゲームを楽しんで、クリアすれば満足だという人は、また次のゲームを買うだけだから」
「そっかー」
 洋也は情報誌には顔を出さないタイプなので、秋良もそういった雑誌はあまり見ない。
 反対に鳥羽はゲームはそこそこに楽しみ、情報誌をくまなく読んでは、その知識量を増やして楽しむといったタイプだ。
「鳥羽は薀蓄系だもんな」
 話が秋良らしく飛んでも、洋也は頷きながら軌道を修正する。
「別所はどこかであの喫茶店の話題を仕入れて、覗きに行ってマスターに一目ぼれしたんじゃないかな」
「優しそうな人だったもんね」
「多分だけれど、それほどゲームが好きな人なら、すぐにも自分に気がついてくれると思っていたのに、相手はなかなか気がついくれず、焦れていたんだと思うよ。常連客はマスターからゲームのジョブを名づけてもらうのに、自分は割り振りがないとなると、正直なところかなり焦っていたんじゃないかな」
「どうして何も役をつけなかったんだろう」
 秋良は首を傾げ、そのまま洋也にもたれる。
「彼はプロデューサーの自分としてのイメージを、自分でも気づかないうちに押し付けていたんじゃないかと思うよ。指揮を執るものは、登場人物にはなりきれないから」
「そうだね」
「マスターの勇者になりたかった。なのに、自分を向いてはもらえない。外見の押しに似合わず純情なプロデューサーが途方に暮れていたところに、僕が行ってしまって、それから鳥羽君が日参してマスターにアプローチをかけるようになって、本当に焦ったんだろうね」
「だったら、告白しろって言ってあげるだけで良かったんじゃないの?」
 秋良はかなり眠そうだ。ワインをいつもより飲んでいたので、酔いも眠気を誘っているのだろう。
「ただ告白しただけじゃ、あのマスターも鈍い人だから、まず断ってしまうだろうね。だから、勇者のイメージの勝也を連れて行って、いよいよ別所に告白しないと、誰かに取られてしまうよという危機感を持たせたかったんだけど」
 秋良の目はもう半分以上閉じていた。
「秋良のあの台詞が、マスター自身でさえ気づいてなかった気持ちを引き出してくれたんだよ。別紙にも勇気を与えたんだ」
「……僕の?」
 眠そうな目が洋也を見上げた。持っていたコップが落ちそうなので、受け取ってテーブルに置いてやる。
「そう。最初から勇者っていう人はいないんだ、勇者になる人は身近にいるかもしれない、って言っただろう?」
「……うん」
「二人がそのことに気づけてよかったね」
 洋也は秋良を抱き上げた。
「うわっ、洋也、危ない」
 驚いて目が覚める。
「寝る前にお風呂に入らないと」
「えっ、自分では入れるよっ」
「駄目。寝てしまいそうで、僕が心配」
 まだ抗議しようとする秋良の唇に、チュッとキスをする。
「あっ、もう〜〜〜〜〜」
「秋良から驚かせてくれるのを、楽しみに待っているのに」
 洋也が優しく微笑んで秋良を見つめる。
 恥ずかしくなって、秋良は洋也に抱きついて顔を隠した。
「そ、そのうちに」
 洋也がくすっと笑うのが腹立たしい秋良だった。
 











「これはゲームには向かないな」
 キーボードを打っていた洋也は仕方ないと、一応は保存をして、画面を終了させた。
 途中から、どうも別所とマスターの純情に引きずられてしまったように感じる。
「勇者は……最初から勇者じゃない……か」
 久しぶりに、もっとも基本中の基本みたいな、お手本みたいなRPGを作るのも楽しいかもしれない。
 洋也はぐんと背伸びをして、新しいプロットを練り始めた。




                  …おわり…………