時にはファンタジーのように
















 洋也は自分が何とかすると言ったけれど、それから特に何かをしているようには思えなかった。
 ただ、秋良が夜に鳥羽に電話をしたら、別所の行動には呆れたようで、もう俺は降りると言った。
「あいつ、へたれだなー。だから毎日通うだけで、何も進展がねーんだ」
「ゲームのこと?」
 秋良が問い返すと、鳥羽はぷっと吹き出して笑い、洋也さんは苦労するねーと、変な感心をされてしまった。
「失礼な奴」
 秋良が怒っていると、洋也は洋也なりに慰めてくれる。
「そこが秋良のいいところなのにね」
「それ……絶対褒めてないよな」
 そういうところだけはわかるので困ってしまう。
「秋良のそういうところが好きなんだけど」
 疑り深い目で見て、秋良が納得しかねていると、ちゅっと頬にキスされる。
「もうー、油断も隙もない」
「そうだね、気をつけないと」
 結局どんなに怒っても、洋也は気にしないようで、秋良は脱力する。
「今度は僕が不意打ちをしてやる」
「楽しみにしてるよ」
 そんな日が来るだろうかという目で洋也に見つめられて、秋良はむむむっと眉を寄せる。
 内心では絶対にやってやると決めたが、なかなかに難しそうである。
「なんか、悔しい」
 秋良が唸ると、洋也は微笑みを深くして、抱きしめてきた。


 何をするということもなく、日曜日を迎えた。
「秋良、起きて。出かけるよ」
「んん……んー、もぅ……」
 濃厚なキスで起こされて、秋良は抗議の声を上げる。
 男ならば朝の生理反応を知ってくれと思うが、そんなことを言えばますます起きる時間が遅くなるだけである。
「出かけるって……どこへ?」
 昨夜、寝る前はそんな話はしなかった。
「モーニングを食べに行こう」
「モーニング? もしかしてポーション?」
「そう。着替えも用意したから」
 そういって洋也が差し出した服に、秋良は眉を寄せる。
「何、これ」
「それが秋良の役割だから」
 クエスチョンマークで頭がいっぱいになりつつも、秋良は身支度を整えてから、洋也の用意した服を着る。
「これ……なんていうか、ほら、昔の大学生の卒業式の服みたい」
 黒いハーフコートは秋良が腕を広げるとちょうど半円のような形になる。袖から身頃へと繋がっているのだ。
「こんなの着ていくの?」
 頷いた洋也は、襟が広い黒のロングコートを着ていて、怪しげな雰囲気いっぱいである。
「雰囲気怖いよ。モーニング食べに行くだけなのに」
 秋良が苦情を行った時、リビングのドアが開いて、思いもかけない人物が出てきた。
「ヒロちゃん、モーニングくらいじゃわりに合わない」
「勝也!」
 勝也は光沢のある青いシャツに、紺色のジャケットと黒いパンツを履いている。
「ヨウくん……も?」
 勝也に続いて出てきた陽は、緑のシャツにカーキ色のパンツで、白い毛皮のショートコート姿だ。
 二人とも妙に似合っているが、らしくない姿ではある。
 二人が来ている事を知らなかった秋良は驚きながらも、自分たちの姿を異様な面持ちで見つめる。
「ディナーもよろしく」
 一体何事かと思っていると、玄関でインターホンが鳴った。
「来たな。行こうか」
「来たって、誰が?」
「鳥羽君」
「とばー?」
 もう説明を聞くのも億劫になってきたが、そうも言ってられないが、玄関を出て鳥羽を見たときにはもう、開き直る気持ちになれた。
「どこのパンク屋さん?」
「パンクファッションを自転車の修理屋みたいに言うな」
 鳥羽に叱られて、秋良は口を閉じる。
「これで……歩いていくの?」
 できればそれだけは止めて……という願いは、みんなも同感だったのか、洋也はアウディを出してきた。
 洋也がハンドルを持ち、身体の大きい勝也を助手席に、秋良、陽、鳥羽が後部座席に乗って、車はすぐにポーションに着いてしまう。
 近くのコインパーキングに車を止め、鳥羽が先に下りて、店を覗きに行った。
「OK、来てる」
 多分別所のことだろうと思ったが、それを確かめる気にもなれない。
「秋良、黙っていればいいから」
 言われるまでもなく、余計な口出しをするつもりはない。できれば一人で帰してもらえたらそれが一番嬉しい。
「勝也が先頭な」
「りょーかい。ほんと、今夜はミシュランの三ツ星で頼むよ」
「予約は取ってある」
「マジで。ラッキー」
 憮然と答える洋也に、勝也は歓喜の声を上げる。
「勝也……」
 兄弟の交渉とはわかりつつも、あまりにおねだりとしては大きいのではないだろうかと、陽が気を遣う。
「いいんだって。ヒロちゃんにとっては軽い軽い」
「そんなとこより、家のご飯のほうがいいな」
 秋良の呟きに、勝也と陽は顔を見合わせて笑う。
「今夜はお祝いになるんだってば、アキちゃん」
 勝也に言われてもいま一つピンと来ない秋良は、今夜もこの服なのだろうかと、うんざりしつつ車を降りた。
 洋也の計画通り、勝也が店のドアを開けて入り、陽がそれに続く。
 そのうしろには鳥羽、秋良、洋也の姿が見える。
「いらっしゃ……」
 マスターの声が途中で途切れる。
 秋良が不思議だなと思いつつ、全員が喫茶店の中に入ると、マスターは顔を輝かせるようにして勝也を見て、感激したように言った。
「勇者様だ!」





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