時にはファンタジーのように
















 しばらくの間、秋良は喫茶店『ポーション』に近づかなかったのだが、鳥羽はなにやら画策をしているようだった。
 鳥羽が何かを企んだ日、帰ってから洋也に報告はしたのだが、あまり興味はなさそうで、「そっとしておいてもいいんじゃないか?」という程度だった。
 秋良も基本的に洋也に迷惑がかからなければそれでいいという気持ちだったし、もう『ポーション』に行くこともないと思ったので、触らぬ鳥羽に祟りなしというか、逃げていたいという気持ちが強くて、そのまま放置していた。
 それがいけなかったらしい。
「やっとみつけた!」
「うわぁ!」
 学校の帰り、家路を急いでいると、目の前に別所が現れて、突然秋良の腕を掴んだのだ。
 驚いてしまって、まさに飛び上がらんばかりに声を上げてしまった。
「な、な、なんですか、あなた」
 別所だとわかって少しほっとしたものの、それでも恐怖で心臓はドキドキと大きく脈打っている。
「君のあの友達、どうにかしているんじゃないか?!」
 往来で問い詰められることではないだろう。けれど相手は冷静ではないようで、人目も気にならないらしい。
「友達って……鳥羽のことですか?」
 こんなに怒っているのなら、洋也のことではなく、鳥羽のことだろうと見当をつける。
「そうだよ、マスターに傭兵って呼ばれてる奴のことだ」
 基本的にジョブを振り当てられた客は、その後もマスターにそう呼ばれるので、名前を言っても通じないことが多い。
 そう思ってから秋良は、この人は名前で呼ばれているなぁと、やっと気がついた。
 ちなみに秋良はやはり賢者だ。
「鳥羽が何かしたんですか?」
 逃げないから離してくれと、秋良は腕を引いた。疑いながらも用心深く、別所が腕を離してくれる。
「俺が行くたびに、俺の隣に座ってマスターとの会話を邪魔するんだ」
 そんなに暇なんだろうかと秋良は首をかしげた。
 今の時期は運動会も遠足も済んで、確かに行事のない平穏な月だが、そんなに暇であるはずがない。
「行く度って言っても、今くらいの時間でしょう? 別所さんは時間に自由が利くみたいですから、時間をずらせばいいんじゃないですか?」
 朝とか、昼とか。それなら鳥羽は絶対に抜けられない。
「その時間はマスターのほうが忙しくて、ゆっくり喋れないんだよ」
 そんなこと知らないよ。と言えるものなら言いたい。いや、言ってもいいのだろうか。
「それで僕にどうしろと?」
 そうだ、こちらに苦情を言われても困るのだ。
「あんた、友達だろ? 一緒に来てあいつの相手をしろよ」
 そうすればマスターとの会話を邪魔されないと考えているのだろうか。
「ええーっと、マスターが誰と喋っても、それはマスターの自由なんじゃ……。あれ? どうして、鳥羽が邪魔したら嫌なんですか?」
 別所の人選はかなり間違っていたのだ。苦情を申し立てるのなら、この場合、鳥羽本人か、まだ洋也のほうが事情を察してくれただろう。
 けれど本人に言うのはプライドが邪魔をするし、ライバルを相手に弱味など絶対に見せたくないといったところだろう。
 だから店に歩いてやってきていた秋良を捜し求めて、辺りをうろうろしていたというわけだ。
 その涙ぐましい努力を察してくれる相手ではない。
「とっ、とにかく、ポーションはあいつ一人の店じゃないって、言っておいてくれ」
「言うくらいはいいですけど……」
 言い争うのも嫌で、伝えるくらいはしてもいいかと思った秋良は、安易な返事をする。
「頼んだぞ」
 別所の誤算は更に続く。
 秋良はすぐに鳥羽に電話をするのではなく、そのまま家へと帰る。
 どうせ鳥羽は喫茶店に行っているのなら、帰りは遅くなるんだろうと勝手に決めて、迎えに出てくれた洋也に、今の出来事をあっさりと話す。
「帰りに別所さんに捕まっちゃってさー。鳥羽ったら、毎日ポーションに行ってるんだって。マスターと喋ってばかりで、別所さんが不満に思ってるみたいだよ」
 これで話の全容がつかめたとしたら、相手は全知全能の神か。
 しかし洋也は秋良のこの手の喋り方に慣れていた。
 別所のことも鳥羽のことも良く知っているので、足りない部分を補うには十分だ。
「別所も鳥羽君の意図を察すれば話は早いのに」
「は?」
 秋良は生憎、話の隙間を埋める努力などしてくれない。
「とにかく、面倒なのは困るな」
 困ると言いつつ、別所が秋良に絡んだことは許せない。
 鳥羽の企みも、別所の鈍さのせいで、間違った方向に進んでしまっている。
「鳥羽に何て言おう?」
 秋良は鳥羽に呆れつつ、困ったように首を傾げる。
「何も言わなくていいよ。僕がなんとかするから」
「洋也が!?」
 そのことのほうが驚きだ。
「さっさと片付けよう。鈍い相手に、遠まわしな方法は通じないんだから」
 らしくなく、洋也はふっと微笑んだ。





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