時にはファンタジーのように
















 別所の顔を見て、秋良は小さく会釈した。向こうもマスターの手前か、秋良に会釈をしてカウンターに座った。
 秋良と一緒にいたのが洋也ではなかったので、絡むつもりはないらしい。
「あいつか?」
 鳥羽はすぐに察したらしい。
「うん」
「洋也さんのライバルっていうと、別所とかいう?」
「知ってるの?」
 秋良が驚いて親友の顔を見た。
「へー、そうなんだ。なんだ、色紙持ってくりゃ良かった。サインしてもらうのに」
「またそんなこと言って」
 秋良は呆れたようにため息をついた。鳥羽は洋也にも何枚か色紙にサインをさせている。どうやら自慢にしているらしい。
 洋也は滅多に顔も見せないし、サインもしないので、なんだか価値があるらしいのだ。
「だけど、おかしいよな」
「何が?」
「だってさ、マスターだってかなりのゲーオタだろ? 洋也さんは露出しないで実像を秘密にしているし、ペンネームで本名も隠しているけど、別所はそうじゃないもんな。マスターはどうしてサイン貰わないんだろう?」
 そう言いながら、店内をぐるりと見回す。
 壁には盾や剣、怪しげな置物やエンブレムの入ったタペストリーがかかっている。サインも何枚かあるが、それはマスター自身が懸賞で当てた自慢の品だと書いてある。
 つまりこの店用に書かれたサインはないのだ。
「サインは飾らない方針なんじゃないの?」
「そんなわけねーよ。自分の店までこんなにするほどだぞ。あいつがプロデューサーの別所だってわかったら、絶対に飛びつくって」
 妙に自信ありげに断定している。
「そんなに欲しいものなの?」
「あぁ。洋也さんだって、あのミツヤヒロムだと知ったら、大騒ぎになっていたはずだ。別所だって、もっと破格の扱い受けてるはずだよ」
「じゃあ、隠したいんだ。嫌なんだって。外で仕事のことを言われるのは。特にゲームのファンって、熱いから苦手だって言ってたよ」
 それは洋也個人の話だろう、と突っ込みたくなる。
「あんなに通ってくるのに、内緒にしてるってのがわからんなー」
 洋也はたまたま秋良に誘われたから来たのだろう。別所がいると知ったから、二度と来ないのではないだろうか、と鳥羽は予想を立てる。
 けれど別所は常連なのだ。誰も誘わずにいつも一人で来ているし、必ずカウンターに座っている。
 鳥羽も店の雰囲気が好きなのでよく来る方だが、その8割がた彼に会うので、かなり通い詰めているはずなのだ。
 マスターがゲーム好きなのは常連ならみんな知っていることだし、そこで自分の仕事を打ち明ければ、尊敬されることは間違いがない。
 洋也とは違って、別所はそういうのを喜びそうなのに、黙っているのが解せない。
「鳥羽?」
 うーんと考え込んだ鳥羽に、秋良は不思議そうに覗き込んできている。
「お前、洋也さんの職業、ばらすつもりある?」
「ないよ!」
 即答だ。洋也が自分からいうのならともかく、秋良がばらすなど考えもつかない。
「だよなぁ」
「だからあの人もばらしたくないんだって。余計なことするなよ」
「余計なことってなんだよ。サインか? だったら洋也さんにあいつに貰ってきてって頼んでくれるか?」
 秋良は勢いよく首を振る。先日の険悪な雰囲気を見れば、そんなことは絶対にできない。
「頭を振るなって、馬鹿になるぞ」
 別に鳥羽としては別所のサインがどうしても欲しいわけではない。秋良には言葉を選んでライバルといったようだが、鳥羽から見ればライバルと呼ぶにはちょっと遠い。
 別所の会社が頑張って前年の洋也の会社を追い越せば、洋也はあっさりとそれを覆すといった風なのだ。
 それに別所は色んなところで顔を出している。だからマスターが気づかないほうがどうかしていると思うのだが……。
 マスターに熱心に話しかける別所を見て、鳥羽はなんとなく納得する。
「なるほどねー」
 ふふっと笑って頷く。
「うわ、嫌なこと思いついたときの顔だ」
 秋良は本当に嫌そうな顔をする。
 長い付き合いでわかる。こんなときの鳥羽は、とんでもないことを考えるのだ。
「お前にはいつも迷惑かけないだろ?」
 むしろ迷惑がかからないようにしてやってるくらいだ。そのうちの半分は、色んな弊害から秋良を遠ざけるためだったということに、秋良だけが気づいていないのだが。
「そうだけどー」
 秋良は肩をすくめて、紅茶を飲み干した。






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