時にはファンタジーのように
















「知ってる人?」
 洋也の些細な表情の変化を読み取って、秋良が心配そうに尋ねてくる。
「ちょっとね」
 向こうが知らないふりをするだろうかと思っていたが、入ってきた男はマスターに挨拶すると、ぐるりと店内を確認するように見回した。
 洋也は素知らぬふりで目を伏せたが、もともとが目立つ方である。男の目に止まってしまったようだ。
「よぉ、奇遇だな。珍しいとこで会うじゃないか、先生」
 秋良は自分ではなく、洋也が先生と呼ばれたことに少なからず驚いた。しかも洋也の嫌そうな顔を気にもしないばかりか、相手の顔と口調はとても嫌味たっぷりなのだ。
「先生にもお友達がいるとは、びっくりだな」
 洋也は視線も合わせず、無視をするようにコーヒーを口に運んだ。秋良はその失礼な口ぶりに、むっとして男を見上げた。図らずも視線が合ってしまう。
「何度かお会いしてますよね。ここで」
 男はにっこり笑うが、皮肉な口調は変えていない。
 確かにここで男を見かけたことがあるような気がする。だが、他の客などあまり見ないようにしているので、はっきりとは覚えていない。
 頻繁に来るのではない秋良を覚えているとなると、かなりの常連なのだろう。
「マスターに賢者って言われてただろう? 俺もぴったりだなと思ったんだ」
 男の台詞に洋也がふっと笑った。
「なんだよ。どうして笑う」
「別に」
 なかなかに険悪な雰囲気だ。秋良はオロオロし始めた。
「別所さん、お客様に絡まないで下さい」
 マスターが少し厳しい顔で男を嗜めた。
「絡んでいないよ。珍しい人に会ったから挨拶してだけだって」
 別所は洋也に対するのとは180度態度を変えて、愛想良くカウンター席へ座った。
「いつものね」
 今はもうマスターしか見ていないようで、ニコニコと笑って話しかけている。
「どうする? 帰る?」
 秋良は寛ぐ気分がすっかりなくなってしまったのか、急いで食べてしまっていた。
「あぁ、帰ろう」
 洋也は伝票を手に取って、カウンター越しに代金を払った。
 秋良がちらちらと別所を見ているが、彼は気がつかない素振りを決め込んでいる。
「ありがとうございました。また来てくださいね」
 今までのように楽しい気分にはなれないだろうけれど、もう嫌だというわけにもいかず、秋良は曖昧に頷いて、ご馳走様でしたと言って店を出た。
「なんだか緊張しちゃったよ」
 道路に出たところで秋良がほっとして笑った時、続いて別所が店を出てきた。
「ミツヤ、本当に偶然なのか?」
 嫌味な口調とにやけた笑いを消し、別所は酷く真剣な表情で洋也を睨んでいた。
 秋良は見慣れてはいても、聞き慣れない名前で洋也を呼ばれ、不安そうに二人の顔を見比べる。
「偶然だ。もう来ない」
 洋也が秋良を遠ざけるように背中を押した。
「忙しいんだろ、今」
「だから、もう来ないと言ってるだろう」
 ぐいと秋良の背を押し出して、別所から遠ざかる。
 彼はもう追ってこなかった。




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