時にはファンタジーのように
二人で会話を楽しみながら、駅に向かう道から、一筋だけ外れた静かな道を歩くいていくと、茶色いレンガの壁の喫茶店があった。
店の前には「ポーション」という店の名前らしき看板が出ている。
……ポーションねぇ。
洋也は内心で苦笑いしながら、秋良が開けたドアを続いて潜る。
「いらっしゃいませ」
店のマスターらしき人が一人でカウンターの中にいた。
まだ若い。自分達と変わらないくらいの年齢ではないだろうか。
20席くらいある店内は、半分くらい埋まっていた。
どこに座るかと目で聞かれ、洋也は窓際の二人用の席を選んだ。
テーブルの上にはモーニング専用のメニューが置かれていた。
写真入で3種類のメニューが紹介されている。
洋也はごく普通のトーストのセットを頼み、秋良はジャムサンドのセットを頼んだ。
「ハムのほうにすればいいのに」
少しでも栄養価の高いものを食べさせたい洋也が言うと、秋良はサラダもついてくるからいいんだと、洋也のお勧めを却下した。
注文を終えて店内を見回すと、何やら見覚えのあるような装飾がやたらと目に付く。
マニアには楽しくて仕方ないだろうが、普通に喫茶店に入ってきた人は、少なからずその異様さに驚くのではないだろうか。
「ね、面白いだろう?」
秋良がワクワクした様子で聞いてきた。
なるほど、コーヒーの味よりも、これを見せたかったのだなと気がついた。
レンガ造りの外壁も、店内の装飾も、いわばRPGゲームに出てくるような武器屋、もしくは防具屋の様相だ。
あまり厳めしくはないし、いかにも造り物とわかるのだが、アックスやシールドが壁にかけられている喫茶店は少ないだろう。
店の名前もRPGには付き物の、回復用のドリンクの名前だ。
どうやらマスターがかなりこだわりのある人なのだろう。
そう思ってみると、マスターの服装もどこかファンタジーめいていて、狩人を思わせる上着にスウェードのようなエプロンをつけている。
先ほどまで書きかけていた物を思い出して、洋也は苦笑するしかない。
「マスターがゲーム大好きなんだって。特にRPGはゲームが出たら必ず買うっていうくらいなんだってさ」
だとすれば、洋也が手がけたものも買っているのだろうか。それにしても店を切り盛りしながら、出るゲーム全てを網羅できるような時間がよくあるものだと思う。
洋也も寄贈を含めてほとんどのゲームタイトルを持っているが、封を切ってさえいないものが半分はある。たとえゲーム機にセットしたとしても、見るのはほとんどがオープニングのみで、あとは適当にエンディングを見る程度だ。
気になったものはストーリーを追う程度には流すこともあるが、そこまでするのは100本に1本程度だ。
特に今はコンピューターのプログラムの仕事のほうが増えてしまって、ゲームをプロデュースする時間はほとんど取れず、今回のように企画と監督だけという形になってしまっている。
「洋也のことは何も言ってないよ」
あまりにも店内をじっくり見ていたのを気にしてか、秋良が心配そうに教えてくれる。
「そんなに警戒しなくてもいいよ」
秋良が自らばらすとは思っていないので、肩の力を抜くように言ってやる。
そこへオーダーしたものが届く。
「おはようございます。今日はご友人と一緒ですか? ありがとうございます」
マスターがにこやかに挨拶をしてくれる。
「おはようございます。是非連れてきたいと思っていたんです」
二人の意味ありげな笑顔のやり取りに、洋也は注意深く見つめていると、マスターはふふっと悪戯そうに笑った。
「彼は魔道師タイプかな。絶対敵キャラで」
マスターの言葉に秋良はへぇぇと感心した。
目の前にボタンがあったとしたら、20回はへぇぇへぇぇが聞こえたかもしれない。
「僕はね、賢者タイプなんだって」
秋良の発言で、洋也はあぁと気がついた。
「ジョブというか、クラスですか」
「そうです。すごいな。貴方もゲーム好きですか?」
「えぇ、まぁ」
曖昧な返事だったが、マスターは喜んでくれた。
「嬉しいなぁ、お客さんで仲間が増えて」
マスターは本当に嬉しそうにカウンターに戻っていく。
「お客さんの役を決めて楽しんでいるんだよ」
「秋良が賢者で僕が魔道師?」
「そう。でも洋也は敵なんだー」
なるほどねと頷いたとき、店のドアが開いた。
コアな店だが、だからこそ同志を求めるのか、客の入りは良いようだ。
見るともなしに入り口を見た洋也は、入ってきた人物を見て、一瞬だけだが眉間にしわを寄せた。
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