マザーグース・ブーム

 帰国後、1年たち、萩尾はマザーグースを積極的に取り入れ始める。時はまさに、1975年。谷川俊太郎訳の『マザー・グースのうた』全5巻が、草思社より出版され、世にマザーグース・ブームが巻きおこった年である。

 3月発表の『ペニー・レイン』に「ライオンとユニコーン」

 6月発表の『ピカデリー7時』に「オレンジとレモン」

 7月発表の『はるかな国の花や小鳥』に「Aはアップルパイ」

 10月発表の『一週間』に「月曜日の子供」「雨、雨、行っちまえ」「ラバ・ダブ・ダブ」「ジョージィ・ポージィ」

 と、立て続けにマザーグースを引用している。

 谷川訳は、現代的で口ずさみやすく、堀内誠一の可愛らしい挿し絵と相まって、多くの読者を得た。

 マスコミでも取り上げられ、関連本も多く出たことによって、マザーグース認知度も、以前にくらべると、ぐっと高まった。

これらを背景にして、『ポー』におけるマザーグースの引用も、より大胆に変化したようだ。

  『一週間』は、わずか十六ページの短編であるが、その短い桶の中の3人中に、4編もの唄が登場する。

 これなどは、マザーグースを使いたいがために作り出した短編だと言ってもいいだろう。

 たとえば、「ラバ・ダブ・ダブ」の唄は、パロディになっていて、元唄の「桶の中の3人男」を「桶の中のアラン」に替えて歌っている。

 また、「ジョージィ・ポージィ」の唄だけ、日本語で書かれているが、その歌詞は、谷川訳をそのまま引用している。

 「ジョージィ・ポージィ プリンにパイ

 女の子には キスしてポイ」

 この唄をアランに歌わせることによって、彼の無邪気な薄情さをコミカルに伝えることに成功している。マザーグースだからこそ、あっけらかんとした雰囲気がうまく出ているのだ。

 この唄は、萩尾のお気に入りだったのだろう。『ポー』シリーズではないが、これに先立って、『マーマレードちゃん』(1972年)や『キャベツ畑の遺産相続人』(1973年)などに登場している。