リベンジ1(決行前〜5合目到着まで)
今年(2001年)の夏は暑かった。
決行予定日の一週間前には携行品の荷詰めもほぼ終え,いつでも
飛び出せる状態になっていた。
冨士登山に最適な期間は,「梅雨明け十日」といわれるだけあって,
まさに晴天続きの毎日。
近づいてくる決行日に向けて,嫌がおうでも湧き上がる期待感。
しかし,こんな時期こそ怖いのが体調不良。
昨年に引き続き,「酢」を飲んで,夏バテ解消と食欲維持に努めた。
その甲斐あって,コンディションは,まあ万全...
そんな目に飛び込んできたのが,「台風6号」の文字。
ゆっくり進んでいるので,決行日当日には本土に到達していないだろうとは考えて
いたが,じわりじわりと近づく台風の輪をみるにつけ,だんだんと不安になってきた。

↑ 決行前日(7/26 6:00)の天気図。台風の予報円がぎりぎりに見える。
前日には,東京で雨が降る状態となって,これまでの絶対的な晴れ信仰が
ガラガラと崩れてくるに至って,計画の見直しも検討せざるを得ない状態となった。
と言っても,昨年の経験から,どうも天候は問題なさそうという感覚が頭から
消えない私は,とりあえず5合目までは行ってみる前提で検討した結果,次の
3パターンから当日選択することにした。
(1) 早朝,5合目を出発し,山頂到着後5合目まで下山(第一目標)
(2)
早朝,5合目を出発するが,アクシデント(強風,時間切れ等)を考慮して,8合目付近の
エスケープルートから途中下山。(標高3000m超えが目標)
(3)
雨が多い場合を考慮して,冨士スバルライン5合目手前の「御庭」から
御中道経由で大沢見晴台・大沢崩れ見物(往復約4時間)
(豪雨でない限り決行し.雨天ハイクを体験させるのが目的)
一応,どれを選んでも悔いのない予定なので天候回復を願って,
2001年7月26日 21:00 東京某所を車で出発。
ただし,この時,致命的なおおボケをかましてしまった。
登山途中の継続的エネルギー補給をもくろんで,かみさんに作ってもらった
小型おにぎりを,全部玄関に置き忘れてきてしまったのだ。
「計画・準備」に書いた通り,朝,寝ぼけ気味の息子に無理やり朝食を
摂らせず,空腹を覚えた時点で随時食するという完璧な計画がのっけから
つまずいてしまった。
(「せっかく作ったのに!!」というかみさんの怒りの方が恐ろしかったが...)
しかし,気がついた時には,すでに首都高速の上で渋滞の真っ只中。
仕方ないので,気を取りなおして,中央道・談合坂SAにて,梅おにぎりを
2個買い込む。(これじゃ,昨年と同じだぁ...ガクッ)
その後,大きな渋滞もなく(結局,渋滞区間は,レインボーブリッジから3号[東名]の
入り口までだった),23:30頃には冨士スバルラインの料金所近くに到達。
この時点で,雨は降っていないが,道路が所々濡れている状態。
「この分だと,またスバルラインで雲を突き抜けるか?」と思いながら,料金所で
往復2,300円を払い,一路5合目へ。
上り坂にかかったとたん,恐れていたことが...それは濃霧。
どのくらいの濃霧かと言うと,Lowビームでセンターラインの白い点線が,前方に
三つ分しか見えない状態。(もちろんHighビームでは何も見えない)
それでも,いいかげん疲れてきて,早く眠りにつきたかった私は,制限速度
一杯(50km/H)で,ずんどこずんどこ,進んで行った。
さすがにきつかったが,なんとか無事に,河口湖口5合目に到着。
こんな天候なのだから,どうせガラガラだと思いきや,駐車場は70%位の入り。
ひどい霧の中,登山に出発する人影も見える。(昨年の自分を思い出す..)
我々はとりあえず計画通りにことを運ぶべく,寝袋を引っ張り出し,シートをベッド化
して,休息に入った。 Zzzz...
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