今月のトピックス

 

 March ’04

3/27(土) 広瀬悦子 CDデビューリサイタル

大阪市 イシハラ・ホールにて
  リストやラフマニノフによる、編曲ものを、技巧と歌心に満ちた演奏で  

 昨年8月、愛知県小坂井町フロイデンホールにおける「名曲リサイタル公開録音」の模様も合わせてどうぞ。

 ・・・・昨年、上記の公開録音を偶然聴いて、とにかく魅了された。繊細なタッチと、表情豊かな歌、さらに、意表を突く大胆不敵な轟くような迫力。ピアノ一人、でありながらも、あたかもオーケストラのコンサートの如き、音色の多様性、ダイナミックレンジの広さ。ピアノ音楽に、こんなに感銘を受けたのは初めてだ。ということで、満を持してのCDデビュー、それに伴うリサイタル、東京、大阪と行われ、日程的な問題もあり大阪の方に駆けつけた次第。大阪公演の方が、より、CDの内容に近く、小坂井での体験を再度堪能できそうだ、との判断もあり。

 前半は、CDの内容とも重複する、管弦楽曲、歌曲、室内楽等からのピアノ編曲。
 公開録音でも、冒頭に置かれた、フランク(デムス編)「前奏曲、フーガと変奏曲」。よっぽどの自信、思い入れあっての選曲か。リサイタルの冒頭から、静かで内省的、繊細なタッチで紡ぎだす、寡黙な作品とは、なかなか勇気のいることとも感じる。華やかな導入で音が観客の耳に一気に流れこむではなしに、とにかく、観客の耳が、奏者に集中してゆく、その染み入るような空間、この緊張感を瞬時に作り出してしまうのだから凄い。アルゲリッチに認められた才能・・・・やはり本物の大器と感じさせる・・・、大胆なガンガン響かせる個性もあり、そちらの方がインパクトも強いが、そのインパクトも、フランクにおけるような内面性の充実との、劇的なほどの落差、もあって際立つわけだ。

 クライスラー(ラフマニノフ編)「愛の喜び」、突進する勢いと、変化に富んだ楽想の描き分け、公開録音時と同様に、ピアニズムの醍醐味を堪能。
 シューベルト(リスト編)「アヴェ・マリア」「魔王」。対照的な2曲。歌曲の、歌心がシンシンと伝わる前者。同じくリストの「愛の夢、第3番」と同様に、中音域で旋律が豊かに歌い出され、細やかな装飾が高音域でキラキラと。後者は、「子供」「父親」「魔王」の歌い分けの妙。なだめすかす甘ったるい魔王の誘惑、ヒステリックな子供の叫び、の対比等が歌曲以上(伴奏の表現のオーバーさというリストの譜面上の処理も確かにあるけれど。特に馬の駆ける3連符のオクターブの上昇音型など、凄い効果をあげている。これを鳴らしきるあたり、音楽を全身に浴びているかのよう。)に鮮明に浮き彫りに。単なる編曲モノを超えた、ニ流、二番煎じならぬこれもオリジナルな芸術品である。編曲モノという軽さも微塵もなく、堂々たる表現で再度感激も新た。
 バッハ(ブゾーニ編)「シャコンヌ」。バッハの無伴奏Vnソナタ・パルティータは、この1,2年自分のなかで密やかに、でもしみじみと永らく自分のなかで気になる存在としてある。ヴァイオリン・ソロの研ぎ澄まされた緊張感とは別の、肥大化された表現、オケに対抗心を燃やすような編曲で、これはこれで面白い。ピアノ作品としても自然に書かれている。バッハの側よりは、ブゾーニの表現したいところを余すところなく伝えきったと言えようか。個人的には、ブラームスが左手だけのために編曲した版の方が、バッハの側に近いところにあるようで興味深い、ということはある。

 後半。CDからはちょっと外れた選曲で、まずは、
 チャイコフスキー(プレトニョフ編)「くるみ割り人形」から
 コンサート用に用意された選曲で、レコーディングされた前半の作品に比べやや、演奏の荒さは感じた、ものの、曲自体は十分楽しめる。「行進曲」。トランペットのファンファーレは、まさにトランペットを思わせる硬質な音色がインパクトあり。立ち上りの鋭い、切れ味のよい雰囲気。「こんぺい糖の踊り」は、原曲のチェレスタを思わせる軽く透明感ある音色が心地よい。「ロシアの踊り」「中国の踊り」それぞれにオケの原曲と比較しつつ、前2曲に比較すると、編曲自体にやや違和感ももつ。なかなか苦しいところも。それに連動した演奏の荒さ、も気になったところではある。「パ・ドゥ・ドゥ」は、きらびやかな編曲であり演奏で、華やかさのなかに締めくくられた。
 ここでラスト前に超有名曲2曲。ショパン「英雄ポロネーズ」リスト「ラ・カンパネラ」。堂々たる余裕、完全に自分の音楽として。しかしながら特に前者において、新鮮さを随所に感じさせる、実は、このリサイタルでの私としての一番の感動、が「英雄」にあり。
 もう、有名過ぎて、聞き流されてしまうほどに耳に馴染んでいる作品ながら、実は、しっかりと集中して聞き込んだこともなかった。そんな自分のなかにあったイメージをいろいろと覆してくれたのが、聴いていて楽しかった。今までの流れで、豪快に鳴らすところは鳴らし、一気に観客を惹きこむ、という期待が無意識にあり、そうくるだろうと待ち構えていたら、以外やあっさりだったりして意表を突かれたのだが・・・・序奏は調性的に不安定な感じ、そして調性が確立する主部の主題提示でガツンとくるかと思っていたらそうではない。予想外に軽く飄々としたもの。また、必要以上な思わせぶりな、大袈裟な表現もなく淡々と。そう思わせて、2回目では、堂々たる、ワンランク高次な音量と表現、なるほどねえ、と感じるもその時は、えらく奇を衒ったか、などと感じる。その後の、フレーズの最後に両手で駆け上るスケールも、自分のイメージほどには待ってから入らず、一気呵成にひるまず休みなくスケールが始まってこれまた聴きなれぬ解釈と感じた。・・・・・実はどうにも気になって、リサイタル後、「ササヤ書店」にて楽譜を確認した、すると・・・・主題提示については、1回目はフォルテ、2回目はなんとフォルテ2つ。これを正確に演奏されていた、ということか。スケールの部分も、その入りの前にフェルマータの指示などもなく、8分音符に続いてすぐスケール。これも楽譜に虚飾を行わない素直な解釈か。自分の中に、楽譜と違う演奏例が刷りこまれていて、楽譜どうりの演奏を目前にして違和感を感じていた、という次第・・・・ちょくちょくあるんだな、こういうの。広瀬さん、気に入りました・・・こういう発見させてくれる演奏に出会いたい。楽譜から音楽を読み取ろうという真摯な姿勢、共感です。
 そして、中間部、かなり勢い良く、左の刻まれる音符も豪快に、ここで本領発揮という感じでしょうか、主部におけるやや冷静な曲の運びに対する中間部での劇的な展開の鋭い対照性、こういう曲の作り方、好きなんですよ(私も奏者としても、こういった構成感・対照性、好むところ。ただ、これを理解しない人がアマオケ経験上ママいるんで、困ることも。曲中全て「金太郎アメ」の如く変化のない演奏して悦にいり、それを他人に押し付けるに至っては??????(アマ奏者だけじゃない、プロで通用しない指揮者とかも。)。例として、管にありがちな、ずっと自分が主役とカン違いして、ハーモニーを構成するところ、対旋律のところ、完全なソロのところ、お構いなしで、オケの中で協奏曲のソロの如く目立つことに精力を傾けるような・・・・。もう少し、計算、したらどうか?確かにやっていいところ、是非、突きぬけて飛び出すようなところ、あっていいし、こういう思いきりもアマのいいところなのだが、全部同じかよ、って演奏はどうも。)
 閑話休題。最後は、編曲モノに戻って、グノー(リスト編)「ファウスト・ワルツ」。豪快に締めくくっていただく。いや、それにしても、今回、前から5列目に陣取って演奏を鑑賞したのだが、ところどころ、自分の感覚として聞こえ過ぎ「うるさい」と感じてしまう瞬間すらあったのが驚き。オケの演奏会とかでもなかなか「うるさい」とまでは思うことも少ないが、ピアノ1台のコンサートでそう感じさせる、この容赦のなさ、なんだか、今思いだしても強烈な、鮮烈な記憶として心に残り続けている。決してタッチが荒いとか、そういうことはなく、当然ながら楽音として、壮絶に鳴りきっているのが凄いんだなあ。

 演奏終了後は、CD購入、そして、サイン会。小坂井の公開録音が素晴らしかったこと、次回、名古屋フィルとの共演、ラフマニノフ3番楽しみにしていること、お伝えできてよかった。将来的に名古屋での、ソロ・リサイタルも計画しているとのこと、また、馳せ参じたいところです。

(2004.7.23 Ms)


February ’04

2/某日 アンサンブル・センプリーチェ 結成1周年

 この2月は、音楽的な出来事も皆無、年度末の煩雑な事務に忙殺、毎年恒例の、ショスタコーヴィチ・オーケストラの「ダスビダーニャ」にも行けず仕舞い。ということで、あまり意味もなく、こんな標題だけ掲げてみた。

 この5月、無事に、浜名湖花博にて、公式なデビューを果たした、打楽器アンサンブル・センプリーチェ(演奏詳細はこちら。)ではあるが、最初から、それを目標としていたわけではなかった。

 昨年2003年、私にとって、ショスタコーヴィチが7番の交響曲を書いた年齢、これは凄い重みをもっている。彼は、その作品で世界的な大事業を一人でなし得た。私にそんなことはできるはずもない。が、何かすべき年、と感じた。私は、0で年齢を区切るのは好きじゃない。20歳、30歳、その時になって、次の20代、30代に成すことを考えても遅かろう。真ん中の5の年に、いろいろ動き出さなきゃ、間に合わないのではないか。そんな考えもある。
 また、ショスタコーヴィチの人生、69年、これが自分の想像しうる寿命と想定した。80代まで生きる、日本の今の平均寿命は、戦前戦後をタフに生き抜いた人々のもの。我々にそんな活力はありませんて。このままだと60歳代で死ぬのは、年金を受け取れず、政府の詐欺的な政策に見事にしてやられそうで、気分悪いが、ま、正直、寿命もこんなところでしょう。69と想定して、その折り返し地点。峠を登り、あとは、死に向かう下り坂。
 そんな気持ちのなか、残り、遣り残したことは、順次、片付けないと、・・・・ということでの、私含め3人をメンバーに、打楽器の練習会を始めたのが、2003年2月15日。
 その後、月1回程度の練習を続ける。既存のアンサンブル楽譜も練習しつつ、自前の、ヴィブラフォンを使って何かできないか?それもなるべく、自分の好きな作品を・・・・と考えるなか、Vib.を始め金属打楽器系で映えそうな印象派もので、ドビュッシー。リズムの面白さで、バルトーク。その他、打楽器の代名詞的な作品、やっぱ「剣の舞」は避けられん。あと、当初からの野心で、プロコフィエフ。「キージェ中尉」の「キージェ誕生」など、意外と曲の構造も単純で、なんとかなりそうだ。ショスタコーヴィチも野心ありなのだが、今のところ、この編成に適当な作品がまだアレンジできず。シベリウスのピアノ曲も野心ありだが、もう少し検討が必要。ニールセンも研究中。
 ・・・・・こんな試行錯誤を重ね、楽譜を書き換え、試演、書き換え、試演を繰り返すこと、半年あまり。
 そこへ、浜名湖花博の情報が入り、応募したら、見事に大当たり。なんとか、本番目指し、人様の前で演奏できるレベルには到達したか、と。お金をいただけるレベルにはないだろうが。

 その間に、私自身は、(財)音楽文化創造さんから、表彰を受けることともなり詳細はこちら。2003年11月)、地域社会への貢献やら、自分ならではの音楽上の新たな試み、といったものを強く感じるにいたってきた(田舎の出なので、都会偏重な文化への対抗心。打楽器という、マイノリティ楽器出身という対抗心。さらに、北欧、ロシアを主とする近現代音楽好きな、作曲家崩れなアマチュアが、打楽器を武器に、それも王道を行かず、自分の趣味に走って、かつてない、音楽が提供できそう、という、随分自分本意な野心・・・・、他人にはできない、いや、やらない、新たな、打楽器アンサンブルの提起を目指そう。)
 打楽器の腕を磨きたい、これは第一次的意義。とにかく、社会人として、音楽に携わる時間が少ない。その少ない時間をどう使うか?少数精鋭っぽく、みっちり打楽器を練習する時間は欲しい。アマオケの練習だけでは、感覚は研ぎ澄まされず、充実度もなかなか高まらず。
 練習する以上、発表の場も欲しい。でも、いわゆる打楽器アンサンブル、人も、楽器も沢山用意しなきゃ曲にならない・・・・でもそんな手間をかける余裕もない。ということで、今回の花博用に、3人の奏者という限定、さらにトラックを用意しないですむ、3台の自家用車で運搬可能な範囲、この楽器編成を条件に、アレンジをした。具体的に、鍵盤楽器は、ヴィブラフォンと、グロッケン(あと、クロマティック・カウベル、1オクターヴというのは変則的な楽器だけど重宝しました)。その他、ティンパニを使わぬ、ドラム系打楽器と小物。
 編成としては、ううん、やや淋しいか、でも花博用に自ら設定した条件では、可能な限りのことはしたつもり。

  今後、センプリーチェ、どう展開するのか、尻つぼみか、まったく未定(「たぶん、だぶん」6/23付けのような個人的事情も不確定要素)。
  しかし、この貴重な体験をスタートに、我がHPにて、気軽な、少人数、少楽器で、効率的な、打楽器アンサンブルの形態を、提案、紹介できれば、と個人的には考えている(人数が多ければ多いほど、練習日程も組めず、細かな練習もできない。最小の人数、3ないし4で、可能なことを、実験しながら、この場でも伝えていけたら・・・。こんな形態が可ならいっちょやってみよ、と、他の同士諸君も、打楽器アンサンブルを気楽に楽しんでもらえたら幸い)。ただ、サポートして頂いているメンバーのこともあるし、自分自身のこともあるし、継続も、なかなか困難、生易しい試みではなかろう。
 ただ、今を逃して、この試みを実行に移す、人生上のタイミングはもう、・・・・。随分、自分も人生に追い込まれてきた、と感じているんです。人生、何事かをなすには、時間が足りなさ過ぎますよ。

(左は、普段の練習風景。私Msは、奥の方で、自前のVib.と戯れております。)
(2004.6.26 Ms)


January ’04

1/31(土) 木之下 晃 写真展 「世界の音楽家を撮る」

 2004年初、年度末に向けて仕事も忙しく、実はさしたる音楽ネタも乏しく。
 愛知県は南の端、渥美半島。三河港を擁しトヨタ自動車の企業城下町でもある、田原市。昨年8月に、キムタクがお忍びでよくサーフィンしていたという噂の太平洋岸の赤羽根町と合併し、田原町から田原市になったばかりの、新たな市である。こちらの中央図書館にて、標記の通り、クラシック音楽界で有名な写真家、木之下氏の写真展があり足を伸ばす。少年時代、氏はこの田原に住んでみえたという縁で。それは知らなかった。
 50人の芸術家の写真をずらっと拝見。カラヤン・バーンスタインはもちろん、チェリビダッケ、マタチッチ、故人はもちろん、ヨーヨーマ、マイスキーらなども。個人的にはやはり、ソヴィエト関係で、ムラヴィンスキー(1975.3.13東京文化会館)、ロジェストヴェンスキー(1991.10.13東京芸術劇場)など。ロジェベンは、読売日本交響楽団の指揮のための来日時だろうか?もしや自分も聞きにいったときかな?気になる。

(2004.6.7 Ms)


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