ESPANSIVA! NIELSEN

Carlめ(軽め)にコラム

第2話 ニールセンのト長調 その2  

<2> 主要作品におけるト長調

 第1話においては、ニールセンの交響曲第5番第1楽章第2部の調性の問題を考えつつ、私個人として強く焼きつけられてしまった、「ニールセンと言えばト長調」というイメージの謎を追ってみた。しかし、どうも、私のこのイメージ、どうもまだまだ原因がありそうだ。他の作品でも、ト長調、いろいろ活躍しているのではないか?
 ということで、ニールセン作品リスト作成も契機となって、彼の作品を一度総点検
(まだ当然全てではないが)した上での私の気付いた点など書いてみようと思う。
 やはり、主要な作品におけるト長調、ということで、
交響曲をざっと見ていこう。

 
第1番、作品7、FS16(1892)。主調はト短調と表記。
 第1楽章。第1主題はト短調。第2主題は変ニ長調。(主題提示)。
 第2楽章。主部はト長調。中間部はト短調。
 第3楽章。主部は変ホ長調。中間部はト短調。
 第4楽章。第1楽章はト短調。第2主題は変ロ長調。(主題提示)。ただし終結部はハ長調。

 ト短調が主調ということでさすが各楽章ともト短調のウェイトが高いのは当然か。そんな中でト長調は、ベートーヴェン以来の短調交響曲の緊張感溢れる第1楽章の緊張を解きほぐす第2楽章に置かれている。まずは順当な位置か。
 やや本題からはずれるが、ここで押さえておきたいのは、まず第1楽章第2主題が、古典の定石からはずれた自由な調性を取っていること。通常は第4楽章のように変ロ長調のはずだが、一気に遠い調性(フラットが2つから5つの調性へ)という大胆な転調が行われている。彼の音楽の特徴として、一定の調性にとどまらず次々と転調を重ねる点が挙げられるが、そういった
転調への興味、愛好、が既にこの第1番から顕著に現われているのが興味深い。
 さらに、ト短調の作品がハ長調で閉じられるのは異例中の異例。古典派なら当然ト短調での終止
(モーツァルトの25,40番を想起しよう)。ベートーヴェン以降ならト長調の終止も考えられる。少なくとも主音を逸脱しての終止は、著名な作曲家の交響曲においてはマーラーの2番「復活」(ハ短調→変ホ長調)あたりからだろう(当然、未完成作品は除外。また、ハイドンの「告別」という例もあるが、作曲の事情の特殊性が原因。)
 ただ、このハ長調での終止が思いつきの偶然の所産ではなく、第1楽章及び第4楽章の冒頭が、ト短調の調性でありながらもハ長調の主和音を堂々と響かせており、それが伏線として重要な役割をしており、十分考えられた調性の進行であることは理解できる(ちなみにハ長調の主和音は、ト短調の4度の和音の第3音を半音上げたものである)。
 ちなみに冒頭の和音の異例さという点では、同じく交響曲第1番、それもかのベートーヴェンを引き合いに出そう。第1楽章の序奏冒頭の和音はヘ長調の五度から一度への解決というもの。ニールセンがベートーヴェンの偉大な先例を意識したかどうかは知らないが、彼の転調志向という生涯通じての特徴は見事、交響曲第1番から発揮されているわけだ。
 本題から再度はずれて恐縮だが、かれの転調志向を支える一つの要因として、長調短調固有の音階を自由に半音スライドさせてしまう旋律線、という特徴もある。例えば、特に長調での第3音、第7音を半音下げる志向が顕著だ。さらに、第2音、第6音なども自由に下げて、同主短調への転調は自由自在、そこからどんどん転調が可能となる。同様に短調においても第6音を半音上げて長調との関連を匂わせたりもする。長調と短調の混在、という点で、マーラーの第6番、第7番あたりとの類似も指摘できるかもしれない。

 さて、そんな彼の作風ゆえに、安定した調性感は時を追って次第に薄れてゆくのだが、第2番以降も多少の無理はあるだろうが第1番の例にならって続けてゆこう。

 第2番「四つの気質」、作品16、FS29(1902)。主調はロ短調と表記。
 第1楽章。第1主題はロ短調。第2主題はト長調。(主題提示)。
 第2楽章。ト長調。
 第3楽章。主部は変ホ短調。中間部は変ホ長調。ただし終結部は変ロ長調。
 第4楽章。第1主題はニ長調。第2主題はイ短調。(主題提示)。ただし終結部はイ長調。

 さて、最初のロ短調からしてかなり不安定ではある。最初の一発は明らかにロ短調の主和音だが、続く和音はロ短調固有の和音ではなく逸脱してしまう。しかし、主題提示の終わりはしっかりロ短調の五度・一度を響かせている。その終止形までは調性不定もしくは転調の連続ではあるが、一応ロ短調としておく。それに比べて第2主題(3/4拍子の部分)は5小節間はト長調を維持(ただし第7音が半音下げられてはいる)、第1主題よりは安定感をもつ。
 第2楽章もまたト長調。なんの飾り気もない素朴な性格である。調性不定な不安かつ激しさを有する第1楽章の全体的な雰囲気を和らげる役割として、第1楽章の第2主題、そしてこの第2楽章が配置され、共にト長調の調性が選択されている。

 今までの2曲をみるだけでも、第5番におけるト長調の役割と同様に、第1番、第2番ともに
安らぎ、落ち付き、調性的な安定感、をもたらすものとしてト長調を選択する志向が、どうもニールセンにはあったと思えてくるのだが・・・。とりあえず先を急ごう。

 第3番「ひろがり」、作品27、FS60(1911)。主調はニ短調と表記。
 第1楽章。第1主題はニ短調。第2主題は変イ長調。(主題提示)。ただし、終結部はイ長調。
 第2楽章。前半はハ長調。後半(声楽の入り)は変ホ長調。
 第3楽章。第1主題は嬰ハ短調。第2主題はト長調。ただし、終結部は嬰ハ長調(変ニ長調)。
 第4楽章。第1主題はニ長調。第2主題は変ロ短調→嬰へ短調?(主題提示)。ただし、終結部はイ長調。

 このあたりから、かなり調性の確定は難しくなってくる。主調がニ短調とはいえ、その存在感は極めて薄い。第1楽章第1主題にしてもニ短調として分析できるのは最初の4小節くらいか。そして、第2番第1楽章にみられた主題提示最後での主調の確認すらなくどんどん転調して行ってしまう。結果として、この作品、第1楽章主題提示に先立つ、A(ラ)の音の打撃の連続こそ重要な位置を占めていると言えそうだ(両端楽章の終止がイ長調でもある)。
 調性の自由な取り扱いという意味においてこの作品、ニールセンらしさが完全に確立した作品として位置付けられそうだ。主題提示の調性の選択も自由。その提示した調性にこだわる事無くどんどん転調を重ね、下手をすればその提示した調性に回帰することもない。合わせて、第1楽章の、研究家シンプソン曰く競技的3拍子、という特徴。彼の第3番で確立した彼の個性は、その後の第4、第5番にも受け継がれさらに発展するわけだ。そんな意味においても、この「ひろがり」というタイトル、第1楽章の発想記号という意味のみならず、偶然にも彼のその後の創作活動の「ひろがり」の原点とも捉えられ、とても意味深いものと私には感じられる。
 さて、第1番、第2番に比べるとト長調、影は薄いが一応登場してくる。第3楽章の第2主題、オーボエ三重奏で出る可愛らしいテーマである。調性の変転著しいこの作品にあって、このオーボエ三重奏のト長調、例の如く第3音、第7音の半音下げはあるもののト長調の調性感は維持しつつ続くテュッティへと旋律を受け継ぐ。第1番、第2番に見られた第1楽章の闘争的ムードに対する安らぎ、落ち付き、という側面は、第3番の第2楽章において声楽がその役割を果たしており、ト長調という調性がそこで選ばれてはいないものの、転調の激しさの渦中にあって、やはり第3楽章のト長調は安定した調性感という安堵感は私たちに与えてくれてはいる。・・・ややこじつけ風か。

 第4番「滅ぼし得ざるもの(不滅)」、作品29、FS76(1916)。主調の表記なし。
 第1部。第1主題は調性不定。第2主題(不滅のテーマ)はイ長調。(主題提示)。ただし終結部はホ長調。
 第2部。ト長調。
 第3部。第1主題は調性不定(嬰ハ短調?)。第2主題(弦のソロ)はホ長調。クライマックスはホ長調。
 第4部。イ長調主導。ただし終結部はホ長調。

 調性の分析、第3番にも増して苦しい。ただ、安定した調性感はなかなか無い、ながらもなんとなく調性感はあって、無調作品とは言いきれない。随所に魅力的な旋律線もあり、また、全曲を通じ、調性的な第1部の第2主題が統一的な役割を演じており、その部分に「不滅」の意志は強烈に感じられるような仕掛けにもなっている。
 さて、豪快に金管打が大活躍する当作品におけるブラームス風インテルメッツォとして第2部の木管合奏部分がある。やはり、第1番、第2番と同様な位置にト長調が配置されている。調性不定部分と「不滅」のテーマの対立という全体的な構図からは独立した雰囲気を持ち、やはり安らぎ、落ち付きは感じられる。特に木管を主体とした控えめなパストラーレなオーケストレーションがこの作品の中にあってはかなり印象的である。また、全体にシャープの多い調性が選択されている(イ長調・・・シャープ3つ。ホ長調、嬰ハ短調・・・シャープ4つ。)なかで、シャープ1つのト長調の響きは素朴な雰囲気を出すようにも私は感じる。
 この第4番もまたト長調が脇役ながらも重要なポジションにあることは確かであろう。

ちょいと一休み。ト長調の作品でも聴いて癒されようかな(2002.1.18 Ms)

 第5番、作品50、FS97(1922)。主調の表記なし。
 第1楽章。第1部は調性不定(ただし、ニ短調が主導的か?)。第2部はト長調が主導的。
 第2楽章。第1部は調性不定(ホ長調?)。第2部、第3部はヘ短調が主導的。第4部は第1部と同様。ただし終結部は変ホ長調。

 第5番の第1楽章第2部については既に第1話で触れたとおり。ト長調の調性的な優しいビオラの歌が印象的であり、また、混乱の後のスケールの大きなト長調主和音への解決が特徴的である。その他部分については、調性分析はもう私にはお手上げだ。一言ではとても書けないほどの複雑さを見せている。・・・だからこそ、第1楽章第2部のト長調が安定をもたらしていると感じられるのだが・・・。

 第6番「シンプル」、FS116(1925)。主調の表記なし。

 申し訳ありませんが、この作品の調性表示は割愛させてください。手元にスコアがないこともありますが、ほとんど無意味でしょう・・・第2楽章は、もう無調といっていいのではなかろうか?ただ、そんな作品ながら、第4楽章の変奏曲は、変ロ長調という調性が、主題自身がふらふらと転調しかかっていながらも堅持されつつ変奏を重ねている。最後もファゴット最低音の変ロで曲を風変わりに閉じているわけだ。この作品の「シンプル」たる由縁、第3番以降の「進行する調性」という観点から比較すれば、このフィナーレの調性維持が彼にとってはシンプルな意味合いを持っていたとも考えられそうだ。
 さて、ト長調探しもこの作品でしなければいけないが、ご存知のとおり、冒頭はDの音の鉄琴の合図、それに導かれるバイオリンは見事、ト長調。彼の交響曲がもつ緊張感、特に冒頭楽章は常に短調もしくは調性不定ながらも短調的であったのに対し、最後の交響曲に至っては、最初から肩の力が抜けきったが如く、清涼なる鉄琴の音、そして軽味を帯びたト長調の素朴な雰囲気。ここにいたって、ニールセン、第5番までとは作曲姿勢が随分違ったのではなかろうか。第4番の「不滅」やら、第5番の「闘争、衝突」といったキーワードが第1次大戦と少なからず関係しているとしても、第6番では、それとは全く無関係なところで作曲が始まり、ベートーヴェンの「運命」以来の重厚な交響曲から一気に、モーツァルト以前のディベルティメント的世界へ転身、そして、それ故に、本来は曲の途中で一息つくべきト長調が、いきなり冒頭から現われている、と考えられるのかもしれない。今までとト長調の出てくるタイミングは相違するものの、彼にとってのト長調が、安らぎ、落ち付き、と繋がっているという点は同じ、と私には思えるのだ。

 余勢をかって、協奏曲も少々見てみますか。
 
 
バイオリン協奏曲、作品33、FS61(1911)。調性の表記なし。

 第1楽章第1部「前奏曲」はト短調のカデンツァ、そしてト長調の主題提示。続く第2部、高貴なるアレグロは、第1主題がト長調。第2主題がニ長調。第2楽章第1部、ポコ・アダージョは調性不定。続く第2部「ロンド」は、主題がニ長調。副次主題はト短調、変ホ長調。
 ここでも、ト長調は重要な位置にある。ただし、第6番を除いた交響曲とは違って、かなり最初に出てきている。交響曲の重厚な雰囲気の中で緊張感を解きほぐすというよりは、この協奏曲の明るさと嬉遊性を全面に打ち出すがごとく、冒頭カデンツァの緊張を最初に吹き飛ばしてト長調は打ちたてられている。

 フルート協奏曲、FS119(1926)。調性の表記なし。

 交響曲第6番の後の作品ということで、これもまた調性分析は困難。しかし、そんな中でやはりト長調はその存在感をアピールしている。第2楽章、冒頭の無調的な序奏の後、フルート・ソロで現われるのがこれまた素朴なト長調。楽章の最後も、この2/4拍子の主題が6/8拍子に変化して、「行進曲のテンポで」クラリネットによって愉快に再現される。

 クラリネット協奏曲、作品57、FS129(1928)。調性の表記なし。

 最後の大作・・・ここにはト長調の面影は見当たりませんでした・・・と言いますか、継続する調性感がほとんどないのではなかろうか・・・。ヘ長調の面影はちらりとするのだが。ニールセンもとうとう違う世界へと旅立ってしまいましたか。初演当時「違う惑星の音楽」と評されたとか?

 ざっと主要な作品ということで交響曲、協奏曲を見てきましたが、最後のクラリネット協奏曲を除いてほとんど、ト長調が重要な位置の主題として現われており、緊張感を解き、安らぎ、落ち付き、安定した調性を志向する傾向があることは確認できるのではと思います。ニールセンにとって、それだけト長調は、インスピレーションの涌きやすい特別な調性であったのかも知れません。
 その裏づけになるのかは分らないが、1つの例として、晩年のピアノ曲
「若い人と年寄りのためのピアノ音楽」作品53、FS148(1930)を挙げておこう。24の調性全てで1曲づつ書かれた小品集ながら、なぜかト長調の作品だけは2曲あるのだ。このあたりの詳しい事情は全く不明なのだが、彼とト長調の特別な関係、こんなところにも1つの謎として現われているので、最後に紹介させていただいた次第。よっぽど、ト長調という調性にインスピレーションが涌いてくる、ということなのかしら・・・。

 続いて、さらに彼の創作の足跡をたどって初期作品をみていこうと考えています。

(2002.1.19 Ms)
加筆(2002.1.30 Ms)


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