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Part14   7月の独り言


2012/07/31 (火)  女子柔道 松本・・・金 !!


引き手をしっかり掴んで組み合って技を掛けるのが見ていて・・・強いと感じる。
これは、勝てると話して・・・仕事に出た。
今朝、帰って来て新聞を見ると・・・矢張り金メダルだ !!(~o~)
レスリングだか相撲だか分らないようなことが罷り通っていたのが・・・
ルール改正でようやく見やすくなった感じである・・・

柔よく剛を制すが・・・柔道の心髄だと思う
最後まで諦めない・・・その闘争心・・・凄いな〜(*^_^*)
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今回のコピーの中に知里幸恵の一部と鍋沢ユキのカムイユカラなどもやった。
矢張り、その内容に大きな違いがある・・・
8月いっぱいで転記を完了した時点で・・・独自の金田一博士の踏査などの軌跡を
纏めて書いてみようと思う・・・(*^_^*)

本当はその洞察力から見抜いていた事柄を・・・気が付かない振りをする優しさ
その優しさが臍を噛むことになる・・・人の世界
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金田一博士の岩手弁の「こさけてる」という言葉が解らないでいたが
岩手のいとみちさんのホームページが開けるようになったので・・・
早速、メールした・・・
いとみちさんは、キノコ繋がりでお友達になった方・・・
 

2012/07/30 (月)  オリンピック・・・


日本頑張ってますネ〜・・・(*^_^*)
やっと夏らしい暑さに成ってるけど・・・カラっとして過しやすい
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明日は月末の早出になるからスパムを記録しておこう・・・今月は台湾1個のみで・・・累計244個
中国・韓国ルートは全く来なくなった(~o~)

今月、勝利宣言しても良いと思う・・・(^_^)v
長かったスパムとの闘い・・・私の理論が正しかったこと証明出来て嬉しい
これをユーカラ語(アイヌ雅語)で書いて浜益に残そうと思う(*^_^*)

ユーカラとはそう言うもので・・・闘った相手のことを後世に残すもの・・・
スパムの場合・・・ツトイ-レプンクルは、中国と韓国が代表的な敵(*^_^*)
さぁーーー・・・スパムの分布地図を書いて公開しようかな?
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ユーカラで負けを意味するKira(逃げる)・・・問題を解決出来ない・・・
或るサイトでスパムに対応するには、隠れるしかないと云うのが・・・秘伝らしい(*^_^*)
逃げるしかないのに・・・秘伝とは論理がクラッシュしている・・・

確かに適わないのなら・・・力を付けるまで時期を待つ忍耐力も必須
それを戦略と云う・・・(*^_^*)
勝つための工程表と云った方がよいかも・・・
北方領土で外務大臣が行っているけど・・・恐らくユーカラを理解してないと思う。
樺太にはハウキが在って・・・千島近辺にはサコロペが在った・・・
何故?・・・サコロペは、女子の謡いものかと云うと・・・

チュプカメノコは、イイ女ばかりだけれど・・・男は弱いそうです(*^_^*)
でも、ワカルパ翁のお話しではチュプカウンクルは、Pawetokで
言葉に力がある・・・
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アイヌの童話として昭和23年に発表された
「りくんべつの翁」をアップした
これは、金田一博士が童話として発表されているものだが・・・
原文を訳すと子供にはチトまずい表現がある・・・(*^_^*)
原文で読んで貰った方が良いのかもしれない。
訳したものは、年齢制限しようと思っている・・・メノコユーカラもそうだ・・・(*^_^*)
 

2012/07/29 ()  沙流の情報網・・・


コポアヌ媼は、大正元年に金田一博士と出会って・・・
大正2年・3年・4年・6年・7年・8年・10年・11年・12年・14年と金田一博士に協力した・・・
その最後の大正14年の時に・・・モナシノウク媼(金成マツの母)のことを伝えているようです。

と云うことは・・・金成・知里家はShisam sani と云うことらしい(*^_^*)
鍋沢元蔵翁もShisam sani(血筋)・・・
だから、エカシキリが曖昧になってしまうことが分った。
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ラマンテ(狩り)=マタギに依る獲物でお宝を飾り、ポロチセで政ごとをするニシパ
マタギが下手くそでチャランケで騙してお宝を奪うのも居た
それとかトパットミ(夜盗)政ごとを破壊する行為

そう言ったアイヌ社会を破壊する出来事を記録したのがユーカラであると思う。
それで沙流の豪族の男子のみで伝承されていた。
 

2012/07/28 (土)  熊送り(Iomante)・・・


イオマンテと一般に知られているが・・・沙流ではKeomante と云って夜にやるらしい・・・
ワカルパ翁の云う通りである。

その儀式が実際に行われたのをコポアヌ媼が事細かに伝えている・・・
これは、凄い資料です・・・熊の腹を割いて血を飲むらしいが・・・
胸を患った人とか体力の回復の必要な人にも優先して飲ませたらしい・・・

其れくらい・・・熊と云うのはアイヌにとって貴重な Kamui chikoikip だったこと分った。
食べ物が即、薬の考えは正しい・・・(*^_^*)
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それと、ずっと分らなかったオピンと平賀サダモさんのことも分った。
タウクノ媼の姉ウレシパツクが育てた和人の子・・・渾名が鼻ツブレ馬のワランジの名も
分った(*^_^*)

アイヌの童話として昭和23年に発表された「りくんべつの翁」を読んでみると・・・
原文で読んだ方が格別に面白いですネ〜
これは、私が生まれる前の年に発表されているものだから・・・
その表現力を考えると・・・驚いてしまう(*^_^*)
小説で云えば浪漫主義の良さが満ちあふれている・・・
絵で云えばドラクラアと云ったところでしょう・・・(*^_^*)
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ドラクロアのようにワカルパ翁のユーカラを描いてから死にたいものです。(*^_^*)
ドラクロアの「パシャと異教徒の闘い」のように描いてみたい・・・
金田一博士が世界の五大叙事詩の一つとされている所以・・・

それを感じ取れるアイヌが現在、存在しているのか?・・・それが問題 ! !
折角、沙流の人達が残してくれたユーカラ曼陀羅・・・
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オリンピックが開かれているけど・・・何か空しい感じがする
計画停電を気にしながら生活している日本・・・
ヨーロッパは、危機に瀕しているのにはしゃいでいる・・・(*^_^*)
 

2012/07/27 (金)  知らない間に・・・


どんどんリンクの人達・・・消えて行っている(*^_^*)
ホームページは、本を出版するように自由に発表する場として優れている。
何故?・・・利用しないのだろう?

これは、以外と簡単な理由があるんです・・・昔10年前ホームページビルダーと云う
厄介なソフトでホームページを造っていたから・・・(-_-;)

出版専用のソフトもある・・・DTP[Desk Top Pablishing]
その場合、Post Script言語 のコピー機を使わないと無理になる

そんなことを考えなくても・・・印刷出来るHTMLに気が付いた方が勝ちです。(^_^)v
今日、書いたことを今日配信できる・・・
レイアウトだとかファイルサイズを考えて・・・なるべくナローバンドの方にも配信する工夫
それがサイト(ホームページ)管理者の役目かも・・・(*^_^*)
それを知らないのが溢れてしまったので・・・衰退した?
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道立図書館へ行ってコビーしてきた・・・265枚 二時間半掛かった
100枚多くなったのは・・・予定外のものもコビーしたから・・・
留萌のニシパの話もあったので・・・(*^_^*)

留萌と云うと日本海オロロンラインが開通してから身近な町になって
留萌のウゥエペケレの存在を教えて上げようと思ったから・・・
 

2012/07/26 (木)  今日は休み・・・


仕事場のエアコン壊れたので暑かった(*^_^*)
それで・・・今日は道立図書館行きは取り止めて・・・浜益で貰ってきたKamui chikoikip(熊)
の肉の味噌煮込みに挑戦しようと思っている・・・(*^_^*)

二日前に下拵えの味噌漬けをしたんだけど・・・矢張り可成り獣臭い(*^_^*)
女房が外出している間にやって寝てしまったので・・・
帰ってきたらその匂いが充満していて凄かったらしい・・・
そこいら中・・・ファブリーズしたらしい。

それで何と言ったかというと・・・あんな臭いモノ本当に食べるの? !!・・・だって(*^_^*)
キムンカムイ(熊)は、シランバカムイ(樹の親分)のトポチ(家来)
シランバカムイにお酒を献じたから・・・食べさせてくれるんだもの・・・
絶対、食べる・・・ゴボウと蒟蒻買って置いてくれ!!(*^_^*)

Netで熊肉の食べ方は、調べてあるので・・・今日やってみる
私は、仕上げを圧力鍋でやってみる・・・
成功したら・・・続きをかきます(*^_^*)

結果・・・匂いも可成り薄くなり丁度、昔食べた鯨の缶詰に似た食感
酒の肴には、もってこいの出来映え(^_^)v
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今日は、大正7年、釧路は春採の2篇をアップした・・・
ここまで来ると・・・その当時何とか残っていたものが如何に少ないものか分かる。

多くの本に知里家と金成家の協力で金田一博士の研究が成り立っていると
書かれているのは・・・半分嘘であると確信する。(*^_^*)

知里幸恵が上京する大正11年までに筆録の重要なものは終っている
そして・・・ユーカラ・ハウ・サコロペ・ハウキの特徴を
又、カムイユカラ・カムイウゥエペケレなどの特徴を把握されている
それなのに何故?・・・知里幸恵のものをカムイユカラ(神謡)として
出版の手助けをしたのか?・・・金成マツさんのものをユーカラとしたのか?
それに依って後世のアイヌ文化の研究が混乱することを予測出来なかったのか?

アイヌ文化は、狩猟民族の文化で・・・世界でも貴重な文化として捉えないといけない。
食物連鎖の頂点に立つ人間の在り方をその哲学に持っている民族文化

現在、我々が手にしている電子頭脳(パソコン)のデータベースを伝承で
続けていたアイヌの世界・・・それが沙流の伝承
それを真似たのがハウでありハウキでありサコロペだと思う。
どこにも入らないものが・・・幌別のものと考えるべきだと思う

ハウ・ハウキ・サコロペには、その特徴がはっきり見て取れる。
確かに100年前は、色々時代の事情があったにせよ
真実をハッキリ発表する必要が研究者(先駆者)には在ったと思われる
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そうしたら沙流の人達の残したものが百年も埋もれずに済んだと思う
徳川幕府が崩壊して西欧の文化に切り替えて・・・突き進んできた日本
その列強のヨーロッパが今、崩壊しつつある・・・(*^_^*)

何世紀も真実として普遍性を持つ哲学を学ぶ時期にきていると思う・・・人間
アイヌのユーカラは、そういうものだと思う(^_^)v
 

2012/07/25 (水)  Sakorope(サコロペ)・・・


釧路の春採のサコロペを大正七年に筆録されているのだが・・・
ユーカラとどう関係あるのか?として転記している・・・(*^_^*)
サコロペは、同じ年に阿寒のサコロペも筆録されているが・・・既に転記は終っている。

この年に、旭川の近文に金成マツさん宅を訪問して・・・有名なお話しに成っている。
恐らく、金田一博士は、モナシノウク媼のものを聞きたかったと思うが・・・
聞き取りに失敗している・・・寧ろモナシノウク媼は、拒んだのではないか?
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明治40年の樺太の日記を読むと・・・伝承を持っている人は、本当は聞いて貰いたいと
思っているが・・・子供のような純粋性からナカナカやらない(*^_^*)
旨く乗せて・・・とうとうクサエ(ラマンテ)から筆録出来た。

拒むようなアイヌは、伝承ではないこと知っているからだと思う・・・

金田一博士は、樺太のアイヌ・沙流のアイヌ・メナシのアイヌ・石狩のアイヌ
色々なアイヌに逢って・・・発音通りに筆記されている
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明日、休みなのでマイクロフィルムコードNo418の残っている170枚ほどコピー
それを八月イッパイで転記すれば・・・一段落
大正四年の樺太踏査を除いて一通り目を通したことになる。

金田一博士の云われていることのモトになっていることが解って来た。
それを纏めてみようと思っている。
ワカルパ/フォルクローレを基本にすると見えてくるんです(*^_^*)
 

2012/07/24 (火) Hauか ? Yukara か ? ・・・(*^_^*)


恐らくは、女子の創作であろうと思う・・・(*^_^*)

カムイノミと同じ扱いをしていた沙流の男子(豪族の上層部)のユーカラ・・・
カムイノミは、女子には聞こえないようにしていた・・・
ユーカラは、女子がやるのを禁じていた・・・(*^_^*)
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金田一博士が
Hauと仰っているものをアップしてみた・・・(*^_^*)
Yukara と Hau を一言で云ってみると・・・
Hau は Yukara の言葉を使って沙流以外で造られたもの・・・かな?
サコロペは、女子が造った謡いもので散文的な感じ・・・
樺太のハウキもYukara に習って・・・独自に創作したもの

幌別の知里幸恵の使っている言葉は、サコロペに酷似している・・・
金成マツさんのものには、沙流では決して女子がやらない題名のものがある
内容は、全く違ったものであるが・・・(*^_^*)
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今回アップしたものは、私も Hau の一種だと思う・・・
Hau は、構成もしっかりしているが・・・
今回のは言葉が乱れているし・・・テーマが曖昧である
 

2012/07/23 (月)  計画停電・・・


今日から計画停電の期間に入ったが・・・どうやら秋のような気候・・・(^_^)v
このままだと計画停電は、無いだろうネ(^_-)

原発が無くても・・・何とか生活出来るのなら原発は北海道から無くした方が良い。
自然災害なら住民の知恵で乗り越えられるが・・・核は kamiashi (化け物)
そんなもの造って・・・子孫に残すのは罪だと思うが・・・?(*^_^*)
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前回のマイクロフィルムからのコピーの中に・・・転記を外していたのを
もう一度、見てみると・・・金田一博士がHau ナラン ! と書いておられたので
Hau なら4篇ばかり転記しているので外したものだった。

ところがシヌタプカが出てくるしポイヤウンペも出てくる。(*^_^*)
何故?金田一博士は、Hau とされたのか?・・・今、改めて転記している。
筆録年度は、大正十一年のもの

これは、ユーカラの定義上、重要な意味を持っている・・・
金成マツさんのものをどう位置づけるかと云うことにも掛かってくる。
それに依って八重九郎翁のサコロペとされているものも Hau と捉えるようになり
樺太のハウキの位置づけも決まってくる・・・
分類がすっきりするんですよネ
これは、私一人のことなので・・・まぁ参考にされる方も何人かいらっしゃるかも(*^_^*)

色々な矛盾点・謎が解きほぐれるんです・・・(*^_^*)
 

2012/07/22 ()  三合炊き炊飯ジャー・・・


昨日、浜益から帰って来て・・・鍋では飯は炊けないな〜と話して・・・
眠たくなって・・・夕方目が覚めると・・・三合炊きのジャーを娘達と買ってきてくれた。
今朝、仕事から帰ってきたら・・・一合の米、試験炊きしてくれていた・・・
そのまま、今日も娘と女房は幌村に行ってしまった(*^_^*)

後、一年半もすると・・・リタイヤして絵三昧の貧乏暮らしになるので・・・
アイヌの知恵をしっかり学んで於いて・・・食べ物には不自由しないようにしなければネ

小遣い貯めて・・・薫製窯を造って・・・冷薫に挑戦とか・・・
一冬を過ごせる食料を米以外備蓄して乗り切るとか・・・面白そうです(*^_^*)

巻ストーブでお釜で炊いた御飯って・・・本当に旨かった・・・
私は、中学生の頃・・・飯炊きは上手であった・・・

始めチョロチョロ・・・中パッパ・・・赤子泣いても蓋取るな・・・その通り
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米を研ぐのは、スピードと・・・なんせ濁りを流すに徹する・・・
信じられない位、米を精米したら滓残っているもの・・・糠
研いでも研いでも・・・濁る米の不思議・・・
でも、その糠臭さが残らない度合いが分かると・・・いよいよ炊きに入る。

昔のお釜にはツバが付いていて・・・薪ストーブには輪っかが四重くらいに成っていて
家族が多いと・・・大きな釜のツバまで沈めて・・・ガンガン炊く

吹きこぼれが蒸気だけになったら・・・空かさずストーブ蓋のリング全部と真ん中の蓋を嵌め
そして・・・じっくり蒸す。暫くして初めて釜の蓋を開いて御飯を解す

どうしても、途中で蓋を開いて見てしまうが、出来上がりが全然違ってしまう。
キツネ色のお焦げもお八つ代わりに食べるのもイイ(^_^)v
何秒間のタイミングの差で最高のお焦げが出来る
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良い絵も・・・丁度良いお焦げ具合のものかも知れない
ワカルパ翁のユーカラもそのような味を感じる・・・(*^_^*)
 

2012/07/21 (土)  21篇のアップ・・・


8日からの転記が21篇在って・・・アップして3時間掛かった・・・(*^_^*)
これで、表に出ているだけで115篇に成った・・・後25篇・・・合計140篇に成ると思う。

これが所謂、沙流と周辺地域のユーカラ曼陀羅の正体・・・
そして、ワカルパ/フォルクローレを読まないと永久に解らないことでもある。
宇梶静江さんにアイヌ哲学を深めて頂きたいですネ〜
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アイヌ(狩猟民族)の哲学がこんなにも凄いものだとは、農耕民族(和人)には理解が難しい
和人の米・漆器・刀・・・これがアイヌの宝で在った・・・
和人が珍重したもの・・・矢に使う鳥の羽・乗馬の股摺れ防止のラッコ皮・・・
腹痛の薬・熊の胆・・・鷹狩りの鷹・・・

例えば・・・山菜を採りに行って・・・迷って死ぬのは頓死・・・
山に入ると・・・昆虫の数の多さに唖然とする・・・それを食べる鳥
昆虫同士でも食べる・・・その食物連鎖の上位に立っているのをアイヌはカムイと云う

自然の中の食べられる植物・・・毒草を知っていると殆ど食べられる
それを知っているのがアイヌ・・・
日本は、自然に恵まれた国土を持っているので・・・春から秋に掛けて備蓄すれば
北朝鮮のような餓死は有り得ない・・・
生命を維持する知恵は、経済のことばかりを云ってると可笑しくなる・・・?
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ヨーロッパ危機が更に深刻化しつつある・・・誤魔化しの構図
絶対多数の絶対幸福って有り得ないものなのに・・・信じてしまった不幸
生活補助が四人に一人の世界に成っているのは、人間の世界では無い
仏教の六道から云えば・・・家畜(畜生)の世界

自然の知恵を学び・・・それを受け継いでいく・・・それが人類の道筋だと思う
何処から来て何処へ行く・・・永遠のテーマなのかも知れないが・・・
単純に自然の一部でしかない人類・・・笑いが最大幸福なのかも知れない。

矢張り、男は闘う姿勢がなければ・・・面白くない奴と映る
闘いを逃げると・・・イジメに遭うメカニズム・・・動物の掟
人間は動物の一種だと云うことを忘れているハンカクサイ動物です(*^_^*)

ヒッグス粒子を発見したと騒いでいますが・・・お釈迦様が云っている如来なんですネ
科学では解けない限界・・・人間の知恵は、0.618黄金比・・・
それを表現すると・・・一番美しく感じる比率・・・何処までもつきまとう比率
 

2012/07/20 (金)  リフレッシュ・・・(^_^)v


19日仕事が終って浜益に直行・・・コンビニで朝飯の冷やしラーメンと
ビールと酒パック・ワンカップ・ヨーグルト等買って・・・幌村へ
先ず、茗荷の育ち具合を見て・・・色づき始めたグスベリを幾らかもいで・・・
別荘で窓を開け・・・風が通るようにして・・・涼しい潮風が通り抜ける・・・
海を見ながら・・・ビールを飲む・・・うまか〜(~o~)

築港へナマコを見に行く・・・大きいのを一匹見つけた・・・でも、見るだけ(*^_^*)
別荘に帰って今度はお酒を少し飲んで・・・眠たくなったからソファーで寝る
目が覚めると午後4時だった・・・日暮れまでには相当時間があるので
ワンカップを持って・・・黄金山の麓のシランバカムイ(樹齢千五百年のオンコの樹)に
今までユーカラの研究を見守って呉れたお礼にお酒を献じた。(*^_^*)

シランバカムイに逢うのは、今回が二回目なんだけど・・・不思議なことが在った・・・
約三年前・・・熊除けの鈴を付けて歩いていると・・・
チチッ チチッと姿は見えない鳥に迎えられた

今回は、お酒を奉じて・・・駐車場まで帰ってきて原始の森って生命が満ちあふれて
いるのをじっと見渡していると・・・直ぐの笹藪でチチッ チチッと鳴いている声を聴く
目を懲らすと一瞬小さな鳥が此方を見ているのを捉えた。
そしたら居なくなった・・・シランバカムイのトポチ(家来)なのか?
お前、行って挨拶して来い !! と云うような感じの出来事だった(*^_^*)

帰りの道すがら・・・浜益温泉に入ってサッパリして・・・

別荘に帰ってきて・・・女房が用意してくれてた米を研いで鍋で煮る
炊飯器は、在るんだけど一升炊きの炊飯器だから・・・(*^_^*)
矢張り、巧く炊けない
夜通しテレビを見ていて・・・秋のように寒いからタオルケットにくるまって
お酒も飲んで・・・眠たくなったからフトン敷いて寝た。
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朝、八時に目が覚めた・・・顔洗って・・・朝飯代りにサクランボ食べに行く
善盛園の社長が居たので・・・おはよ〜(^O^)

ようやく休み取れたことを云って・・・準備作業の真っ最中に行ったものだから
忙しい中、少しお話し出来た・・・
店頭に極小さな瓶に「熊の油」2980円とあるのが気になったので・・・訊いてみた
そうしたら・・・昨年の秋に新聞に載っていた幌川で死んでいた熊のもの
経緯を訊いてみると・・・昨年はドングリなど不作で果樹園に熊が出没したらしい

奥の木村果樹園では、木を沢山倒して被害があったらしい・・・
善盛園では、私が杏の絵を描く時に提供してくれた小屋の近くに
糞をしていたらしい・・・それでハンターが出て・・・手負いになったらしい

一時、国道を封鎖する騒ぎにまで成ったらしくて・・・猟友会も出たらしい
そして命尽きて幌川の河口近くで見つかったらしい・・・
大きな熊で・・・全長3メートルくらいも在ったらしい

それを記録しているので・・・その内画像を貰います(*^_^*)
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渡辺さんが・・・肉喰うか?と云うので・・・喰いたい !!
そうしたら奥さんの店に寄って貰っていけ ! と仰る(^_^)v

朝飯代りにサクランボを腹に詰めて・・・飯炊きの鍋の焦げなど洗って・・・
奥さんの店へ寄ったら・・・銀行へ行っていると云うお話し・・・
コーヒーを飲みながら待っていると・・・直に帰って来られた。
訳をお話しして・・・二つ欲しいとお願いした・・・
そうしたら肉の固まり二つ呉れた・・・700gと800g

一つは勿論、私が初めて食べるキムンカイムの肉・・・700g
もう一つは、ユーカラを教えて下さった赤崎さんのご主人用・・・
こちらには、脂身が付いているから・・・(*^_^*)
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シランバカムイにお酒を献じたので・・・そのお返しなのか?かな?(*^_^*)
 

2012/07/18 (水)  さぁーーーて・・・(*^_^*)


明日は、仕事が終ったら・・・幌村に直行しようかな?
タマクマさんがウニ漁やっているみたいだから・・・大きいの10個ほど譲って貰って
生ウニと焼きウニでビール・・・イイんでないかい! (^_^)v

置いてあるF60号のキャンバスの黄金分割の線も入れておこうかな?(
シランバカムイにも見守ってくれた感謝の気持ちで逢ってこよう・・・*^_^*)
八月いっぱいでユーカラの転記が終ったら・・・9月からシヌタプカの絵を描こう

平行してアイヌ雅語翻訳の辞典を纏めて・・・来年から本格、翻訳に移ろうと思う・・・

まだまだアイヌ雅語とか言い回しが解らないが・・・金田一博士も同じ道を辿っていらして
その後を虱潰しに辿っていくしかない・・・(*^_^*)
膨大な情報量だからパソコンを駆使しなければ・・・活字にするとウンザリするかも(*^_^*)
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百年前、消えゆくユーカラに心を痛めて・・・必至に保存に協力した沙流の人々
それをそのまま世に出せる役割を授かったことに不思議な気がする。

アイヌ文化の核・・・哲学のユーカラ曼陀羅・・・
オキクルミ=オイナカムイのオイナ・・・そのメノコ版
ポイヤウンペ=ユーカラカムイ・・・そのメノコ版
何れも登場人物などは、限定されている特徴がある・・・

その他に樹・火・水・動物・鳥の神々・・・それらの出自などを明らかにする
カムイユカラ・ウパシクマ・カムイイソイタク・・・これらも厳格な韻律を備えている。
これは、曼陀羅の一部に属している。

個別的なものは、ウゥエペケレと云う散文形式の謡いものではない。
今まで転記して、はっきり解ってきたことである(*^_^*)
ワカルパ/フォルクローレで説明されていることと一致するのは驚く
ワカルパ翁の嘘だけは言わないことを土産に来たと云う言葉は重い。

十勝のユカラ
Otashutunkuru のみで それと戦うのは
Shisarunkuru Shimukaunkuru Nikapunkuru Shiyapetunkuru
これを知っていたのは、ワカルパ翁だけであったのかも知れない。

アイヌの真実をアイヌも解らなくなっていた事実として捉えなければいけない。
十勝のユカラ(hau)は、完全に途絶えていたと云うこと・・・

2012/07/17 (火)  少し息をつこうか?・・・(*^_^*)


7日にコピーしてきたものの転記が明日一段落するので・・・連休は幌村で
のんびり遊んで来ようかな?

日曜日に家族が焼きウニをした話を聞いて・・・ウニ喰いたか〜(*^_^*)
潮風に吹かれて少しリフレッシュしなければネ〜
 

2012/07/16 (月)  ようやく休める・・・(^_^)v


今度の19・20日に休みが決まって・・・やれやれ(*^_^*)

休みにアップするユカラなど18篇には成ると思う・・・
Shisam uwepekere が挟まっていたけれど・・・金田一博士が訳されていた筈だが・・・
原文転記して・・・紹介したほうが良いでしょうネ(*^_^*)
アイヌは決して和人を敵視していなくて・・・同じ人間として悩みは皆同じと云うことを伝えている。
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金田一博士〜啄木〜近江ジンさんの繋がりで・・・近江ジンさんに詳しい方
メール下さった(^_^)v・・・
フィールドさん
 

2012/07/15 ()  ずっと休み無し・・・(*^_^*)


私は休みじゃないが・・・家族は、幌村にさくらんぼ狩りに・・・今回は
美瑛の義兄さん家族と待ち合わせ・・・天気が良くて・・・(^O^)

新しい人が見つかって・・・火曜日から実戦配備・・・ようやく休める(*^_^*)
 

2012/07/14 (土)  平賀ハル・・・


大正8年に母親のコポアヌ媼と45歳の娘ハルさんと上京して・・・
幻のユーカラ Hure epeshep を伝えたときハルさんは、Oina を伝えている。
転記してみるとタウクノ媼のOina に筋書きがそっくり・・・
タウクノ媼のは、諧謔を含ませているあたり・・・原典に近いと思う(*^_^*)

沙流のユーカラ群の原典と思われるものには・・・無駄が無く整っていて
そのくせ・・・プッと吹き出しそうになる諧謔がある・・・
金成マツさんの筆録したものには、それが欠けている・・・
沙流のものを全部転記したら・・・そのことが良く解ると思う
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最近、Googleの検索窓から「アイヌ叙事詩」で検索してみると・・・
宇梶剛士氏のお母さん静江さんにトップを奪われてしまっていた・・・(*^_^*)
私がユーカラに取り組んで来て本当に良かったと思い。又、続ける気持ちを
高めて呉れる言葉に感謝したい・・・それを書いておこう。

アイヌは収奪のために武器を作って殺戮をしたことはありません。
殺されたから殺すという敵討ちの発想もない。
一族の指導者には人格者を選び、世襲にはしない。
そういうことは強い信念を持っていなければ出来ないことだと思うのです。
アイヌ刺繍を始めてから、わたしは深いモラルや哲学に
もとづいたアイヌの精神をたくさんいただいています。
そして、先祖たちの思いをさかのぼり、自分の民族について
理解が深まるたびに、わたし自身が解放されていったんです。
誇るべき文化が、わたしたちには受け継がれています。
このことは、なんとしても同胞たちにも伝えていかなくてはいけません。
自分たちの文化に誇りを持ち、自信を取り戻し、
自分自身を愛してほしい。それがわたしの願いです。

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ヨーロッパ危機・・・資本主義の限界が顕在化しつつあるのだと思う。
アメリカの社会学者ロバート・K・マートン著「社会理論と社会構造」を
もう一辺読み返す必要があるような気がする。
色々な矛盾を止揚しなければ・・・このままだと崩壊してしまう。

宇梶静江さんの
アイヌは収奪のために武器を作って殺戮をしたことはありません。
と云うのは、沙流では当て嵌まるが・・・十勝では当て嵌まらない
そういうことを知るとアイヌ文化が高次に止揚出来るような気がする。
原始の生活は狩猟によるもので・・・人間が自然界で生きていく知恵がある。

農耕社会の発達で変化してきた日本社会・・・歪みが出てくる
折角、100年前までは蝦夷に残っていたアイヌの狩猟世界の知恵
それがユーカラの正体だと感じる(*^_^*)
両方の知恵を融合させて・・・北海道文化を止揚させなければならないかも

 

2012/07/13 (金)  いいもの見つけた・・・(^_^)v


コポアヌ媼がオイナとカムイユカラについて触れているメモがあった・・・
それに依ると・・・

オキクルミの
yaye yukara(自身が語るユカラ)を Oina と云う
熊とか狐とかが云うものを Kamui yukara と云う
Hau
と云うのは moshma (沙流以外)のものを云うハウキも Hau の一種
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Okkayo yukara があって Menoko yukara がある
Oina にもmenoko バージョンがあるから私は、Menoko oina と名付けようと思う。
そうしたら不思議とすっきり整理されるんですネ〜(*^_^*)

oina kamui yukara にはサケヘと云うリフレィンがあるのが特徴・・・
散文形式のものはUwepekere と云う
Yukara と云うのは・・・独特の言葉と韻律と形式を保有していて・・・
Oina と kamui yukara は同じ形態をもっている・・・古いモノ

Uwepeke kamui uwepeke とは、散文で個別的な情報で大切なもの・・・
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ユーカラ曼陀羅のように・・・沙流では伝承を守るように一人ではなく
集団で分担して受け持っていたことと・・・それに誇りを感じていたんだと思う。
 

2012/07/12 (木)  カムイユカラ・・・


面白いカムイユカラが続々と出てくる・・・(*^_^*)
金田一博士のユーカラノートのものを全部転記したら・・・アイヌの人達は、意識が変わると思う。
差別を受けたとか・・・ネガティブの方ばかりが強調されて・・・
金田一博士が仰っていた世界五大叙事詩のひとつがアイヌ叙事詩である・・・と
そして、民族として存続するには、克服をしなければならない問題を教えている。
又、それを悠久に受け継ぐ体制が整ったときが・・・皆、支援するであろう・・・と

先日、テレビでポジティプな思考状態の方が長生きするそうな・・・(*^_^*)
つまり、闘い状態のような環境・・・確かにスパムと闘うときは、多勢に無勢だけども・・・
怯まず・・・闘いながら敵の正体を見切った時に勝負がつく
後は、掃討作戦に移るのは・・・常道

今月は、今のところスパム・・・ゼロなので完全勝利を宣言出来るか?
来月になるのか?・・・スパム撲滅理論はほぼ正しかったと思える。(*^_^*)
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Mozilla でずっとやってきて警告がでたので・・・Operaに変えたがPDFが読めない(*^_^*)
今更、Internet Explorer を起動するのも忌々しい・・・調べてみると
Lunascape6とKIKI 云うブラウザがあったのでインストールした・・・
ちゃんとPDFが表示される・・・しかし、Internet explorerと同じ仕様なのか?
ワカルパ翁のエカシキリが乱れて表示されるので・・・諦めた。

そして、Opera でPDFを読めないことは、私一人でないこと分かってホッとした。
方法があるあるんですネ〜(^_^)v

その内、メインOSは、Linuxになると思っている・・・私
 

2012/07/11 (水)  コポアヌ媼・・・


マイクロフィルム コードNo 417 を何とか終らすことが出来た・・・4日で9編筆録
散文形式のものが多かったせいで・・・段落の取り方に時間を喰ってしまった(*^_^*)

これからコードNo 423 になるが・・・何日掛かるかな?
今回のコピーには、釧路とかのものも何篇か含まれているが後回し(*^_^*)

ワカルパ/フォルクローレで十勝のハウ(ユカラ)がどう云うものか・・・
ワカルパ翁は説明しているが・・・シャクシャインの時にすっかり姿を消したのでしょう
金田一博士の踏査でも既に無くなっていたこと分かる。
其れに引き替え・・・樺太のアイヌはハウキと云う形で叙事詩を残している。

コシャマイン・シャクシャイン・メナシークナシリの蜂起を即、アイヌ対和人とするのは
全くの間違い・・・コシャマインは、渡り党の闘いであって・・・
シャクシャインは、ユカラ上の敵・・・レブンクル
メナシ・クナシリのツキノィエは、矢張り優れた弟を殺したレプンクル
 

2012/07/10 (火)  あっと云う間に・・・(*^_^*)


アイヌ カッケマッのコポアヌ媼は、頭の良い人で・・・面白い人
人望も厚かったと思われるのは・・・本当の伝承者なら彼女だけには教えたようで・・・
金田一博士に協力しなかった人達からも聞き出して博士に伝えた。

転記2枚4頁とか3枚6頁の短篇ものでも・・・そのテーマがしっかりしていて面白い
だから10枚くらいは、あっと云う間に時間が過ぎてしまう(*^_^*)
金田一博士の筆録ノートを全部訳したら・・・その素晴らしさに世界の人が目を見張ると思う。
しかし、金田一博士が25年間に踏査したものだけに・・・膨大であるが為
一人の作業では到底無理だと思うので・・・転記だけでもしておくと
私の後・・・引き継いで呉れる若者が即、翻訳に入れるような気がしている。

ワカルパ翁没後、百年にして・・・沙流の人達の残したユーカラ曼陀羅を
兎に角、原文だけでも世に出せることは、光栄なことだと思っている。
世界文学全集なども読破した私だけど・・・狩猟民族の思考・表現力って凄いと思う。
丸で名画を観ているような感覚・・・
世界は広い・・・狩猟民族の叙事詩に釘付けになる人・・・可成りいらっしゃると思っている
現代人が忘れかけている・・・何か大事なものを呼び起こして呉れそうな気がする。
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mintara kamui のモトについてのことをコポアヌ媼・・・が話している
濁り酒(ドブロク)を作ると・・・笊をterekere して糟が残る・・・それをシラリと云う
其れを戸口の柱に捧げて・・・ミンタラ(庭)にもチャラパ(振舞)するらしい
ミンダラ(ミンタラ)とは、出会いの場を云うような気がしてきました。

宵から深夜まで化け物とか集まって騒がしい・・・カムイミンタラ
深夜から夜明けまで歌とか踊りとか楽しむ・・・ペケレカムイ(善神)
ミンタラとは、場を意味していて・・・そこを司る神にも持て成しをするアイヌ

Han chikiki は、そこらへんを鋭く子供に教える物語だと思う・・・
知ったかぶりをするカラス・・・神々の怒りを買う
招待されなかった神の僻み・・・(*^_^*)

簡潔にしてテーマを鋭く表現しているカムイユカラ・・・処世術に繋がる。
知里幸恵の
Shirokani ranran pishkan は、子供から・・・
村を守っている神を殺したら村はどうなるの?・・・と質問されたら?
鍋沢ユキの
pishka toa pishka では、ケソラプカムイ(霊鳥)で
ニシパに憑く守り神・・・ポイヤウンペに憑いている神

沙流の場合は、神々の整合性に矛盾は感じられない。
又、梟
kotan koro kamui はオキクルミ(オイナカムイ)も拝む神
おまけに火神(カムイフチ)が飯を炊いて食べさせる偉い神
その神を取り違えてしまうと最早、カムイユカラではないと思う。

コポアヌ媼は「女は神事を聞くものでもないし、やるものでもないので知らぬ」と
カムイノミは男がやるものと徹底している・・・雅語に精通している男と
それでないと逆に神の怒りを買うことになるから・・・
神々の祈りの言葉の橋渡しをするカムイフチは女だからでしょう(*^_^*)
 

2012/07/09 (月)  Upopo・・・祭りの歌?


コポアヌ媼がウポポを説明しているが・・・Otkeni 婆さんが根室のものを沙流にもたらしたものだから・・・
意味の分からない言葉があるそう・・・(*^_^*)
トパットミ(夜襲)のことを教えたものが・・・ウポポとして残っているらしい
ワカルパ/フォルクローレに残っているもの・・・
祭りの歌では無くて・・・村人が集まったとき団結力を高める為の警告なとが正体らしい・・・
音からして楽しい響きを持っているが・・・遊びではないことのようである。(*^_^*)
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紫雲古津の人達は、分からないことは、正直に分からないとハッキリ言う
ものを知っていると云う・・・パラドックス
自然界の生物に近い環境の狩猟の世界・・・知ったかぶりをすると命を落とす
だから知っている人の教えを乞う・・・素直さが必須

人として生きる時・・・その頭脳の働きに悩み続けながら死んでいく・・・
自分は、一体何者なんだ?・・・先祖の6代前くらいまで知ると・・・やっとホッとする
それが分からないと・・・心(頭脳)が乱れる
仏教の場合は、菩提寺に過去帳があって・・・先祖を辿ることが出来る・・・

アイヌでは、死んだ人の名前は呼ばないのが鉄則らしくて・・・
鍋沢ユキは、自分の父のことを Sinrit と表現している・・・意味は根っこ(所謂ルーツ〕
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ユーカラの中に
ikewehomsu と云う言葉が出てくるが・・・私は勝ち鬨と訳している
今回、タウクノ媼の
Kamui oro itak として転記することが出来た。
ユーカラの言葉は、詩の言葉(雅語)だから
yayan itak (日常語)を使うと
Uwepekere のようになること分かった(*^_^*)

kamui yukara  kamui isoitak  kamui uwepekere  kamui upashkuma  kamui oro itak など
その違いの定義を確立するにはその全てが揃ってないと出来ない。
沙流の場合、カムイユカラ(神謡)と云うのは、ユカラ語と構造で構成されている・・・
幌別のものは、kamui uwepekere でユカラではないこと分かった。
沙流の場合・・・その分類が厳格に把握されていたことも分かった。
 

2012/07/08 ()  コポアヌ媼・・・


大正元年に東京に来ていたコポアヌ媼・・・それから金田一博士との付き合いが始まった。
大正14年まで伝承を伝えたり・・・沙流アイヌの文化を残すのに協力した・・・
それと恐らく金田一博士の踏査にも協力したんだと思う・・・

ユーカラ集第8巻からワカルパ翁のユーカラに切り替えた時・・・
ワカルパ翁が上野で撮った写真と
コポアヌ媼のチセに泊めて貰った時の写真を載せている・・・
ape etok(rorunso)に座っている博士と・・・Shiso に座っている
夫のrenkauk とコポアヌ媼・・・Nishpa mutpe がouka uiru・・・
カリンパ(桜の皮)の弓があり・・・ポンケマラッキを付けているコポアヌ媼・・・
実際に生活しているアイヌの姿をそのまま写していて・・・貴重なものだと思う
それにしても、金田一博士の耳の大きさには驚いてしまう(*^_^*)

大正7年に旭川の金成マツさんを訪れた時の生活振りとは・・・相当隔たっていて・・・
沙流ではユキと言う少女が居て・・・母親と一緒で伝承を大切にしていた。

沙流の場合・・・特に三大豪族は、全体で子供たちを保護していた・・・
和人の子供も差別無しで育てていた・・・
人として・・・時代がどうであれ・・・アイヌ(人)として生まれた以上何かの役に立ちたい要求
何かを知りたい要求・・・蝦夷ではユーカラ曼陀羅だった
 

2012/07/07 (土)  今日・明日・・・連休・・・と


思っていたが・・・如何せん同僚の人、脳梗塞寸前で入院されてしまった
新しい人見つかるまで当分は、休み無しになるのだろう・・・(*^_^*)

明日は、娘と道立近代美術館のルノアールを見に行く約束だったが・・・無理のような気がする?
しかし、転記するものが無くなったので・・・マイクロフィルム コードNo 417と423のコピーは
しておかないと・・・と行ってきて144枚2時間掛かってやっつけて来た(^_^;)
後、残っているのは170枚くらい・・・8月の転記用

マイクロフィルムが北海道に在ること知って(2010/11/03)から・・・1年10ヶ月でここまで
来られるとは想像もしていなかった。
樺太のハウキを除いて・・・金田一博士のユーカラノートの大まかな姿を
世の人に見て頂けるんではないかと思っている・・・

日本に、北海道に世界に冠たる叙事詩が存在しているなんて・・・殆どの人知らない(*^_^*)
私も60歳まで知らなかった・・・
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その当時(百年前)、悪貨が良貨を駆逐するように思惑が蠢いていたのが良く分かる
今でも続いている・・・ユーカラの世界
ワカルパ/フォルクローレをじっくり読むと・・・想像力の鋭い人には見えると思う(*^_^*)

大正4年に紫雲古津に行ったとき・・・ワカルパ翁の忘れ形見・・・エマチに逢われている
筆録ノートの最後のページに描かれている
男の子の絵
これは、私はエマチだと思う・・・(*^_^*)
博士は、樺太で凛とした美しい少女サキを描いている・・・
その他にも沢山の子供を描いている・・・
シャケの絵は、シンヌラッパに供えたのを描いたのではないのか?・・・
そのついでに・・・鮭の部位の名称・・・頭から尻尾まで食べ尽くす調理法を学んでいる。
そういう人だから・・・アイヌの人達、素直に本音でお話ししたんだと思う。
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アイヌの男達の彫刻って三次元的にものを見ているのが分かる
でも、二次元でいとも簡単にサャケを描ける人にびっくりすると思う・・・
結局は、指先とか手と頭脳が直結している感覚・・・
彫刻(三次元)的思考は、狩りをするからでしょう・・・
絵(二次元)的思考は、木を伐って田圃を作るからでしょう・・・
 

2012/07/06 (金)  いよいよコポアヌ媼・・・


金田一博士の筆録ノートの中で・・・ワカルパ翁と肩を並べるくらい重量級のコポアヌ媼
アイヌカッケマッの一人であると思う・・・ユーカラに出てくるメノコそのもののように思う。

ワカルパ翁は、フチイキリ(女系図)にも触れているが・・・一目置いている存在(*^_^*)
大正四年の筆録の順序を見たとき・・・博士は相当、気を遣ってカッケマッに対峙したこと分かる。
男の場合は、ワカルパ翁から雅語を使って挨拶しないと相手にされないと教わった。
尊敬語は、複数形を使わないと・・・逆に若者でも男はチャランケになると・・・(*^_^*)
それが出来たから・・・ツナレも死の直前に「鹿の皮衣」の一部を演じた。

その場に居合わせた人にコポアヌ媼が居たけど・・・息子のタイノアシが結核で死んだから・・・
ケッっと云って余所を向いたそうな・・・久保寺博士(当時学生)も同席していたが只、見ていただけ・・・
私は、結核菌の付いたノートは、捨てたのではないか?と思っていたが・・・残っていた

民族の伝承をアイヌの手で残せなかった悲しさ・・・そっと手を差し伸べたシサム・・・
でも、それは拷問にも近いものであったろうと思う・・・
金田一博士の筆跡を見れば・・・分かる
発音通り・・・先ず筆録する・・・しかるのち読み返す・・・そこは違う・・・その意味は?
気の遠くなるようなことを繰り返しながら・・・アイヌの文化を記録した
筆録の合間の何気ない話も記録されている・・・全部本音(*^_^*)
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今回五日間の11篇の転記を含めると94編転記したことになるが・・・
ワカルパ/フォルクローレで博士に伝えたことが全部その通りであることを確認した・・・

金田一博士は、文学としてオイナ→カムイユカラ→英雄のユカラと発展したと考えられた・・・
私は、ワカルパ/フォルクローレから受ける印象は同時発生のように感じる。
オイナにもメノコバージョンがあるし・・・ユカラにもメノコバージョンがある
カムイユカラは、子供用バージョンと考えるとスッキリする。(*^_^*)
その三つ巴が核になって周辺にウゥエペケレなどが取り巻いている

神々を明らかにしていくのは、オキクルミがやったこと・・・
カムイノミは、その通りにやることを第一義としていることで成り立っている。
その神々の曼陀羅が見事に描かれている・・・
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今回、確認されたヒッグス粒子・・・丁度Moshiri kara kamuiに似ているのかも知れない
物質のあるところに満たされている神の粒子・・・仏教だと如来
木を大切にするアイヌ文化を今一度見直す必要があるように思える。
 

2012/07/05 (木)  タウクノ媼・・・


タウクノ媼のものは、面白いので、つい夢中になって転記が終った・・・(*^_^*)
いよいよ、コポアヌ媼に進むことになるがコポアヌ媼も転記し易いので楽しみである・・・
コポアヌ媼は、なぞなぞ・ウポポ・ヤイシャマネなども幾つか伝えているので面白い。

アイヌの生活・・・エカシとフチ・・・そしてヘカチ(子供)までの生活の関わり合いが分かる。
短篇ものは、カムイユカラ・カムイイソイタク・カムイウゥエペケレなどがあるが・・・
確かにウゥエペケレ(謡いでは無く喋り)は、散文でリズム感に乏しい・・・でも、面白(*^_^*)
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金田一博士は、その違いを分かっておられたのに何故?・・・
知里幸恵のものがウゥエペケレの散文だとハッキリ言わなかったのだろう・・・?
確かにアイヌが自らアイヌ語を書いて・・・対訳し注釈まで付けたアイヌは居なかった。
その頃は、アイヌも沙流でさえ・・・伝承する若者は居なかった。

先人の築いた伝統とか知恵を受け継げない民族は、滅ぶ・・・
一部でも良いから・・・守る人が居ないと消えてしまう・・・
 

2012/07/04 (水)  ついに見つけた・・・(^_^)v


金田一京介全集第八巻だったと思うが・・・大正四年に筆録した際・・・
タウクノ媼があるカムイユカラをやり出して直ぐにコポアヌ媼がそれは違うとやって・・・
後でタウクノ媼のを再筆録したら瓜二つで、只、タウクノ媼のは、銀の棒で無く只の木の棒の違いのみ(*^_^*)

これは、紫雲古津には、原典が在ったと思わせる貴重なエピソード・・・
博士は勿論、タウクノ媼の方が正しいとしている・・・
其れくらい厳密・精確に伝承されていた沙流のユーカラ群・・・
yukara とは、そのまま真似ることが出来るか?・・・に掛かっている

金田一博士は、モナシノウク媼から一切ユーカラの話は聞いていない・・・
モナシノウク媼は、ユカラは沙流のもので・・・幌別のものは沙流のパクリで
ワカルパ翁の話を博士はされたに違いないから・・・バレルと感じたんでは?

金田一博士がアイヌ語を志した学生の頃・・・影響したバチェラー博士の辞典
初期の頃・・・バチェラー訳語をあちこちに書かれている(*^_^*)
バチェラー博士のキリスト教の布教戦略の上にアイヌが標的になった・・・
アイヌ思想が薄い道南・道東の子供を集めて教育した・・・
布教活動をその子らにさせたけど・・・年をとってからの生活の保障は出来かねた。
そこで、幌別にもユーカラが在って・・・良く出来るのが金成親子だとでっち上げた。

博士は、カンナリキで懲りてはいたけど・・・(*^_^*)
研究する以上外せないことだからと・・・訪問して帰ろうとすると・・・引き留め作戦
一宿一飯の恩義がついてしまった。

不思議なのは、知里真志保博士が学生の頃・・・金成マツさんが砂沢友太郎氏に
アイヌ語を教えてやって欲しいと頼んだこと???
知里幸恵が真志保は必ず金田一博士の力に成れるからと・・・面倒を見てとお願いして死んだ。
その積もりで、掬い上げたが・・・アイヌ語法をパクラれて迂闊であったと苦笑い(*^_^*)
 

2012/07/03 (火)  タウクノ媼・・・


タウクノ媼のものは、沙流の原典を保持しているので大変、貴重なもの・・・
金田一博士が、相当尊重されていたのが良く解る。
博士は、原典に近いものを追い求めていたと云うなのでしょう。

日本側からの記録しか残っていないアイヌの世界・・・アイヌの視点で見ないと見えない世界
金田一博士は、言語学上だけでなく・・・その土俗と民族学的にもアプローチしようとされていた。

今でもアイヌの祖国建設を夢見て・・・活動している人が居るみたいだけど・・・
総勢3万人で統治出来るか?・・・考えたら直ぐ分かると思うが・・・(*^_^*)

沙流の人達の話の中で・・・虻田のサカナと云うニシパが同族を惨い殺し方をして・・・
その憾みを化け物になって・・・アイヌを全部ころしてやろうと有珠の山に立て籠もったのを
非常に重要な問題としていることが分かる。
外敵と戦うのは、団結をすれば良いが・・・内部崩壊の要因を恐れていたように思う
メナシとの戦いより身内の裏切り・・・それが人間の世界であると・・・

ワカルパ翁の六代前のエカシ・・・ホシキテレケと平賀のイマサカが釧路から千歳に来て
お宝を奪った悪い兄弟をとっちめたこと・・・そのようなことが日常茶飯事・・・
まるでユーカラの世界そのものがアイヌ社会・・・でも、それは日本でも日常茶飯事だと思う

明治政府になって・・・武士の居所がなくなってロシアの南下を防ごうと屯田兵とか
入植者が押し寄せた北海道・・・侵略した訳ではない・・・
沙流のアイヌは、日本の実状、蝦夷の実状を知っていた・・・
ワカルパ/フォルクローレで乃木大将に触れている記述がある・・・
これを良く読んでみようと思う・・・

2012/07/02 (月)  ユーカラ曼陀羅・・・


金田一博士の筆録ユーカラノートのマイクロフィルムが道庁に存在していたことは・・・
大正4年の踏査費用が道庁から出ていたことだと思う・・・(*^_^*)

明治39年の調査費用は私費(伯父さんの援助)によるものである・・・そこで詩を予感する
明治40年の樺太踏査費用は、分らないが・・・興味がある・・・
樺太に渡れるようになって・・・直ぐ行っていることからして貴重な資料だと思う。

南樺太の自治を素早く進めていた日本の遣り方・・・
樺太アイヌの調査に来た若い博士を迎えたトンナイチャのクサエ(ラマンテ)と安之助
身辺に何時も居た安之助・・・上陸したのはオチョポッカ
日記を読んでいると・・・政府から費用が出ていたような気がする・・・(*^_^*)

でも、ラマンテから筆録したハウキを訳そうとしたが・・・何とか粗筋は分るけど・・・
幾つかの言葉が訳せない・・・学者としては世に出せない。(*^_^*)
その頃使っていたバチェラー博士の辞典・・・

明治天皇が崩御されて・・・大正元年に拓殖博覧会が上野で行われた・・・
樺太アイヌも来ていた・・・恐らく樺太アイヌの酋長クラスだと思う・・・
その人達からの調査でラマンテのハウキの全てを訳せたんだと思う・・・
何と、5年も後のことなんですよネ・・・アイヌ語を捨てようかと思うほど不幸の真っ只中
その博覧会に来ていたコポアヌ媼と知り合えて・・・ワカルパ翁を知る

明治39年に筆録した平取のカネカツクの「首づと・首肴」は、厚真の
ikashrep
「この人
turean へ酒飲むに来て paimoka pachepipe を伝えた」の一言(*^_^*)
今まで解らなかったことが・・・嘘のように目の前に現れたことが分る・・・

博士は、ユーカラは詩であると予感したものが・・・7年後にいとも簡単に説明する人
ワカルパ翁を師とするのは、分かる・・・
でも、大学の言語学を受け持つ立場から云うと・・・ナカナカ難しい問題がある

ワカルパ翁は、嘘だけは教えない覚悟をお土産に来た・・・と云っているところをみると・・・
作り話が上流では、当たり前に成っていたことを言っている。
つまり、金成マツさんが居た平取のコタン・・・
金成マツさんの筆録ノートの目録をみると・・・それが良く解る(*^_^*)

知里幸恵の shirokanipe ranran pishkan と鍋沢ユキの pishka toa pishka を
較べてみると・・・あまりにもその違いがはっきりしている。
沙流では、nusakor kamui は夫婦神でそのエカシがオキクルミに
草人形の作り方を教えたとなっているので・・・
知里幸恵の nusakoro kamui は婆さん神と云う説とは、矛盾することになる(*^_^*)
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アイヌ文化の整合性から云って・・・私は、沙流が正しいと思う。
アイヌ文化の素晴らしさを甦らすには、避けては通れない問題である。(*^_^*)
 

2012/07/01 ()  今日は休み・・・(^_^)v


この四日間で7編、転記出来た・・・シコサンケ媼1 エテノア媼1 そしてタウクノ媼5篇
タウクノ媼は、後6日で終りそうだ・・・(*^_^*)

其の後のコポアヌ媼が大量にある・・・でも、8月いっぱいで転記はなんとかなる目途がついた。
だけど・・・こんなにも面白くて蝦夷の浪漫が在ったのに・・・何故?埋もれていたのだろう?
もう百年にもなるのに・・・(*^_^*)
この膨大な筆録を訳すのに自分の寿命が足りないことは、金田一博士はご存じで
本当は、幌別のものまで到底手が回らなかったのが実状・・・
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大正4年に沙流の Katkemat (アイヌの淑女)とかアイヌのイレンカ(掟)を弁えたバッコ(婆さん)達に
囲まれて筆録したのを今回は、集中的に転記している・・・
その合間、合間に色々博士は、メモされている・・・
その中で面白いものを見つけた・・・
 

どうしても

nekonne yakka
neunne yakka
neurane yakka

登別
沙流
樺太


樺太は、違って当たり前に思えるが・・・幌別(登別)も相当色々な面で違っていたこと分る。
久保寺博士は、幌別の方が古いと思っていたらしい・・・
ひょっとして・・・知里博士もそう思っていた可能性大きい・・・(*^_^*)

Kutu(筒状のもの)を虎杖(イタドリ)と訳すのは、間違いだと云ったのは、そのせいだと思う。
イタドリは、イコクッタラであると・・・堂々と云ったところを考えると・・・(*^_^*)
でもね〜・・・姉の幸恵の神々の整合性の破綻を考えたら・・・学者なら分る筈
姉のものが・・・金成マツさんとモナシノウク媼のものと考えたら・・・分る筈
そして、自分のエカシキリ(男の系図)を考えたら・・・分る筈
沙流の話と幌別の話は、どちらが古いのか?・・・子供(素直な)でも分る(*^_^*)
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幌別の男達に・・・ユーカラ(男のみやる)が存在していないことは、明白
ユーカラは、沙流の乙名達の極秘に伝えられていたものを指すから・・・
他地域・一般アイヌは、知らなかったもの・・・

ハウは、ユーカラの言葉を使って・・・他地域で英雄を作り上げて志気を高めるのに用いた