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33びき目のおさかな


2002年10月10日


  ここは私のテリトリー。 いつも遊びに来る林さんの農機具小屋の前です。 今年は山奥の水源地の田んぼで育てた稲を、ここまで運んで来て干しています。 うちのそばなのでお手伝いに来るのが楽です。 猫たちも入れ代わり立ち代わり見物に来ました。

  水源地の田んぼは日当たりが悪いので稲を干すのが大変です。 その反面、気温が低くて水が冷たいので他所よりもおいしい米が出来るそうです。
  最近林さんから、ここで米を作ってみないかという申し出を受けており、おとうさんとおかあさんは、おおいに迷っているところです。


2002年11月11日


鶏の研究 その1「卵用鶏」

  本屋さんにはペットの本が溢れていますが鶏に関する本が見当たらないので、図書館で鶏の生態と飼育について調べてみました。

  鶏は飼う目的別に、鑑賞用・卵用・肉用・卵肉兼用に分類される。

  卵用種の代表的なのが「白色レグホン」で年間250〜280個産卵する。 卵肉兼用種には「ロードアイランドレッド」や「名古屋コーチン」等があり年間約150個産卵する。

  卵用鶏は孵化後約5ヵ月で産卵を始め1年間産卵を続けた後3ヵ月程休産し、再び産卵するが数が少なくなる。

  普通、産卵開始から1年位で廃用にするが、ヒナの頃から良い環境で強健に育てれば3〜4年飼育できる。

  うちのヒヨちゃんたちはロードアイランドレッドと霧島の地鶏との交雑種で、生後4ヶ月目の初たまごは小さくて冷蔵庫の卵ケースから抜け落ちてしまいましたが、今では殻のしっかりした立派な卵を毎日産んでくれます。 「二号」のほうは時々サボってますが。
(写真:茶色が初たまご、白は市販のたまご)

  現在3歳になる茶々はもう卵を産まず、美しかった赤と黒の羽色も色あせてきましたが、まだまだ元気です。 生後7ヵ月のヒヨちゃんたちは生命力に満ち溢れ、目の表情さえ生き生きして見えます。 寿命がせいぜい4年だと思えば、若さが眩しくもあり、切なくも感じる今日このごろです。


2002年12月9日


  畑のネギ、白菜、春菊が食べ頃になり、わが家では毎晩のようにお鍋です。 きょうは何かなと、トラ兄ちゃんは楽しみにしています。
  おとうさんもおかあさんも秋田県とは縁がないのに何故か、きりたんぽ鍋が大好き。 比内鶏は手に入りませんが、霧島鶏でもじゅうぶん美味しいのです。 きりたんぽは、ご飯をすりこぎでついて棒状に伸し、ホットプレートで焼いたもので代用。 秋田の人が見たらびっくり、かも。


2002年12月15日



シイタケ作り その3 2002年2月10日より続く

  今年の2月に駒打ちをして寝かせておいたホダ木を、11月に林の中に組み立てました。
  今年は11月が異常に寒く、早く冬が来たと勘違いしたのか、今月になってシイタケが出始めました。 ポツンと出た芽が、どんどん大きくなり、もう食べられます。
  鹿児島ではホダ木(シイタケの原木にする木)を「ナバ木」と言います。 広島で「ナバ」といえば松茸のことですが、西日本ではキノコのことをナバと言うようですね。


2002年12月26日


2002年 わが家の重大ニュース

1位ヒヨちゃん (5/29〜)
はじめて鶏をヒナから育てた。 鶏って本当にかわいい。
2位六兵衛のパソコンおしっこ事件 (9/4)
まったく困ったやつだ。「私がやりました」は流行語大賞。
3位オクラ責め (7月〜9月)
オクラがたくさんとれ過ぎて毎日食べ続けなければならなかった。
ひと夏で体質が改善されて血液サラサラになったはず。
番外トラの木登り事件 (12/10)
トラがカブに追いかけられて杉の木に8メートルくらい登って下りられなくなった。 その夜は今年一番の冷え込みでおおいに心配し、何度も下から説得したがトラは固まってしまっている。 うちの一番長いハシゴをかけたが届かず、倒木を渡してみたが効果なく、思案にくれていたら、10時間後に自力で下りて帰宅した。 あの巨体でも木登りできることがわかった。

以上。 なんとものどかな一年でした。 では皆さま良いお年を。(ミケ子)



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