道州制で縦割り行政の解体を!


 社会保険庁の杜撰なデータ管理は、厚生行政の氷山の一角である。

 「行政の弊中其最大なるものは高等官吏の責任無きに在り」「今万民の血涙を集めて之を功なく、益なく、影なく、形なきものに徒消して、而して譴責に遇ふものあるを聞かず。何ぞ官吏の責任なく、放縦の甚だしきや」と指摘するのは明治時代の谷干城の意見書である。(板垣退助監修「自由党史(下)」岩波文庫より)

 官僚の無責任と行政の非効率は今に始まったことではなく、官治国家の特徴なのだ。高級官僚だけではなく、戦前の軍隊、戦後の国鉄労組、自治労、日教組などに見られる無責任は「官」の体質であり、行政の非効率は「大きな政府」の宿痾ともいうべきもので、古今東西に例外はない。

 訪問介護大手コムスンの不正行為も、誘因は厚生行政にある。介護保険は高騰する医療費から目をそらし国民負担を増やすための政策が生んだ失敗作で、医療事業に細かい規制を増やしてサービスの自由を奪い、「保険あってサービスなし」となる可能性が高いのである。

 賦課方式の年金制度も、近視眼的政策が生んだ失敗作の典型だ。年金を納めても受給資格が証明されなければ、給付はゼロというような制度は欠陥システムで、年金は政府の企む「振り込め詐欺」という指摘は当たっている。年金の記録データを修正し、年金の時効が撤廃され、社会保険庁が改組されても年金への不安は解消しない。年金への不安は杜撰なデータ管理だけではなく、負担と給付が乖離し、巨額の過去債務を抱える賦課方式そのものから派生しているからである。賦課方式の年金制度は人口増加と右肩上がりの経済成長を前提としたビジネスモデルで、社会の少子高齢化と経済の低成長が続いたら100年安心のシナリオは破綻し、世代間不公平は耐え難いものになるだろう。

 現行の介護保険、賦課方式の年金事業は、いずれも持続が難しい官製事業という点で共通性がある。問題は民間のコムスンの不正は摘発されたが、政府と官僚の不正は責任の追及が難しく、被害が国民全体に及ぶことである。

 「官から民へ」と唱えて小泉内閣が行った改革は、天下りの弊害を無くし、税金の無駄遣いを阻止するという観点からは全く不十分であった。

 肥大化した厚生行政は巨額の税金と保険料を飲み込み、巨大な既得権益の巣窟と化している。介護保険、年金だけではなく公的資金が投入されるすべての公益事業が官僚という無責任集団に委託され、既得権化していることが問題なのだ。既得権化している公益事業体には官僚が天下り、税金と保険料の一部がサービスへの対価ではなく、高額の給料と退職金に消える。縦割り行政による既得権益は規制から生まれ、規制は縦割りの法体系から生まれる。「官」と「民」を含めて、縦割りの法体系を抜本的に改正し、肥大化した縦割り行政を解体しない限り「大きな政府」の宿痾は治らない。天下りの弊害と、税金の無駄遣いは同義であり、税金の無駄遣いと「大きな政府」は同義なのだ。行政による規制は必要最小限に止め、政府は権益を生む事業からは撤退し、監視行政に特化すべきである。

 政府による権益事業の独占が続けば、内閣府に新設される「官民人材交流センター」は天下りの弊害を公認することになる。付加価値が少なく収益を挙げることが難しい事業には行政が関わることになり勝ちだが、付加価値の少ない官製事業が肥大化したら、経済は低迷し税収は増えず、財政は破綻する。日本政府が800兆円を超える巨額の債務を累積させたのは、付加価値の少ない官製事業に巨額の資金を提供してきた結果である。

 税金の無駄遣いを阻止するためには政府の規模と権限を大幅に縮小すべきで、中央省庁を縮小解体する「道州制」は長年の政府の宿痾を治癒する絶好の手段となる筈だ。明治維新、第二次大戦後の改革により日本が大発展を遂げたのは、既得権を持つ守旧派を追放できたからである。明治の廃藩置県によって270年続いた幕藩体制が解体されたように、「道州制=廃県置州」の導入で、中央集権制に支えられ140年間存続した官治国家が解体できれば、税金の無駄遣いは激減し、「大きな政府」の非効率を一掃することになる。中央政府の役割を外交、安全保障、通貨管理に加え、国民の最低生活の保障に限定すれば、縦割り行政による既得権益は無くなり、天下りの弊害も激減する。

 高い付加価値が期待できる高速道路、郵便のような公益事業は、道州単位に再分割して完全に民営化し、高付加価値から生まれる収益は地域社会に還元し、日本経済発展の糧とすべきである。付加価値の少ない公益事業の遂行も、行政ではなく民間の非営利事業体に委託するのが望ましい。「官」には競争が無いが、「民」には競争によるサービスの質的向上が期待できるからである。

 極力税金を使わず公益事業を遂行するためには、競争に耐えられる民間非営利事業法人の育成と非営利事業への投資または寄付行為に対する税制優遇措置が不可欠だ。補助金漬け行政委託型公益法人は原則として廃止し、税制を優遇すべき公益事業体を公平且つ明確に定義するために、医療法人、社会福祉法人、学校法人、宗教法人、NPO法人、協同組合など非営利事業法人を規制する縦割りの法律は統合し、M&A、グローバル化にも対応できるよう新会社法とも整合性のある簡素な法体系に一新することが望まれる。

文京区 松井孝司


生活者通信第145号(2007年9月1日発行)より転載。下線部分をクリックすると、リンクされているページに飛ぶことができます。