《壊したくなる  2》

 

しぃぃぃ〜〜〜〜ん……と静まりかえったMSドッグ内に、カツンカツンという規則正しい軍靴の響き。
予告も無しに現れたネオ・ジオン総帥に対して全員が一斉に敬礼をする。自分達の最高上官に対する緊張感と、この「今の状況」に対する緊張感が混ざり合ったこの恐ろしい空気…。誰もがいつも以上に背筋を伸ばして、固唾を呑んでいる状態だ。
彼らの視線の先にいる総帥は真っ直ぐに「抱き合ったまま」のアムロとカミーユに向かって歩いて行く。ギュネイも背中に冷たいモノを感じながら、こちらに向かってくるシャアに対して思いっきりの敬礼姿勢を取っていた。

「……やあ…カミーユ君…久し振りだね」
ニッコリと『優しい』笑顔を2人に向ける。
「…クワトロ大尉も…あ、今はシャア総帥とお呼びすべきですか?本当にお久し振りです」
カミーユも『爽やか』に笑顔で返した。

「いや全く…君が予想通りの
ふてぶてしい身の程知らずの若者に育ってくれてて本当に嬉しいよ」
「貴方も…てっきり死んだと思ってたのに、
しぶとく生きておられたんですねー…少し残念だなあ」
「ははは…相変わらずだな…
頭の中身は少しは成長したのかね?相変わらず目上の者に対する言葉遣いがまるでなってないようだが…」
「ふふふ…大尉こそ相変わらず
年寄り臭い事ばかり言うんですねぇー…ああ、本当に老けたからですかー?」

ハハハ…フフフ……と見た目はにこやかに笑い合っている2人であるが……
その周囲には、非常に危険でどす黒い…殺意さえも感じるオーラがゴゴゴゴゴ…と取り巻いていた。

どひーっっっっ!!や、やっぱり…!こーなったかーっっっっ…!!
あまりの醜悪なプレッシャーのぶつかり合いに、当然の様にギュネイはもの凄い頭痛と吐き気に襲われた。
他の将兵やメカニックマンの中にも青ざめた表情の者が数人居る様子である。鋭い感覚を持つ者は絶対にコレを感じて当然だろう…というくらいに凄まじい。
…まあ例外として、その2人の醜悪プレッシャーの元となっているアムロだけが平気な顔をしているのだが…
…何故っ?!…もしかして無意識に跳ね返している?!少佐の能力なら有りかっ?!!
と思わず心の中で叫んじゃうギュネイ青年である。

「……ところでカミーユ君……いいかげんに
私の妻を放してくれないものかな…?」
今まで以上のそれはそれは…の笑顔で語りかけるシャアに、カミーユはフッと笑う。傍らでそれを見たギュネイは『…コイツ、マジで大佐に喧嘩を売ってるぜっっ!なんちゅー命知らずだっっ!』とその大物ぶりに感嘆した。カミーユはアムロの細腰に回していた手をそっと外す。
「すみません、アムロさん…はしゃぎ過ぎでしたか?」
「全然そんな事ないけどっ!シャアが大人気なくてゴメンよ、カミーユ…」
アムロは彼の頬に優しく手を当てて、少し首をかしげながらもう一度「悪かったね」と言う。
「こうして見るとカミーユ…本当にもう大人の顔なんだなあ…何だか不思議な気分だよ」
カミーユはその手に自身の手をそっと重ねた。
「俺…アムロさんの為に早く大人になりたかったんです」

ぶちっっっっ

…あれ?何の音?…と訝しんだ途端、アムロはいきなり自分の身体が浮き上がったのを感じた。
シャアに突然抱き上げられたのである。
「ちょっ…ちょっとーっっ!!何するんだっっ!!シャアっっっ!」
シャアは答えない。無言のまま片手でアムロの腰を抱き上げてクルリと踵を返し、今来た道のりをズンズンと大股で歩き出した。
「ああっっもうー!降ろせってーっっ…!!…あっっ…ギュネイっ!カミーユの相手を頼むよっ!!」
「…えっ?!お、俺がですかーっっ!?」
シャアの後ろ姿とアムロのバカーっ離せーっ…という声がどんどん小さくなって行く。その後を総帥付きのSP達が慌てて追ってゆくのを視界に捉えながら呆然とするギュネイの隣で、カミーユは「相変わらずホント大人気ない人だよ」とクスクス笑っていた。
敬礼したまま我らが総帥とその夫人の姿を見送って、残されたドッグ内の人々は「俺達は何も聞かなかった!何も見なかった!…そういうコトにしようっ!」と互いに頷き合う。全員がうんうん、と自分自身を納得させてそれぞれの仕事に慌てて戻っていったのだった……。
…しかしながら完全に箝口…とまでは行かないのが、やはり世の常である…。

 

MSドッグと建物を繋ぐ長い廊下を渡り終えると、シャアは一番最初に見えた部屋の開閉システムに己の所持するカードを通す。当然オールパスのカードなのでドアは簡単に開いた。その会議室の机の上に、アムロを降ろす。些か乱暴気味に乗せられたので、アムロは正直お尻が痛かった…。
「シャアっっ!!もうっっどういうつもりだよっっ!!皆の前でこんな…っっ!!」
先程から繰り返していた言葉を再度彼に浴びせる。
「…どういうつもり…だと?…それは私の台詞だっっ!アムロ!」
此処に来て初めてシャアは口を開いた。彼は両腕で机の上に座るアムロの身体を挟み込む様な体制を取っていたが、そのまま上半身を覆い被さる様に倒してくる。思わず身じろぐアムロであった。
「君は私の妻、なのだぞ?!…あんな大勢の前で他の男に抱き付くとは…どういうつもりなのだ?!」
その言葉にむうぅぅぅ…とアムロは頬を膨らませる。
「…懐かしい友人に再会してハグしただけじゃないか!何だよっっその言い方…大人気ないっ!」
「君には『友人』かもしれないが、向こうは、カミーユは違うぞ!…明らかに君に…」
「な、何ソレ?…何て言い方っっ…」
「カミーユは…明らかに君に“欲情“を抱いているのだからな!本当に気付かないのか?!」

ばっちーぃぃぃぃんっっ…

……シャアの左頬に綺麗な手形が付いた…。
「…貴方…カミーユに何て失礼な事を言うんだよっっ!もう見損なったーっっ!!」
黙ってシャアは身体の下のアムロをじっと見つめている。
「……ほう…つまり本当に気付いていないのか…それとも気付かぬフリ…か?」
「……?…シャア…な、何だ…よ…」
…もしかして本気で怒っている?と、アムロが考えた瞬間、いきなりシャアに唇を奪われた。そのまま机の上に押し倒される格好になる。当然体重だけでアムロは身動きが出来ない。軍服の詰め襟を無理矢理外され、首筋に噛み付かれた。
「シャっ…シャアーっっっ!止めろってーっっ!…こ、こんなの…!!」
全く聞く耳持たないといった様子のシャアにどんどん肌を露わにされる。アムロは本気で焦った。
冗談じゃないっっ…こんな場所でこんな…こんな…無理矢理なんてっっ…!
シャアがとても怒っているのは解る……でもアムロにしてみればそれはとても理不尽な怒りだ。
こんなシャアは…こんな酷いコトをするシャアは……
「…やっ…絶対に嫌だぁぁーっっ!!そ、それ以上したらっっっ……!」
アムロは目を閉じて一呼吸置いてから…決して言うまい、と思っていた言葉を口にする。
「……も…もう別れるっっ!!
離婚するーーっっっっ……!!
その言葉に弾かれた様にシャアが身体を離してアムロを驚きの表情で見る。
…と同時にアムロは右足を思いっきり、シャアの股間目掛けて振り上げた………。

「ア、アムロ少佐っっ?!どうされましたかっっ?!」
いきなり開いたドアから、顔を真っ赤にして涙目の総帥夫人…しかも服装乱れ気味…が現れたので、シャアのSP達は仰天した。彼をもキッと睨み付けてアムロは言い放つ。
「…凄く痛がっているけど……自業自得だから同情は不要だよっっ!!」
……当然何があったのかなどと聞いてはいけない詮索もしてはいけない…想像付くけど秘密にしなければいけないっっそれが我々の仕事だあーっ!…と彼らは再度自分達に固く言い聞かせるのであった…。

 

「俺、ジオン系モビルスーツのディテールが好きじゃないんだよな」
「……それをココで言うか…アンタ…」
「こいつ…ヤクト・ドーガ?…何かバランス悪いデザインだなあ…ああ、元々の量産機にサイコミュ兵器を無理に乗せている形なのか…だからジェネレーターも不自然に大きいワケね」
自分のMSに対して歯に衣を着せぬ物言いのカミーユに、ギュネイはずっとムカムカしていた。
「……量産機とは違うぞっ!…色々と改造はされているオンリーワンなんだからなっっ」
「…お前のMSなら戦闘時の不便さは解るんだろ?ジェネレーターにファンネルポッドを付けるとか考えてみろよ。その方がすっきりするし、ショルダーアーマーも有効に使えるだろうに」
「……何で初対面のアンタに…そこまで意見されなきゃならねーんだよっっ!」
「アムロさんはお前に何も言ってないのか?」
「………アムロ少佐にも全く同じ事…言われてるよっ!……っていうか!…俺は“お前”じゃなくてギュネイ・ガス中尉だっ!」
「ふーん…解ったよ、ギュネイ。では俺の事は“アンタ“じゃなく“カミーユ先生”と呼べ」
「なーんで先生っ?!ってゆーか呼び捨てだしっっ!しかも命令口調でぇーーっっ!」
うきーっっと猿のように怒るギュネイに答えようとして…ふと気付いた様に顔を上げる。
「アムロさんが戻ってきた…」
「…ホントだ……なあ…凄く怒ってないか?」
2人は同時に振り返る。そこには彼らの言う通りに怒り心頭…と言った風情のアムロがズンズン歩いてくるのが見えた。
「…まあ…原因は何となく想像つくケドね」
カミーユは口元に苦笑いを浮かべる。
……ココまで掻き回すつもりは無かったんだけど…さてどうしたものかな?

 

「…まだ戻られてないのか…」
総帥名義での決裁を貰いに来たナナイは無駄足に溜息を付く。秘書官の話では総帥は1時間ほど前に急にMSドッグへ行く、と告げて出て行ったままだという。当然仕事も途中で放り出して、なので秘書官達も困っている様子だ。机上執務は常に無駄なく完璧にこなしているシャアにしては珍しい行動である。
…MSドッグならアムロ少佐のトコロよね…急に発情しちゃったのかしら…?
もしコトに及んでいるなら後1時間くらい?…とか時間計算をしようとした時に携帯のコール音に気付く。ディスプレイ上のナンバーを見てから「あー仕事中なのに」と一言ぼやく。
「…あ…もしもし?レズン?…今夜の呑み会の会場は決まってないのよー…この間のトコは呑み放題で有り得ない量を呑んじゃったから出入り禁止になっちゃってぇ……って…え?違うの?今夜のコトじゃないの?…え…ええ…?」
見る見るうちにナナイの表情が青ざめる。携帯電話を持つ手がワナワナと震え始めた。

「な…何ですってぇぇーっっっっ?!アムロ少佐の“昔の男”が現れた…ですってぇぇっっっ?!!」

 

ランチ時の総帥府内士官食堂…かなりの賑わいである。
「さっきの話っっっ!本当になのっっ?レズンっっ!!」
向かいに座って大盛り牛丼定食をつついているレズンに、頭がくっつく程に身を乗り出す。
「ああホントホントっっ!…ドッグ内で見知らぬ一般人の男と抱き合ってたらしいのよー。どうやら総帥とも知り合いらしくて…一戦やらかしたとか何とか…」
「そ、それって…皆の見てる前でってコト?!」
「そう、皆見てたよーです。堂々と抱き合ってて、ソコに総帥現れて…らしいからねー」
「ちょっと!ヤバイわよっっ!そんなのっっ…!有らぬ噂になってマスコミとかに漏れたらどーすんのよっ!」
「だからっっ…一応MS部隊副隊長として箝口令を敷いたってっっ!」
「…本当に勘弁して…あの2人はラブラブっぷりが売りなのよっ!連邦側にだってこーんな上手くやってますわよっっどーよっっ!…って常々アピールしているのだし…って……?」
「…何…急に?」
ナナイは、しぃーっっっ…人差し指を立てた。2人は耳を欹ててみる……。

『…で、大変な騒ぎだったとかー…』
『…でねアムロ少佐の付き合ってた男が…』
『…総帥がすーごく怒ったらしいぞ……云々…』

「…………ちょっとぉ…全然バレバレじゃなくてぇぇーっっっ!!コレだからっっMS部隊の連中はぁぁーっっ…!!だいたいノリが軽過ぎなのよっっっー!!」
キーッッッ…とナナイはレズンの胸倉を掴みかねん勢いである。
「うちら部隊だけの責任じゃないって!…整備班の連中だと分野違うしぃーっっ!」
「冗談じゃないわっっっ!大佐は良いけどアムロ少佐はダメよっっ!大佐は昔の女がいくら出て来ても『あー総帥なら仕方無いわー』で終わるけどっっ!少佐には昔の男…なんて出て来ちゃダメっ!!そんなイメージで売ってないんだからっっ!絶対にダメなのよっっ!」
…と『昔の女』ナナイは一気に捲し立てた。はぁーっっ…と溜息を付くレズン。
「…アンタ、少佐にどんなイメージ戦略立ててんのよ…それに本当に昔の男かどうかも…」
その時、2人の耳に飛び込んできた声があった。

「…
凄い美青年らしいわよ…アムロ少佐の元恋人ってぇー…総帥とは違うタイプの…」
「うわっそれホントっっ?見てみたいわーっっっ」

「…………」
思わず無言で顔を見合わせるナナイとレズンである。
「……取り敢えず…会ってみないと…ね」
「そうだね……見てみないと…その男…」
「…戦術士官として…会ってちゃんと話して…大佐と少佐の為によっっ」
「…敬愛する上司の心配事を増やす男の顔はちゃんと見て、意見しないとねっっ」
2人はイッキにそれぞれのランチを3倍速で片付けて、トレイを手に立ち上がった……。

 

 

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何だか思ったより長くなりそーで…またまた続いてしまってゴメンナサイっっ
…総帥を痛い目に遭わせてしまってひたすら謝るっっ…無事ですから大丈夫よっ(ナニがだ?) (2008/9/30)