《壊したくなる  1 》

 

 

ええーーーっっっっ?!嘘ぉーっっ…!!…やったっっ!」

いつもの様にメイド達の仕事ぶりをチェックする為に廊下を歩いていた女中頭は、自分の『女主人』の立場に当たる人物の部屋から、突然大声が聞こえてきて大変驚いた。
慌ててドアまで駆け寄り、ノックをする。
「どうなさいました?!アムロ様っっ!」
「…えっ…?!ああ…すみませんっ!ミセス・フォーンっっ」
暫くしてドアが開き、アムロがひょこっと顔を出した。
「…声…大きかったですね…ははは…何でもないです」
「まあ…何事もないのであればよろしいのですけど…」
聡明な女中頭はそれ以上の詮索はしない事にした。
何故ならば、アムロはとびきりの笑顔を見せていたので…。

 

「お帰りなさい、シャア」
定刻通りの帰宅を済ませた彼をアムロは笑顔で迎える。その優しい笑顔に癒されながらシャアはいつもの様に「ただいま」と甘いキスを送った。アムロもそれに応じて自らもキスを返してくる。
…これは相当機嫌の良い証拠であった。
アムロの腰に手を回して2人で居間へと向かいながら
「今夜は随分とご機嫌の様だな」と笑って言ってみる。
「え?…そう見える…のか」
参ったなあ…とアムロは苦笑している。シャアは『夫』としても彼のご機嫌の原因を是非とも知りたくなった。
「何があったのだ?」
「ふふ…そうだね…貴方にも関係ある事だものね」
くすくすと笑いながらアムロは「取り敢えずお茶の時間だよ」とシャアを促した。

アムロのお茶を入れる技術は日々上達してきているな…とシャアはそれにとびきりの幸福を感じている。アムロと『夫婦』となって半年が過ぎた。結婚前も結婚後も色々とそれなりの事件はあったが…ここ最近はとても平和で2人の仲も落ち着いている。絵に描いたような仲睦まじい夫婦像を過ごしている自分達を思うと…己の事ながら鼻の下が2メートルくらい延びるくらいにデレデレしてしまう。うっかり立ち上がったら自分の鼻の下を踏んづけてしまうかもしれない…と阿呆な想像が出来る程に、今までの人生の中で一番の幸せの時間を感じている幸せいっぱいのシャア・アズナブル…その人なのであった。

「はい、これ見て」
そんなデレデレ状態で紅茶を味わっていたシャアに、アムロは突然モバイルパソコンの画面を差し出した。
いきなりの行動に訝しげながら、その画面を見やると…それはアムロ宛の一通のメール画面………。
アムロはニコニコと笑っている。
…対称的にシャアの表情はどんどんと険しくなり…眉間に深い皺が出来てきた。
「…そういう事か……」
「?どうしたのさ?その顔……嬉しくないの?」
「嬉しい…?何故私が…?」
「…どうしてそういう言い方さ?…だって貴方の…」
「どうして…だと?………だから何故私が…」
一呼吸置いてからアムロを厳しい瞳で見つめる。

「…カミーユ・ビダンが君に会いに来る、というニュースを喜ばねばならんのだ?」

「……だってカミーユ…貴方の教え子みたいなものじゃないか」
今度はアムロの方が憮然とした表情になった。
「なのに全然連絡の一つも入れてないクセに…いったい何年ぶりの再会になるのさ?」
てっきり貴方も再会を喜ぶと思ってたのにーっ…とブツブツと呟く。
「…ひとつ聞くが…君はずっと連絡を取り合っていた…のか?」
「そうだけど…それが何か問題でも?」
アムロの声にもかなりの不機嫌さが加わってきた。
「俺もカミーユの事が気かがりだったし…何よりも貴方が『行方不明』!だったからねっっ…お互い色々と心配してましたからっっっ」
…確かにその点では言い訳のしようもないのだが…シャアは面白く無い。
事アムロに関しては、自分にとってカミーユ・ビダンは『天敵』…である。「貴方の存在がアムロさんを苦しめているんですね」とか「アムロさんは貴方だけには渡さない」とか…あの時代にあの若者に散々と言い放たれた台詞を思い出してしまう。あの若さ故の一途な想いが気に入らなかった。自分の感情を素直に曝け出す行為が本当に気に入らなかった。
…あの時のアムロの想いにちゃんと気付いていれば…そう苛つかずにも済んだのだがな…
互いの想いが気持ちが解らずに焦る気持ちのあまりに、随分と酷い言葉と行為をアムロに与えてしまった時代…。それも思い出してしまうので、余計にカミーユ・ビダン絡みで良い思い出が無いワケである。

「…とにかく貴方が何と言おうと、カミーユは此処に呼ぶからね」
「此処に…とはこの邸にという事か…?」
「そう、此処に泊めたいんだ」
「…許可は出来んぞ」
シャアは思いっきりの不機嫌オーラで言い放つ。
「だいたいカミーユは研修医としてスウィート・ウォーターにやって来るのだろう?宿舎は別に用意されてあるだろうが…それに『総帥公邸』に一般人を易々と泊める事など出来ん相談だ」
ピキピキ…とアムロから発する怒りをシャアは肌で十分に感じ取った。
…ううむ…本気で怒ったか…少々ヤバイか?…だがアムロ…私の方もな…
「あのね…メールの文面良く見てよ。研修期間より一週間早く来る…って書いてあるでしょ?その期間に居て貰いたいワケ!」
「…君が何と言っても駄目なものは駄目だ」
ここまで来ると意地の張り合い以外何物でも無い。
「……ああ…そう……貴方がそんなつもりなら……」
久し振りにアムロの怒りのプレッシャーを感じている……チリリ、と頭痛がして来た。
「もういい…!!カミーユは『総帥夫人』の友人として呼ぶ事に決めたからっ!」
「アムロっっ…」
シャアが声を上げたのと同時に立ち上がり、ドアを開ける。
「ミセス・フォーン!居ますかー!?」
その声に直ぐにこの公邸の女中頭が現れる。
「お呼びでございますか?アムロ様」
「3日後に俺の大切な友人が此処にやってきますので、部屋を用意して下さい。滞在は一週間程になります」
「承知致しました」
「部屋は…あの南側の一番広い客間が良いかな?ちなみに23歳の成人男性。…俺が『とっても大切にしている友人』…とマクレインさん達にも伝えておいて下さいね」
「かしこまりました…くれぐれも失礼の無い様に御世話をさせていただきます」
「難しいお客様じゃないよ。素直なとっても良い子だから。…好き嫌いも無いはずなんだけど…えっと好物は確か……」

矢継ぎ早に支持を与えてから彼女を下がらせて、くるりとシャアに向き直る。案の定、これ以上は無い程の不愉快な表情を浮かべていた。それを見てアムロは溜息を付くしかない。
「…シャア…そーゆーのを『大人気ない』って言うんだよ」
「解っている」
「開き直らないでよー…もうっ…まったく」
シャアの側に歩み寄り、その膝の上にストンと身体を降ろす。
「…貴方のそんな顔は久し振りに見た……嫌いだよ…その顔…」
「君が10回キスしてくれたら直る」
「……………」
呆れた顔をしてから、アムロはシャアの額と頬にキスを送った。そのまま首に抱きつく。
「……あの時代は良いと思える記憶が無い…」
愛しいその身体を抱き寄せながら、シャアは独り言の様に呟いた。身体を少し離して彼の顔を覗き込みながらアムロは優しく言う。
「…でも俺は…貴方に再会できて…本当に嬉しかったんだよ…?」
「アムロ……」
今はこの身体を強く抱き締める以外に何が出来ようか…?

 

 

「ふあぁぁぁぁ……」
大きな欠伸をしながら、ギュネイはMSドッグへの道を歩いていた。
ここ数日、明らかに寝不足である。睡眠時間が減っているのは…決してヤバいアブナイ情報求めてネットサーフィンをしているワケではなく。
『勉強』しているのだ。マジで。
「ギュネイはさ…どうもメカ的知識の部分が弱いよね」
上司であるアムロ少佐に先日言われた事実である。
「ムーバブル・フレーム構造の基本もちゃんと理解出来てないなんて…情けないよ?」
ギュネイはアムロから大量の資料を渡され、課題を山の様に言い付けられた。
「せめてヤクト・ドーガの全ての配線と動力部の構造、その働きと各部の全部品とユニットの名前を全て覚えて。最終的にソラでこの設計図を自分で作れるようになる事」
「うう…解りました……」
敬愛する上司の言葉は全て聞くしかないギュネイなのだ。
「戦争になったら、メカニックマンだけを避けてくれる弾なんてのは無いんだからね。自分である程度出来るようにしておかないと…」
その前に戦争にならない努力を…とかは言わないんだなぁ、とさり気なく心の中でツッコミを入れるギュネイであった。
そういうワケで日々お勉強とアムロの指導を受けているのだ。何だかんだ言っても、アムロがこうやって自分を面倒見てくれるという事実がギュネイにはとても嬉しい事なので…全然それは全く1ミクロンたりとも嫌ではないのだが。少しでも知識を養おうと、時間があればMS整備班の仕事を見に行ったり、彼らに質問したりするようになった。それもアムロの指導である。
今日もその為にドッグへと向かう。いつもの様に喧噪の内部に入り込んだ……途端。

……っっ……!!…な、何だぁっっ…?!

いきなり感じた強いプレッシャー…敵意やヤバイものでは無いのだが。
もの凄い強い意志と存在を感じた。しかも初めて感じる感覚…知ってる者のではない。
そのプレッシャーの方向を慌てて探り、見つけ当てたその先には……。
じっ…と、あるMSを見上げている青年の姿があった。視線の先にはアムロ少佐の愛機、
ν ガンダム。
…誰だ…?どう見ても一般人だぞ?
「おいっっアンタ!!此処は関係者以外立ち入り禁止…」
その言葉に青年はゆっくりとギュネイの方を振り向く。視線を向けられると同時に射抜くような凄い勢いのプレッシャーが襲ってきた。
「…くぅ…っっ!!」
思わず声が漏れてしまう。……こいつ…!…ニュータイプ…かっっ?!
無意識に冷や汗が滲んできた。もの凄くヤバイ気がするっっ…!!と焦るギュネイに向かって、その青年は何気ない仕草で胸元に下げたパスをヒラヒラと見せる。
「コレ見せたら入れてくれたんだけど…まずかったかい?」
…彼がギュネイに向けているのは笑顔である。…なのに何でこんな凄く重いヤなカンジのを俺に放出してくるんだーっっっ?!…と心の中で叫ぶ。
「…ふうん…」
青年はギュネイに向かってゆっくりと歩いてきた。至近距離まで来ると腕を組んでマジマジとギュネイの姿を見つめている。思わず後ずさりそうになった。青年は自分とそう変わらない身長と…歳は少し上か?青か緑?がかった髪の色が印象的な……はっきり言って美青年である。
「ああ…やっぱり強化人間か……君がギュネイ・ガス…中尉かな?」
へっっ?!何で自分の名前を…?と思ったのと同時に、良く知った声がドッグ内に響く。

「…カミーユーーーっっっ!!」
「!…アムロさんっっっ!!」

途端にプレッシャーは消えた。向こうから走ってくるのは自分の敬愛する上司でこのネオ・ジオンのアイドル、アムロ・レイ総帥夫人…。カミーユ、と呼ばれた青年もアムロの方に走っていき……そして2人はギュネイの目の前で、しっかりと「抱き合った」。

ぎゃあぁーーーーーっっっっっ!!
アムロ少佐が総帥以外の男と抱き合ってるーっっっっ?!!

MSドッグ内に居た全ての人間…整備員もパイロットも通りすがりの部品配送係も…全員がその方向に驚愕の感情と共に視線を向ける。途端にドッグ内は恐ろしい緊張感が取り巻く空気となった。全員が固唾を呑む。
が、当の本人達が全くそれに気付いて無い様子で…。
「ああ…カミーユ…本当に久し振りだねっっ!…背が…伸びたなあ…」
「アムロさんもお元気そうで…安心しました。…あ、でも少し痩せました?」
「そう見えるのかな?…ああそれよりも迎えに行けなくてゴメンよ。でもやっぱり此処に最初に来てたんだね」
「アムロさんの
ν ガンダムを見たかったんですよ…本当に貴方にお似合いの機体ですね」
2人は同時に目の前の
ν ガンダムを見上げる。
「片翼の白い天使なんて…本当にアムロさんらしい…」
「ははは…本当は両肩に背負わせたかったんだけど…この設計だとフィンファンネルにエネルギー充電出来ないんだよね。あまりにも無駄なんで…」

ギュネイはそんな2人の様子を、後ろからやはり固唾を呑んで見つめている……
……もの凄くヤバいんじゃないか?
……この2人、まだ「抱き合ったまま」なのだが…。
どうやらこのニュータイプはアムロ少佐の旧知の間柄の奴らしいが……
…お前っっっ!気付けよっっ!この漂う緊張感をっっ!!…ニュータイプなんだろぉ?!
でないともの凄くヤバイ事になる予感がするぞーっっっっ!…と焦る…焦るのだが。

ザワっっっ…と、どよめく音と共に空気が変わった。そして全く違う種類の緊張感が流れ始める。
……ああ…やっぱり……と、ギュネイはガックリと肩を落とした。
どよめきと皆の視線の先には、想像通りの…。
此処ネオ・ジオンでは誰も見間違いはしない、唯一の緋色の軍服に身を包んだカリスマ…
総帥・シャア・アズナブル大佐がゆっくりと此方に向かってくるのが見える。

「あれ?シャアだ…此処に来るなんて珍しい…」
全ての緊張感を思いっきり無視した言葉を、アムロはカミーユに「抱きついたまま」漏らすのであった…。

 

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…大人のカミーユを想像するのはとても楽しいのであった…また続いちゃってゴメンなさい〜〜(2008/9/27)