《 心配症 1 》

 

…大丈夫かな……?
やっぱり…ちょっと…やり過ぎちゃったかな……?
でもっっでもーっっっっ!!絶対シャアの方が悪いんだからなーっっっ!

 

「……で、どうしますか?……少佐?」
「…え?」
ハッと弾かれた様に声の主である部下の方に振り向いた。
「あ…いやだから昼時だからどーしますかー?…って言ってたんスけど」
「ああ…そうだね。カミーユは何か食べたいモノある?」
「アムロさんと一緒なら何でもいいですよー」
「ははは…カミーユったら意思が無いなー」
2人の周囲にハラハラとお花が降り注いでいるような光景に…ギュネイは思いっきり口を噤んでしまう。
「取り敢えず…ちょっと待っててくれる?」
アムロは自分の執務室の方へと歩いていった。その後ろ姿をじっと見つめている青年に
「……おい…カミーユ先生よ…」
と少々ドスを効かせた声で話しかける。
「どういうつもりなんだよ…?」
「…どういうつもりって…逆にどういう意味だ?」
カミーユは視線さえもギュネイに向けずに答える。
「思いっきり解っていると思うが……アムロ少佐は
人妻だぞ?それもタダの人妻じゃないんだぞーっ?!
“総帥夫人”って凄い肩書きが付いてんだからなっっ」

「…アムロさんが“人妻”ってだけで…何だかドキドキするなあ」
「うん…実はそーなんだよ…ってぇーっっっ!!そーじゃなくてなあっっ!!」
思わず出てしまった本音に、自分でとっても焦ってしまうギュネイである…。
「…アムロさんの立場は思いっきり理解してるが、それが『どういうつもり』と、どう関係してくるんだ?」
「先生が…アンタが大佐に喧嘩売ってるとしか思えないからだよ!…昔に少佐と何があったのかは知らないケドな…ドッグ内での件は今頃大騒ぎになってるかもしれないんだぜ!」
カミーユは今度はきちんとギュネイに向き直った。
「とにかく此処の平和を乱すよーな事だけは止めてくれよなっ!!ネオ・ジオンの一将兵として通告するぜっ!!」
その言葉にカミーユは心底感心したようにしみじみと目の前の黒髪の青年を見つめる。
「へぇー…意外に『冷静な判断』が出来るんだな…ギュネイは」
「…何だよソレっっ!莫迦にしてるのかよ…」
「そうじゃない。強化人間のイメージが変わったな、ってだけさ」
一瞬カミーユの思考に暗い何かが過ぎったような…ギュネイはほんの少しだけ感じたが…。
「…つまり…例えばお前が考えているような…
アムロさんを押し倒したいとか、
アムロさんを寝取ろうなんて事を企んでるんじゃ?って言いたいワケだな」
「…そっ…そんなタイヘンな言葉を口に出して言うなーっっっっ!!」
真っ赤になって慌ててカミーユの口を塞ごうとするギュネイである。
「冗談でもそんな言葉を口にしたら即刻銃殺刑って都市伝説がなあ……!!」

「何が都市伝説…?」
いきなり背後から当人の声がして、ギュネイは心臓が口から飛び出んばかりに驚いた。
「あっ…いっいーえっっ!!た…体長2メートルの猫の話でっっ…!」
「ああ…居るワケないよなあ、アレ。それより、はいこれ」
アムロは白い布に包まれた大きめの箱を手にしていた。
「何ですか?…それ」
「うちの料理長が作ってくれたお弁当だよ」
「えーっっっ?!マジっすかっっ?!」
ギュネイの飛び上がらんばかりの喜びようにアムロは笑顔を見せた。
「総帥公邸の専属料理長…って事?」
カミーユの言葉にウンウンと思いっきり頷くギュネイである。
「以前何度か夕飯をご馳走になった事あるんだ…マジすっげーっ美味かったっっ!」
「ふふ…天気が良いから中庭で食べようか」
「はーいっっ!!場所用意して来まーーすっっっ!!」
今日はラッキーーっっ♪とダッシュで中庭目掛けて走っていくギュネイを見送りながら
「…彼に優しいんですね…アムロさん」
とカミーユがポツリと言った。
「そう見えるかい?…まあ戦災孤児だった子だし…色々と面倒見てあげたくなるんだけどね」
「…そして“強化人間”…だから?」
「…カミーユ…」
その言葉にアムロは眉を顰めた。そして静かに呟く。
「そんな…つもりはないのだけど…君の気に障ったかな…ゴメン」
「…いえ、謝るのは僕の方ですね…意地悪な言い方しました。すみません」
アムロに笑顔を向けて彼は頭を下げた。
「アムロさんは…優し過ぎるんですよ…卑怯なくらいだ…」
「カミーユ…?」
彼の自分を見つめる瞳がどうしてそんなに寂しそうなのか…アムロには理由が解らない…。

 

専属シェフの作った昼飯はこの上もなく美味く、ギュネイは大変大変幸せな気分になる。
しかし途中でハタっと気付いた事があった。
…この弁当…もしや…総帥も食う予定だったんじゃ…!!
そう考えると急に箸が止まってしまった。…後で大佐に色々嫌味を言われるんじゃーねーかっっ?!…と考えたからである。その様子に気付いたアムロは
「…ギュネイ…余計な事は考えずに全部食べる事…いいね?」
とニッコリと笑顔を向けてきた。もちろんプレッシャーのオマケ付きで…。
「はっはいっっ!いただきますっっ!!」
はぐはぐっと勢いを付けて食べるギュネイに『阿呆な上に苦労性か…』と思いながら、カミーユはアムロに問い掛ける。
「…アムロさんは料理しないんですか?」
「え?俺?…そういえば此処に来てからマトモに厨房に立った事ないなあ…」
「俺、アムロさんの手料理が食べてみたいですー」
「ははは…カミーユもシャアと同じ事言うんだなあ…でも俺の作れる料理なんて…」
ググっと喉に何か詰まってしまったのは、急いで食ったからではないっ…とギュネイは思う。
……少佐…本当に…気付かないのかよ…?

「アムロ少佐ぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!!」
突然の大声に3人とも同時にその方向に振り向いた。
「……げっっ…アマゾネス・コンビ…!」
「…あんなに慌てて何かあったのかな?」

はあはあ、と息を切らせながらも、ナナイとレズンはとびきりの笑顔を一同に向けている。
「珍しいね、2人揃ってなんて…何か急用かい?」
「おほほほ…いえ、お昼を一緒に取ってて…アムロ少佐達の姿が見えたものですからーっ」
「えっと…お客様も居るようですしぃ…ご挨拶をーっと…ほほほほ…」
先程から2人はアムロの隣にいるカミーユをチラチラと見ている。
『うわあっっ…ちょっとーっっっ!本当に美形よっっ?!どーしようっっ?レズンっっ!!』
『うんうんっっ!母性本能くすぐりそーな美青年だよねぇっっ!』
……お前等、思考がダダ漏れだ…とギュネイは思いっきり眉間に皺を寄せた。
「あ、紹介するよ、カミーユ、こちらが戦術士官でシャアの副官も務めるナナイ・ミゲル大尉…こっちはMS部隊副隊長を務めているレズン・シュナイダー中尉だ」
「初めまして…カミーユ・ビダンと言います。アムロさんの友人です。研修医としてスウィート・ウォーターにやって来ました」
ニッコリと人の良い笑顔を作って挨拶をする彼に、きゃーっ♪と2人のはしゃぎ様は頂点に達したのだが…ナナイはハッとする。
「…カミーユ…ビダン…??…えっっ…カミーユ・ビダンですって?!!」
「ど、どーしたの?ナナイ…」
「Zガンダムのバイロット…最強ニュータイプと呼ばれている…貴方、本物のカミーユ・ビダンなのっ?!」
さすが元ニュータイプ研究所所長…である。…ええっ?!とレズンが驚き、傍らのギュネイも目を見開いた。
「…最強…ってそれはよく解りませんけど…Zガンダムに乗っていたのは確かですよ」
少し瞳を伏せて話すカミーユを見て、アムロは少し不安な気持ちに駆られる。
「…まあ…本当に本人っっ……本物のカミーユ・ビダンなのね……」
ナナイは両手を組み、頬を赤らめ、キラキラとした瞳でカミーユを見上げている。その突然の様子に一同が思わず引いてしまう様な…。
「ナ…ナナイ…?」

ああっ…カミーユ・ビダン…最強ニュータイプでイケメンで医者でっっっ…もう
研究対象としても“ついでに”
としても…最高になんて素晴らしい逸材なのーっっっ!!当に直球ど真ん中ストニイクゾーンのサヨナラホームラン打ってみやがれコースっっ!!…ああどうしましょう…この逸る気持ちっっ…!!是非とも…アレとかコレとか…色々と調べ尽くしたいわぁーっっっ!!!

「……ナナイ……アンタ、本当に思考ダダ漏れっぱなしだよ……」
「えっ?…ええっっ?!あ、あらワタクシとした事が…ほほほほほほ…」
元ニタ研所長のアブナイ妄想にアムロとカミーユは引きつった笑いを浮かべるしかないのであった…。

「…元パイロットって事は……MS部隊に志願…ってワケじゃないんだよな…?」
ギュネイの呟きに一同がハッと振り向いた。むうっといかにも面白くない表情でカミーユを睨み付けている。
「まさか!カミーユは医者として勉強中なんだよ?もう二度とMSに乗せられるものかっ」
アムロが代わって答える。それが何だか母親が子供を庇っている様な言い方で…ギュネイはますますムカムカしてきた。何故だかは解らないのだが…。
「もったいない気もするケド…ねえ。現役パイロットとしての素直な感想だけど」
レズンが何も含む事のない言い方で間に入る。
「…俺は…パイロットに戻る気持ちは全然ありませんが…」
カミーユは傍らのアムロをじっと見つめる。
「もしアムロさんが俺の為に乗ってくれ、って言うなら…戻っても良いんですけど」

……しぃぃぃぃ……ん……
…何とも気まずい静寂が流れる。ナナイは肘でレズンの脇腹を突いた。
『ちょ…ちょっと…やっぱりとっても…ヤバイわっ!って気がするんだけどっっっ…』
『……昔の男…ってのも…あり?……ああ、でも何というか…』
『…そうよっっ…問題は…アムロ少佐の方よっっっ』
ナナイはアムロに向かって「少佐っっ!ちょっと来てくださいなっ!」と叫び、彼の腕を取って皆から少し離れた位置に連れて行く。
「な…何だい?」
何故か少し引きつった笑顔のナナイにアムロは少し焦った。
「…少佐……まさか大佐と…喧嘩とかはなさってませんわよねぇ…?」
「えっっ…?!え…とその…」
いきなりの図星にアムロは驚く。
「ほほほ…なーぜ目を反らされますの…?…って…ああっ…もうっっっ少佐はあっ!!」
久し振りにナナイのお小言が始まりそうな雰囲気にアムロは本気でビビったのである…。

 

「…Zガンダムのパイロットだったんだな…カミーユ先生は」
「昔の話さ。もうMSに乗る気は無い」
「さっき…アムロ少佐が望むなら…って言っただろ?」
「…アムロさんは俺に絶対にそんな事は言わないよ。それは解る」
自信を持って言うその姿にますます心がザワついた。ああ、何でこんなにムカムカするんだろう?
そんなギュネイの様子にカミーユは苦笑せざるを得ない。少しは何か言ってやろうか…と考えた時にアムロがこちらに向かってくるのに気が付いた。表情が何とも頼りなげである。
「何か…?アムロさん…」
「…ごめん…カミーユ…お願いがあるんだけど…」

 

 

 

専属シェフの特製ランチを食べ損なった、シャア・アズナブル総帥はその執務室で黙々と仕事をこなしていた。時々…ふう…と溜息を付きながら。
……アムロ……
先程の彼の強硬手段には本当に驚いた。自身の卓越した反射神経のお陰で、直撃は免れ被害も最小限ではあったが…肉体的よりも精神的ダメージの方が相当に大きい。まさかアムロが自分にあんな行為を仕掛けてくるとは…!…其程に怒っているという事か……
確かに自分が悪いのかもしれない。どうしても怒りを抑える事が出来なかった。若い時分はこういう感情も良くあったが…事アムロに関する限りは、全く大人に為りきれない自分がまだこの中に居る…。本当に『大人気ない』というわけだ。
怒りを抑えられなかった原因は、もちろん…アムロの本当に解っていない鈍さか無意識の抑制か…は不明だが、カミーユに関して何も危険を感じていない事に、である。
久し振りに再会したカミーユ・ビダンは…もうあの時のただ感受性が強いだけの子供では無かった。
本当に『男』になっていた。アムロに対してはっきりとその想いを向けられる程に。シャアを無意識に不安にさせる程に、彼は成長していたのだ。
…つまり嫉妬…したのか……私は…
ふっと自嘲する。そうせざるを得ない。アムロを正式に妻に迎えてからは、全く揺らいだ事のないこの自信をほんの少しでも崩させるとは…
……認めたくは無いが…やるな、カミーユ…

そこで秘書官からの呼び出しを告げる音が思考を遮った。
『お忙しい中、恐れ入ります、総帥……アムロ様が…』
「アムロがっ?」
思わず声が上擦ったのを自身も感じていた。

 

…アムロが面会を求めている、と聞いていたのに……

執務室を訪れたのは、件のカミーユ・ビダン、であった……。

「…私は君の入室は許可してはいないが」
「俺はアムロさんに頼まれて来ただけです」
「……アムロに?何を頼まれた…?」
思いっきりの不機嫌表情で答えるが、目の前のカミーユも同じ様な顔をしている。

「……“医者として”…貴方を
診てきてくれ、と……」
「…それは
断固として断る」
「俺だってそんなモノ、診るの
に決まってますよっ!」

ゴゴゴゴゴ…と、ただ睨み合う2人であったが、やがてシャアは軽く溜息を付き、手にしていたペンを机上に置いた。
「…アムロの事で私に言いたい事があるのだろう?カミーユ・ビダン…」
「ええ、それは山の様に…ね」
「君がそれを言ったところで状況は何も変わらんよ」
シャアは鋭い視線をカミーユに向ける。
「アムロは…既に私の妻なのだからな」
「…知ってますよ…そんな事は」
その視線にも言葉にも全く臆することなく、カミーユは続ける。
「貴方が…もし“クワトロ・バジーナ”のままだったら…俺は喩え死んでもアムロさんを貴方には渡さない、と決めてます」
「ほう…死んでも…か…」
シャアの口元が自然に歪む。
「…でも…貴方がアムロさんにとっての“シャア・アズナブル”なら…仕方がない…」
暫しの沈黙が訪れた。全てに置いてもアムロだけが基準か…まあ仕方ないのだろうが。
「納得はしている…のだな?」
「…ええ…つい先程まではね」
「?」
訝しぐシャアにカミーユはニッコリと笑顔を向ける。
「…貴方…時々“クワトロ・バジーナ”に戻っちゃうみたいですねぇーっ…大尉は本当にアムロさんを泣かせてばかりのヒトだから」
ふふふ…とカミーユは腕を組んで机に座っているシャアに対しての『上から目線』で言い放つ。
「……今度アムロさんを泣かせたら…股間だけじゃ済ませませんよ…?」
「…カミーユ……君はな…」
「幸いにして俺は此処に最低でも半年は滞在します。その間にじーっくりと…本当に貴方がアムロさんを二度と泣かせない、苦しませない男なったのか…を見極めさせて貰いますからねっ」

…思わずこめかみを抑える。その宣戦布告に頭痛がしてきた。…貴様が居なくなれば問題は解決するわいっ…と言いたい気持ちをグッと堪えて、シャアはカミーユに視線を戻した。
「宜しい…受けて立とう」
「そうしてください…あ、その前にアムロさんにちゃんと謝って下さいね」
「…解っている…この仕事を終えたら行くつもりだ」
「今、謝って下さいよ…ドアの外に居るじゃないですか」
その言葉に驚いていると、カミーユが執務室の扉を静かに開ける。…其処にはいきなり扉が開いて、びっくりしているアムロが立っていた。
「…ったく…大尉は奥さんの気配にも気付かないんですかね」
アムロを部屋の中に入る様に促して、カミーユは入れ替わりに部屋を出て行った。

シャアは立ち上がり、アムロへと近付く。直ぐ側まで来ると、彼が身体を強ばらせたのが解ったので…心底後悔をした。そのまま頭を深く下げる。
「すまなかった…アムロ……私は本当に最低の夫だな…」
「…シャア……」
そのままアムロの右手を取り、許しを請うように手の甲、手首へと口付けを落とす。
その行為を受けて、アムロはいつもの様に身体が直ぐに熱くなってくるのに気付く。
「…凄く怖かった…んだけど…」
「解っている…本当に悪かった…」
シャアは顔を上げてアムロの瞳を覗き込む。そのまま唇をゆっくりと近付けてキスを……

「や、やっぱり…
駄目ーっっっっ!!もう少し反省してーーっっっ!!」
アムロはシャアの身体を思いっきり突き飛ばした。甘い雰囲気が一遍にぶち壊される。
「…アムロっっ!!」
キッとシャアを見上げる瞳が……ああ、まだ怒っているではないか!
「カ、カミーユにも…言われたんだ…アムロさんは優しいから直ぐ許すからダメだって…だから…
…シャアも…2日くらい反省してよっっ!!もう少し我慢してねっっっ!!」
シャアに対してビシっと指を差すと、アムロはバタバタと走って出て行ってしまった。
呆然と取り残されるネオ・ジオン総帥シャア・アズナブル……
暫くして彼は執務室の机に思いっきり拳を振り下ろす…という大変珍しい行動をする。

…おのれ…カミーユーーーッッッ!!

 

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…まだまだ続くよーです…もう謝るしかっっ…総帥、もう少しだけガマンしてね…(涙っっ)
しかし、ナナイさんには私が憑いているのかもしれない…(2008/10/2)