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アメリアは無言のままにオレ達を見ていた。 だが、いつも明るい表情をたたえているその顔に、浮かんでいる表情はない。いつもは生気に満ちて輝いているその瞳は、今はどこか人間離れした冷たい光を放っている。 その瞳を見ていると、周囲の喧噪が意識の外に遠ざかっていく気がした。 オレ達だけが静寂の世界の中に取り残される。 「ガウリイ………ガウリイ=ガブリエフ」 少女の小さな手がすいっと宙を動き、ぴたりとオレの胸を指さした。 その仰々しい仕草も、台詞も、全くいつものアメリアらしくなかった。 「そなた………保護する少女を見いだしたくば、世界の北―――竜たちの集う峰を目指すがよい。そこで………ある選択がそなたを待っている。その選択が、そなた達の未来を定めるだろう」 低く押さえられた声が、淡々と言葉をつづる。 食堂のぼんやりとした明かりを受けて、その表情には深く影が刻まれている。 それは、何かオレの知らない別世界の象徴のように───オレには見えた。 じっとオレ達を見つめる少女は、まるで人形のように生きているものの気配に乏しい。 だが、唐突に、少女の瞳は閉ざされた。 ふらりと傾いだ身体を、隣にいたゼルガディスが危なげなく腕を差し出して受け止めた。 ゆっくりと周囲の喧噪が戻って来る。 オレは無意識のうちに詰めていた息を吐き出した。 慌ててアメリアをのぞき込む。 そして、ほっとする。 ゼルガディスの腕の中、崩れおちた少女に、先ほどまでの謎めいた表情の名残はなかった。 旅の間、ずっと見ていたアメリアの顔だ。 ゼルガディスが、抱き留めた少女の前髪をそっと額からはらってやる。 「何だったんだ。今の?」 尋ねるオレに、 「………今のが、神託ってやつか………」 つぶやくゼルガディスの声が、こころもち低い。 「今のが?」 返すオレの台詞も、ついついささやき声になった。 あたりをそっと伺ってみるが、今の一幕に気づいた客は、多分いない。 不思議なくらい、オレ達に注意を払っている客はいなかった。 自分たちの会話に熱心で、オレ達の方など見てもいない。 ゼルガディスがオレの疑問に答えた。 「ああ、俺も実際に見たのは初めてだが。多分、間違いないだろう。アメリアが起きたら確認する必要があるだろうが………」 「………ん………」 ゼルガディスの言葉が終わるか終わらないかのうちに、少女が小さく身じろぎした。ゆっくりと瞬きをした後、その瞳が開かれる。 「あれ? あれれ? 私………」 アメリアがぼーっとした瞳を上げる。 頭を振って意識をはっきりとさせようとするアメリアをゼルガディスが遮った。 「いい、そのままにしていろ」 「え?」 アメリアがゼルガディスを見上げた。 自分の置かれている状況に気がついたのか、少女の頬が赤く染まる。 「あ、あの………。今、何があったんでしょう。私、もしかして………」 「ああ、神託を受けたんだろう。多分………」 ゼルガディスの台詞に、はっとアメリアの表情が引き締まった。 「何か言ってましたか? 私」 アメリアが尋ねる。今の一幕の記憶は、どうやらアメリアにはないらしい。 「ああ………リナの行方の手がかりらしきものをな」 ゼルガディスが答えた。 「そうですか」 アメリアが嬉しそうに笑った。 「で、私は………いえ、神託は何と言っていたんですか?」 「世界の北、竜たちの集う峰へ向かえと」 アメリアの問いにゼルガディスが答えた。 「竜たちの集う峰?」 アメリアの目が見開かれる。 「ああ」 ゼルガディスが答えた。 「俺の知るかぎり、そんな場所は一つしかないな」 「ドラゴンズピーク………。ディルス王国ですね」 ぽつりとアメリアが呟いた。 「ディルス王国………」 頷くアメリアの瞳には、珍しく憂いの色が濃かった。 ゼルガディスが、オレの方を振り返った。 「アメリアには悪いが………神託が絶対だなんて、俺は思っちゃいない。だが、今は他に手がかりがないのも確かだからな。どうする?」 ゼルガディスがじっと俺を見た。 「決めるのはあんただ。旦那」 「───行く───」 オレの答は、短かった。 『神託』を信じているわけではない。でも、どんな手がかりでも、ないよりは遙かにましだった。少しでも、可能性の高い場所があるのなら、そこに行くのに否やはない。 人が絶望を感じるのは、とるべき道が見つからないときなんじゃないかとオレは思う。この1週間、オレはリナを探していた。でも、具体的に何かができる訳じゃなくて、ただ、ひたすら少女の姿を求めて北への道を辿っているだけだった。それが、オレにできた唯一のことだったから。でも内心は気が気じゃなかった。今、自分がこうしている間に、リナがどういう目にあっているかを考えると───。それに、自分がとっている道が正しいという保証も何もなかった。少女の残した『北へ』という言葉は、漠然としすぎていて、場所を示す役になどたちはしなかった。それでも、どこに行けばいいか迷っているくらいなら、例えその道が間違いでも、動いているほうが遙かによかった。だからオレは歩いていた。北へ向かって。 『道なんてね、進んでみなきゃ、それがどこに通じているかなんてわかりゃしないのよ』 栗色の髪の少女がいつか言った言葉が、歩き続けるオレの頭の中を、時折よぎった。頼りない手がかりだけを元にしてでもオレが歩き続けて居られたのは、リナを見つけなくてはならないという義務感と………オレの背中をそうやって押してくれる、彼女が残していった言葉だった。今、ここにはいないのに───あの少女の姿は、少しも鮮やかさを損なわずに心の中に居座っていた。まるで、現実の距離など関係ないかのように。そのくらい───オレ達は、きっと互いの近くにいたのだ。現実に側にいなくても、相手を感じることができるくらい、近くに。 無性にリナに会いたかった。会って確かめてみたかった。オレの中にある、彼女の存在の大きさを。そして、リナの中にある、オレの存在の位置を。 黙り込んでしまったオレを、アメリアとゼルガディスは急かすでもなく、じっと見つめていたらしかった。顔を上げると、こちらを見ている二人と視線があった。オレ達は、黙ってお互いの意思を確認しあう。ゼルガディスが、どこかから地図を引っぱり出し、具体的な行程の検討を始めた。 そして、オレは、昔の仲間と共に、再びリナを捜す旅を続けることになった。
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