SAN-SYOKU-TEI
 
 
 
 
 

 
 
蒼き瞳の少女 11

 


 
「いよいよ、ディルス王国ですね………」
目的地まであと少しというところになって、アメリアがぽつりとつぶやいた。
オレ達は順調に行程を消化していた。宿がある町から町までの距離は、基本的に、足の弱い人間でも1日かければ歩ける距離になっていことが多い。普通の旅人は、その間隔を目安に旅の行程を組み立てる。だが、ゼルガディスは、可能な限り1日の距離を稼ぐ日程を立てた。オレ達は、野宿も何も厭わず、ひたすら先を急いでいた。
「………あそこって、あんまりいい印象はないんですよね………」
物憂げな表情でアメリアが言う。
元気を売り物にしている彼女が、そういう表情をするのが珍しくてオレは尋ねた。
「………そこで何かあったのか? アメリア」
オレが尋ねた途端、ゼルガディスとアメリアの白い視線に晒される。
「………ガウリイさんがそれ言います………?」
「………全くだな………」
なにやら二人だけでわかり合うと、そろって深々とため息をついた。
「おい、なんだよそれ。どーゆー意味だよ」
オレがしつこくせっついてみると、ゼルガディスが冷たくオレを見る。
「………リナがさらわれたことに関しては妙に記憶力がよかったから、もしかしたらと思ってたんだが………。やっぱり、相変わらずのくらげだな」
「へ?」
オレはきょとんとゼルガディスを見た。
「そうですよ。あれだけの出来事があったのに忘れてるなんて………やっぱりさすがはガウリイさんですよね」
頬に手をあてたアメリアが、深々とため息をつく。
「町が火の海になっただろうが」
あきれた口調でゼルガディスが言う。
「………ああ、あれか………」
オレは不確かな記憶をぼんやりと辿った。
言われてみればそんなこともあったような気がしなくもないが───冗談じゃなく忘れて
いた。確かに、オレはそんなに記憶力がいいっていう訳じゃない。
でも、今のオレの気がかりは、過去がどうだったかなんてことじゃなかった。
今、リナがどこにいるのか───それだけが、オレの頭の中を占めていた。
「………それに………」
何かをアメリアが言いかけた。
「それに?」
オレは顔を上げてアメリアを見た。
ゼルガディスが視線だけでアメリアを鋭く制する。
「おい、何だなんだ。何を言いかけたんだ? アメリア」
ゼルガディスが小さくため息をついた。
オレを覗き込んで、ゆっくりとその台詞を告げる。
「あのなあ、旦那。あんたは忘れてるのかもしれないが、あんたがさらわれたのだって、この国だろが。でも………まあ、こんな町中で話すことじゃないな。このことについて話したきゃ、後でゆっくり説明でもなんでもしてやるから、とりあえず黙って歩いてろ」
ゼルガディスの口調は厳しかった。
オレは黙って頷いた。
 
 

夕食の後、オレ達は自室に引き上げた。アメリアには当然別室を取ってある。一緒に食事をするのは、4人で旅をしていた頃には珍しくなかった。でも、あの時と今とでは雰囲気が全然違う。誰も口にすることはないが、
たった一人の不在が、和やかなはずの食事風景にまで、重い影を落としていた。
アメリアは、食事中は元気にしていたが、食事が終わるとすぐ、疲れていることを口実に自室に引き上げた。オレもなんとなく食堂に居着く気にはならなくて、酒とつまみを手に、オレの部屋へと戻ってきた。後から無言のゼルガディスもついてくる。
とりあえず、机に酒とつまみは広げたものの、オレは一向に、それに口をつける気にはなれなかった。ぼーっとしていると、思考は一つの方にしか向かわない。
「………そーゆー癖があったんだな」
「え?」
かなりな時間が経った頃、ぼそりとゼルガディスが呟いた。
その声にオレは振り向く。
ゼルガディスのグラスに注がれた琥珀色の液体は、半分ほどその量を減らしていた。
「───爪。噛んでるだろ、さっきから───」
「………ああ………」
ゼルガディスの台詞に、オレは自分の指に視線を落とした。
言われてみれば確かに、爪には噛んだあとがある。
子どもの頃に直されたはずの癖。
こんな癖が残っていたなんて、今まで思いもしなかった。
「………落ち着けよ。旦那………」
ゼルガディスは、ため息を一つつくと、オレの方へと近づいてきた。
アルコールを満たしたグラスを、無理矢理オレに握らせる。
渡されたグラスは、自分の冷たい指先にさえ、更に冷たく感じられた。
「動揺してると、見えるはずのものも見えなくなる。特に俺達にとっては一瞬の判断ミスは命取りだ。あんたがそんな状態じゃ、あいつを助け出すなんて、とうていおぼつかないぜ?」
からかうようにそういうと、ゼルガディスが自分の分のグラスを手に取った。
「あ………あ、そうだな」
ぼんやりと、オレは答える。
動揺は―――多分、している。
リナがさらわれたあの時からずっと。
ふと気付くと、視線が今ここにはいないはずの彼女を捜して彷徨ってしまう。今ここにリナがいるはずがないと、理性が納得していても、感情はまだ納得していない。納得したくないのかもしれない。だからオレは今ここにいないはずのリナのことを考える。
他に考えることなどないかのように、繰り返し繰り返し。
それが自分を更に責める行為にしかなっていないのは承知していても。
とりあえずは、無事であってくれればいい。
だけれど、もし───。
不毛な思考に陥りかけたオレの耳に、ゼルガディスがぼそり、と呟くのが聞こえた。
「なあ、旦那。あいつは、今のあんたより遙かに落ち着いてたぞ」
「それって何時の話だ? ゼル」
「あんたが捕まってた時のことだな」
ぴくりとグラスを持つ手が反応するのをオレは止められなかった。
リナがそのことについて話してくれることはほとんどない。
オレがしつこく聞いてみても、大体は『とらわれのお姫様』状態だったオレのことをリナがからかい倒してそれで終わる。
そのことについて、リナがオレに本当はどういう感情を持っているかを聞き出せたことは未だになかった。
「なあ、どういう状態だったんだ?」
「何がだ?」
「その………時。あんたはそばにいたんだろ?」
好奇心と―――そして不安に耐えきれず、オレはゼルガディスを問いつめる。
好奇心は、純粋なもの。そして不安は―――リナが、そのことでオレをよく思っていないのではないかということについて。
「そうだな。ま、落ち着いてるように見えたよな。それから………そうだな。よく笑ってたかな」
「笑ってた?」
以外なゼルガディスの台詞に、オレは少し驚いた。
いつも通りだったと聞けば、それはそれで安心できるが、まったく動揺していなかったと聞かされるのも、少し悲しいものがある。それがいかにわがままな願いかはわかっていても、オレがリナにとってその程度の存在でしかなかったとは思いたくなかった。
ゼルガディスがそんなオレを見て少し笑った。
「そうだな。あいつはよく笑ってたよ。いつも通りじゃない素振りなんて、意地でも見せようとしなかったな。何かがあったなんて、普通に見てたら多分、絶対にわからなかった」
ゼルガディスがじっとオレを見る。
その表情の中には、笑みと………それから、どこかやるせない痛みのようなものがあった。
「不安も、愚痴も、あいつは全然口にしなかった。でも、そっちの方がしんどかったぞ。側についている方としては。目の前で半狂乱で泣き伏された方が、よっぽど俺達としては安心できた。」
「───そうか───」
オレは、それだけを口にした。
視線は見るともなしに手元のグラスに落とす。
―――見なくても、わかる―――。
今たとえここにリナがいなくても。
あいつはいつも、小さなことには文句を言うが、問題が大きくなればなるほど、そういう愚痴を言わなくなる。
だから、リナが何も言わなかったというのは、それだけ───あいつにとってはそれがおおごとだったんだろう。
何もなかったかのような顔をして、笑って見せて―――。
リナは本当にがんばって………オレのところに来てくれたんだ。
それがとてもよくわかった。でも、そのとき………リナの本当の感情はどうだったんだろう。
笑って、平気な振りをして。
もう終わったことのはずなのに、何故かオレの胸が痛んだ。
リナのためにか………それともリナにそんな状況を強いてしまった自分を責めてか。
そんなオレの思考をゼルガディスの台詞が途切れさせる。
「―――しかし、とんでもない女だよな、あいつも。いくら魔王をぶち倒した過去があるからって………普通は行かないぜ。魔王の腹心のところになんて。例え誰の為であっても」
ゼルガディスがじっとオレを見た。
その視線には不思議な色があった。
「―――でも、あいつはきっとあんたを助けることをあきらめたりなんて、しなかったぜ。あいつはあんたを助け出せると信じてた。それが、例え、どんなに低い確率であれ───可能性はあると信じてた。なのに、あんたは信じてないのか? あいつを助け出せるって」
「そんなことはない」
オレはきっぱり断言した。
そんなことは───ない。
可能性が高いとか低いとか、信じてるとか、信じてないだとか、そういうレベルの話じゃなかった。オレにとってはそれはもう決まってしまっていることだったから。どんなことになっても、オレはリナを助けに行く。───紛れもないそれが事実だったた───。
「例えどこにいようと、オレはあいつを捜し出す。この世界全体をかけずり回ったってかまわない」
砕けるほどに強くグラスを握り混む。
世界の広さなんてオレは知らない。
でも、オレが口にした台詞は―――紛れもないオレの本心だった。
「さらっとそういうことを口にできちまうのが、いかにも旦那らしいよな」
ゼルガディスが苦笑した
力の入ったオレの肩をぽんっと軽くゼルガディスが叩く。
「だったら、今の旦那にできることをしろよ。あいつの………リナの為に。あいつを無事に助け出せるよう、全力を出せる状態にしとくのが今の旦那の仕事だろ? そして、あいつに聞かせてやれよ。今の台詞」
ゼルガディスの瞳は優しかった。
その時、オレは初めて気が付いた。
『リナ』と名前を呼ぶときの、ゼルガディスの表情に。
「ゼルガディス。おまえ………」
オレの言葉に、ふっとゼルガディスが苦笑した。
「───おしゃべりが過ぎたかな───」
かたんと椅子を引いて立ち上がる。
その表情は、もうオレからは見えなかった。
「戯れ言だ。気にするな」
言葉だけがオレに伝わってくる。
「───すまん───」
オレの台詞に、ゼルガディスは振り向かなかった。
「謝るな。礼なら聞いてやる。あいつを助け出したときにな」
そして静かに扉が閉ざされた。
オレは黙って瞳を閉じ、ゼルガディスの足音が遠ざかっていくのを聞いていた。
 
 

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