「では、まず、私から説明させてください」
最初に口を開いたのはアメリアだった。
「それは、私がセイルーンにいるときにおこりました───」
アメリアは、何かを思い出すように時折顔をしかめながら話し出す。
「───私のつとめいている神殿の、巫女の一人が、ある日突然、神託を受けたんです。リナさんの身が危険だと」
「神託?」
鸚鵡返しにオレは聞いた。
「ええ、確かに神託でした。受けたのは私ではありませんでしたが」
アメリアがオレの問いを肯定した。
「すごく珍しいことなんです。特定の『誰か』に対する神託は。………確かに私たちは自分で受ける神託を選ぶことができません。神託が下りる内容は、世界の運命にまつわる大きなものから、日常レベルの些細なものまで、様々です。それでも………普通神託が下りるのは、もう少し社会的に大きインパクトを持つ出来事が多いんです。個人に関する神託がおりるなんて、まずありません。………ましてそれも特に私が親しくしている方の安否について、だなんて………」
アメリアが小さく首を振った。
「………つまり、リナがさらわれたというのは、結構大きな事件か何かにからんでのことか?」
アメリアは再び首を振った。
「そうかもしれません。でも、そうではないかもしれません。判断する材料は私たちにはないんです。とりあえず、その神託を受けたのが、今から10日ほど前のことで………。神託を受けた巫女達から聞いて、私、慌ててガウリイさんたちを探したんですが………」
アメリアが、テーブルの上で組んだ手をぎゅっときつく握りしめるのが見えた。
ゼルガディスがアメリアの説明を引き取って続ける。
「………リナほどの魔道士を魔法で探索するのは難しくてな。かわりに俺なんかがひっかかっちまった。とりあえず、事情は聞いたから、アメリアに協力して、魔道士協会にあんたたちが挨拶に寄った時の記録なんかを元に足取りを追ったんだが………」
「ようやくガウリイさん達の足跡を捕まえることができたのは、つい2日ほど前のことでした」
そうだ。リナは少女の持っているあのペンダントに対して、『探索』をかけられることを警戒していた。だから、オレ達の持っているものに対して、注意深く探索を妨げる魔法をかけていたのだ。だから、誰もオレ達の跡を魔法で追うことはできなかった。
黙り込んでしまったオレをどう思ったのだろう。アメリアが気遣うようにゆっくりとオレに話しかけてきた。
「………残念です………。せっかく警告はあったのに。もう少し早く、私たちが追いついていたら………」
オレはそれに黙って首を横に振ってみせる。
それは、アメリアが責めを負うべきことではない。
アメリアのことだ、きっと精一杯やってくれたんだろう。
だとすれば、感謝する筋合いこそあれ、恨む理由なんてあるはずがない。
ゼルガディスがぽんっとアメリアの肩に手を載せた。
そして、オレに向かって低く問いかける。
「で………そっちはいったいどういう状況だったんだ? あのリナがさらわれるなんてただごとじゃあるまい?」
ゼルガディスがオレに向き直った。
「聞いてどうする。これは、オレの………オレとリナの巻き込まれた問題だ。あんた達に関係なんてないだろう」
オレの返事は自分で思っているより遙かに冷たく、素っ気なく響いた。
「あのな」
ゼルガディスがため息をついた。
「いいか? 人をここまで関わらせておいて、あとはほっとけって言うつもりか? 大体だ、そんなことがまかり間違ってリナの耳にでも入ってみろ………。いくら軽めに見積もったって、ファイアーボールどころじゃすまないぞ。俺はまだ死ぬつもりなんてないし、できれば天寿を全うしたいんだ。だから」
ぶっきらぼうな口調でゼルガディスが言った。
どこか明後日の方を向きながら。
何故か、その顔が少し上気していた。
「だからな、巻き込まれてやる。感謝しろ」
ぼそりとゼルガディスはそう言った。
「私も………そのつもりで来ましたから」
言葉の足りないゼルガディスをフォローするようにアメリアが言った。
「もともと、私たち、セイルーンの巫女が授かった神託が私にとっての発端だったんです。だから、私は、もう、その時点で十分巻き込まれていることになるんです。神託が下りたら、その運命のたどり着く先を確認するのも巫女の務め………。このまま帰ったら、父さんにだって、会わせる顔がありません。それに」
アメリアがにこっと笑ってオレを見た。
「それに………。リナさんのことをよく知っている私のところにその神託が届いたというのも、意味のあることだと信じます。ですから、私はガウリイさん達についていきます。駄目だって言われたってついていきます。私だけここで追い払って、後からリナさんに私だけ締め上げあれるなんてことに………しないでくださいね」
オレは黙って二人を見た。
どういう言葉をかけていいのか、わからなかった。
オレと違って、口の達者なリナだったら、こう言うときに何と言うべきかも判るんだろうか。
「───ありがとう───」
オレは、ただ、オレが口にできる言葉だけを口にした。
アメリアがにこっと笑ってオレを見た。
ゼルガディスが、軽くオレの肩を叩く。
それが、二人が不器用なオレの感謝を二人が受け入れてくれた証だった。
「………さて………」
ゼルガディスが小さく咳払いした。
どことなく照れているのを隠しているようにも見える。
「何分、手がかりが少ない。旦那にとっては言いにくいこともあるかもしれないが………あんたの覚えている限りの情報を話してくれ。いいか? あんたの記憶力の限りだぞ。ひとつでも、ふたつでも、手がかりになることがあれば………とりあえずそこからはじめよう」
そう言って椅子に深々と寄りかかる。
オレは頷いて、話し始めた。
まず、最初に襲われていた少女をオレが町で助けたこと。
その少女を町まで送っていくことにリナとオレが決めたこと。
それから、リナがさらわれた顛末までを───、二人は黙って聞いていた。
オレが話し終わると、しばらく沈黙がテーブルに満ちた。
「───子供相手と油断したな───。あいつにしては間抜けなことだ」
ぶっきらぼうにゼルガディスが言う。
オレはゼルガディスを睨み付けた。
あんな少女相手に全く油断しない人間がいたら………オレはそんな相手といっしょに旅なんてしたくない。
「でも───」
アメリアがオレ達の間に割って入った。
「───でも、その甘さも、ある意味、とてもリナさんらしいと思います。ご本人にこんなこと言ったりしたら………きっと大変なことになっちゃうでしょうけど」
そして、にこっと笑ってオレ達を見る。
「まあ、な」
大人しくゼルガディスは頷いた。
ただし視線は明後日の方を向いている。
そして、オレに視線を合わせないまま話しかけてきた。
「それにしても、今の話だけだと、手がかりになるものは少ないな。判っているのは、リナをさらったのが『ファーラ』と名乗った少女だった、ということと、その少女が『北へ』と言い残したことだけか」
「ああ、そうだ」
オレは短く答えた。
「確かにリナは言っていたけどな。空間を移動するなんてことは、自分にはできない。人間の魔道士には、まずできないって。そして、あの二人は、オレが見ている前で消えた。でも、あの子は───そんな、魔族には見えなかった」
「だが、リナの言うとおり、普通の人間にはそんなことはできん」
ゼルガディスがオレの台詞を肯定する。
「ひとつ気にかかるのは、リナが強力な魔法がかかっていると言ったペンダントのことなんだが。それだって、どういう力を持っていたのか、あのリナにも判らなかったんだろう?」
オレはゼルガディスの問いに頷いた。
「………確か………大きな水の魔法がかかっているとか何とか………」
「あんたがそれだけ記憶してられたってのは奇跡だが、それだけじゃ、やっぱり、何かを判断する材料にはならんな。それの波動もなにもわかっていないから、アストラルサイドから探索をかけるわけにもいかないし」
ゼルガディスが小さくため息をついた。
「───まあ、どういう形であれ、人間外のものが関わっている可能性は大きいな。あんたの話だけじゃ断言はできんし、その子がただ、誰かに協力していただけなのか、それともその子自体が、そういうものなのかっていうのも………全く判らないがな」
「でも、本当にそんな悪い子には見えなかったんだが」
オレはついつい思ったことを口にした。
ゼルガディスが顔をしかめてオレを見る。
「おい、旦那、しっかりしろよ? 見た目になんて油断するな。見た目は全く問題にならん。いくらあんたも覚えてるだろ? 冥王フィブリゾが、どんな姿で俺達に近づいてきたか。あんたそいつに誘拐されたんだろが」
「───ああ───」
オレは低く頷いた。いくらオレでもあれを忘れられるはずはない。
でも、あの少女がそんな魔族のようなものだとは思えなかった。どうしてと言われても困るが、リナに向けていたあの微笑みや、オレがリボンを買ってやったときのあの表情が、全くの偽りだったとは思いたくなかった。
「あんたは、弱いものに甘い。それは別に悪いことじゃないが、状況によっては命取りだ。忘れるなよ。あんたの判断にリナの命が懸かっているのかもしれないんだぞ?」
オレは小さく頷いた。
それは、オレもわかっている。
「しかし、一体何のために………?」
オレの問いに、ゼルガディスもアメリアも答えを返してはくれなかった。
返すことはできなかっただろう。
あの少女はオレに向かってこう言った。
『私が何故こんなことをするのか、あなたは知らないのね』と。オレが怪訝な顔をすると、『ならば、確かめに来るがいいわ』とも。まるで、リナがさらわれた理由がリナかオレにあったかのように、あの少女はそう言った。確かにオレもリナも平穏無事な人生を歩んできたという訳ではない。その分、人の恨みをかうことは多いだろう。オレだって、傭兵なんかをやっていた手前、心当たりがないなんてことは絶対に言えない。リナだって、多分、そうだろう。でも─────オレには、あんな幼い少女にまで恨みを買うような覚えはなかった。別に確認した訳じゃないが、リナだって、そんな性格じゃないことをオレは知っていた。何故、あの少女はリナをさらったのだろう。オレの目の前で、まるで見せつけるかのように。リナを連れていく機会など、その他にもきっとあったはずなのに───。
オレ達はしばし各自の考えに沈んでいた。
が、やがて、アメリアがきっと顔を上げた。
「とりあえず、わたし、セイルーンの情報網を総動員してだってリナさんを探すことにします」
「おい、アメリア」
オレは慌ててアメリアを止める。
難しいことはよくわからない………だが、それは、公私混同ってことにはならないんだろうか。いくらアメリアがセイルーンの王女だとは言っても………。
けれど、アメリアはにっこりと笑って、そんなオレの懸念を一蹴した。
「リナさんは、わたしたちの国にとっても一族にとっても恩人なんです。その方を救うためです。父さんにも駄目だなんて言わせませんし………駄目だなんて言いません」
何事かを考え込む風情のゼルガディスの指先が、とんとんと軽くテーブルを叩く。
「とりあえず、判っていることは、リナをさらったのがファーラという少女だったこと、そしてその少女が『北へ』と言い残したことくらいか」
ゼルガディスが言った。
「そうですね。確かに少ない手がかりですけど、何もないより遙かにましです。まずとりあえずは………」
言いかけたアメリアがふと途中で言葉を切る。
アメリアの様子が妙なのに気付いたオレは声をかけた。
「おい、アメリア、どうし………」
「しっ」
ゼルガディスが鋭くオレを遮った。
遮るようにオレの目の前に手が差し出される。
「待て。何か様子が変だ………これは、もしかすると………」
ゼルガディスはアメリアから視線を逸らさずにそう言った。
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