下見、という名目でオレは町まで足を運んだ。
オレの申し出は、よほど意外だったらしい。
しばらくじーっとオレを見たあげく、リナは重々しくつぶやいた。
「………あんた、昨日何か変なものでも食べたっけ?」
一応のオレの抗議は、いつものとおり、受け流される。
「ま、せいぜい、おいしい食堂の場所でも探ってきてね。くれぐれも迷子にはならないように」
そういうありがたいお言葉とともに、オレは町へと放り出された。
リナとファーラは、宿屋で留守番することになっていた。それもただの留守番じゃない。
ケーキセットがどうのとしゃべっていたから、今頃はきっと甘いものに囲まれているんだろう。
昼飯に頼んだランチセット、半分はリナが食べたはずだが………あのちっこい身体のどこにケーキが入るんだか。
まあ、どうやらそーゆーのはリナに限ったことではないらしいけど。
現にファーラも喜々としてリナに頷いていたし………。
男であるオレにとって、『女性』の行動は謎だった。
オレ達は、アルディスまであと1歩というところまでたどり着いていた。
無理をすれば、町までたどり着けなくもなかったのだが………。
とりあえず、ファーラの家を訪ねるのは、明日以降にすると決めてある。
ここまでの道のりでは、全く何の妨害も無かった。
せいぜいが酒場で土地のゴロツキに絡まれたくらいで、それもファーラの件とは無関係だった。
まあ、オレとリナが一緒に行動するようになったから、様子を見ているのかもしれないが………。
あれだけ大がかりなことをしてファーラを誘拐しようとした相手が、いくら護衛が二人増えたからといって、そう簡単に遠慮してくれるとは思えない。
ならば、オレ達の目的地で、準備万端待ちかまえていると考えた方が辻褄があう。
どんな道を通ろうと、オレ達の目的地は誤魔化しようも無いわけだから。
実際、ファーラは、自宅から誘拐されているし………このまま何の準備もなしに、ファーラを直接家まで送っていくのはリスクが高いとオレ達───というよりリナ───が判断した。
だから今日は、行程を早めに切り上げて、適当なところに宿を取った。そして、一段落ついたところで、オレが町の下見に出てきたわけだが………。
実は、オレの目的は別にあった。
勿論、下見だって当然する。が、オレの目当てはそれだけじゃない。リナに言うつもりはなかったが───。
ここは町としてはかなり大きな方だと思う。
特に市が立っている日ではないようなのに、広場には店が立ち並び、かなりの人が出歩いている。
オレは人混みをひょいひょいとすり抜けながら、適当に目についた店を物色する。
色とりどりの品物が積まれた店は、普段、屋台にしか目を留めていない分、なんだか新鮮で面白い。
きつい香りの香辛料や、新鮮な肉に野菜、どこか遠くの国から運ばれて来たらしい、布や風変わりな細工物。
でもなあ………。
オレは首をひねった。全然ぴんと来るものがない。
そもそも、ふつーの女性の喜びそうなものなんてオレに見当がつくわけがないが、あいつの場合、さらに見当がつくわけはない。
あのいじっぱりのことだから、口に出して何かを言ってもらえることなんて、多分、きっとないだろうが、どうせなら、ちょっとは嬉しく思ってもらえるものがいい。
オレは普段のオレ達の行動を、できる限り思い出そうと努力してみた。
でも、結局───。
「―――食べ物以外にあいつが喜びそうなものなんて見当もつかないぞ───」
オレはついつい呟いた。
それでも、一応約束したし、あんまりヘンなものを買うわけにはいかないし───。
まあ、あいつは、全然期待してなかったみたいだから、そんな必要もないのかももしれないが。
「………でも、あそこまで期待されてないと逆になあ………」
意地でも、驚かせてみたくなる。
「全く、ヘンなこと約束したよな、オレも」
オレは誰にともなく呟いた。
まるで自分に言い訳でもしているように。
でも、本当はよくわかっていた。
何故、そんな小さな約束にこだわるのか。
なによりもオレが見てみたいのだ───リナが驚く時のその表情を───。
オレは無意識に袋を掴んだ。
つい、手が、腰のあたりを探ってしまう。
剣を捜す動作では、勿論ない。
腰につけた袋の中には、さっき買ったものが入っている。
今までにしたどんな買い物だって、買う前も───買った後も───ここまで緊張したことなんてない。
自分の荷物の中にきちんとそれが入っていることを確認してしまう動作も、もうこれで何回目になるんだろうか。
「全くなあ………」
オレはため息をついた。
でも、何故か、顔はにやけてしまっている。
オレは、慌てて顔を引き締めた。
「………浮かれてるわけじゃないぞ、別に………」
誰が聞いているわけでもないのに、ついついそんな台詞が口からこぼれ落ちる。
そう、だいたい、あいつがこれを気に入るかどうかってのは、また、別の話なんだし。
もらって喜ぶかどうかも、判ってない。
それでも………唇に自然と笑みが浮かんで来るのが、自分でも判った。
「ただいま」
オレはノックもそこそこに扉を開けた。
「おかえり」
「おかえりなさい」
聞き慣れた声と、最近加わった少女の甲高い声が、同時にオレを迎え入れた。
開いた扉の中では、案の定、甘いものがきらいな人なら匂いだけでも卒倒しそうな、一大宴会が開かれている。ざっと見ただけでも、ナポレオンパイにイチゴのムース、タルトやベリーのスフレなんかが、所狭しと並べられていた。
それと、これだけはすっきりした香りの香茶。香りからすると、けっこういい葉っぱを使っているらしい。
オレは、それを横目で見ながら、ベッド脇のテーブルの方へと向かう。
とりあえず、荷物をおろすつもりだった。
「随分遅かったじゃないの」
リナの台詞に答えようと、荷物片手にリナの方を振り返る。
「今度ばっかりは道に迷ったんじゃないからな」
「そう? でも、のっけにそう言うあたり………」
リナがくすっと笑ってオレを見た。
その顔が、ふっと表情を変える。
リナは、妙な顔つきでオレを見た。
そのとき、何が起こったのかオレは判らなかった。
認識は、後から来た。
カシャン。
部屋の中に妙に甲高い音が響く。
それは、リナがカップを取り落とした音だった。
自分のカップを落としたまま、リナが、少女の持っていたカップをリナが無理矢理その手に奪い取る。
倒されたカップがソーサーに触れ、再び甲高い音を立てた。
「………油断したわ。………飲んじゃだめよ、ファーラ。これ………中に………何か………」
リナの身体がぐらりと傾ぐ。
「おい」
オレは慌ててリナの方に駆け寄った。
いや、駆け寄って行こうとした―――少女が、その言葉を発するまでは───。
「あら、気がついちゃったのね」
どこか楽しそうに少女が言った。
場違いなくらい明るい響きが、そこにはある。
内容にそぐわない可愛らしい声。
オレは驚いて少女を見た。
軽く首を傾げている、あどけない仕草。
それは、確かにオレとリナが拾ったあの少女だった。
だが、その口調もそこに浮かぶ表情も―――すでに少女のものではない。
そして―――人ではない、異質な気配―――
この気配は───?
オレは腰の剣に手をかけた。
視界の隅に、片手をテーブルについて身体を支えていたリナの体が、ふっと崩れ落ちるのが映る。
だが、リナの体は、床につく前にその動きを止めていた。
まるで、目には見えない何かが、空中で彼女を支えてでもいるかのように。
それは、とても不自然な光景だった。
戸惑うオレに、少女が、冷ややかな笑みを浮かべる。
「安心して。入ってたのは、毒じゃないから。この人に毒を盛ったって、割とすぐにばれるものね。ただの睡眠薬よ。だから、死んだりなんてことは───今は、まだ、ね―――」
言外にその先は判らないという意味を十分に込めて少女が言う。
その言葉に、オレは底知れない冷たさを感じた。
必要とあれば、この少女は、人の命を奪うことを躊躇わないかもしれない。
それだけの冷ややかさが、この少女にはあった。
「───おい───」
低く呟き、少女の方に近づいていこうとしたオレの体は、唐突に阻まれる。
まるで、見えない壁がそこにあるかのように。
オレの力は、すべてそこで返された。
そんなオレを横目で見、少女はくすっと小さく笑った。
冷たい顔で。
そして、リナの方に身体を寄せる。
顔を上げると、少女と、リナは───宙にその身を浮かべていた。
リナが魔法を使って宙に浮くのはよく見ていたが、今、リナには意識がない。
ということは、やっているのはこの少女か。
まだ幼い、人間の少女に見えるのに。
ただ、その身体から感じる威圧感は、すさまじいまでのものだった。
剣を握る手にじっと汗がにじむ。
透明な壁を破れずにいるオレに、少女が口元だけの笑みを浮かべる。
そして、二人の体は、ふわりとさらなる高みへと浮いた。
「おい。リナに何をする」
オレは剣を青眼に構えた。
十分な気合いを込めたはずだが、少女はそれを受け流した。
「あら」
少女が微笑みかける。
瞳を翳らせ………残酷とさえいえる表情で。
「そう………。私が何故こんなことをするのか、あなたは知らないのね。ガウリイ=ガブリエフ」
少女は、オレをそうで呼んだ。
フルネームを名乗った覚えなどないというのに。
オレを見る、その少女の顔に浮かんでいたものはなんだったろう。
哀れみ? それとも?
それが何かを確かめる前に、その表情はふっと消える。
代わりに浮かぶのは、冷たいまでの無表情。
そして、少女が、何かを突きつけるようにオレをしっかりと指さした。
一言一言区切るようにはっきりと発音する。
「―――私の目的を知りたいのなら、確かめに来るがいいわ。自分自身でね―――」
少女が大きく両手を広げた。
風もないのに、その金糸の髪がふわりと宙に舞い上がる。
我に返ったオレの差し伸べた手は、結局リナの服の裾にすら届かなかった。
のばされた手が、むなしく宙をつかみ取る。
少女の冷たい視線と共に、ふっと、二人の姿はかき消えた。
まるで、最初からそこには何もなかったかのように。
かすかな声だけをオレに残して。
「―――リナ=インバースを返して欲しければ、北を目指しなさい―――」
オレに残された手がかりは、ただそれだけだった───。
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