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蒼き瞳の少女 4

 


 
オレは焦ってリナを見た。
リナの商売根性はイヤになるくらい知っているが、いくらなんでも、こんな小さな子に何かを要求するのは、ちょっと行き過ぎなような気がする。
だが、オレの抗議をあっさり無視し、リナは唐突に話題を変えた。
「ところで………。ファーラのお母さんは料理はうまい?」
オレに背を向け少女に尋ねる。
首を傾げながらも、少女は素直に答えを口にする。
「お母さんの料理はおいしいよ」
「ふーん。そう」
リナが重々しく頷いた。
「じゃあ、あなたの家についたら、あたしとガウリイに、あなたのお母さんの手料理ご馳走してくれるってので、どう? 場合によっては、作り方教えてくれるってのでもいいけど。ま、どうしてもお金で払いたいっていうんなら、出世払いも、当然受け付けるけど」
澄ました表情でリナが言う。
少女がきょとんとリナを見る。
「よくわからないけど………。わたしを家まで連れてってくれるの?」
「まあ、一応ね」
少女が満面の笑顔になる。
オレは、くすっと小さく笑った。
本当に小さな笑いだったはずだが、リナが敏感にその気配に反応する。
「───何よ───」
リナが、睨み付けるようにオレをみた。その頬がいつもよりほんの少し、赤い。
「いや、別に」
オレは、澄ました表情のまま、くしゃりとリナの頭をかき混ぜた。
 

オレが部屋に戻った時には、二人は既に入浴をすませていた。
風呂から上がったばかりなのか、もともと色の白い二人の肌はまだほんのりと上気している。
二人は、宿備え付けのガウンを着て、ベッドの上に座り込んだまま何やらきゃいきゃいやっていた。
「ほんっとにファーラは綺麗よね。きっと将来あたしみたいな美人になるわよ」
少女の髪を梳かしながらのリナの台詞が聞こえてくる。
オレが意外に思うほど、少女の面倒を見ているリナは手際がよかった。
オレの子、と言い張るより、リナの子、といった方がむしろ自然だと思うくらいに。
もっとも、リナが親だと言い張るには、見た目の差───特に体型───が、かわらなすぎる気もするが………。
髪をとかしてもらっていた少女が、部屋の中に入ってきたオレに視線を向けてきた。
ぺたんとベッドの上に座り込んだまま、にっこりと、嬉しそうに笑う。
オレは上体を折り曲げて、少女の顔をのぞき込んだ。
「あのなあ。美人になるのはかまわんが、リナみたいには決してなるなよ」
「どういう意味よ。ガウリイ」
リナの声が地を這った。
ブラシを握っている、その手が白い。
―――あ、まずい―――。
「………ま、まあ、そこはそれ………」
とりあえずオレはとぼけてみる。
でも、ひきつった表情まではごまかせなかった。
もっとも、こーゆーことに関わらず、オレがリナをごまかせたことなんて、まだ1回もないのだが。
「―――ね、ガウリイ。今のは一体どーゆー意味か、あたしにも判るようにきちっと説明してくれない?」
ブラシを放り出したリナが、ぐいっとオレの襟首を締め上げる。
息が詰まるほど苦しくはないが、―――リナの目線はとっても怖い。
「お、おい、あの子がおびえてみてるぞ」
オレの苦しい抵抗に、オレの襟元を締めたままのリナが、にっこりと笑う。
「あら、どうしてあの子が怯えなきゃなんないの? あたしは、ただ単に、あんたに事実の確認を迫ってるだけじゃない」
「よせ、やめろ。はなせって。おい」
オレはリナの手を引き剥がそうと足掻いてみる。
こんなちっこい体のどこから出るのか、リナの力は結構強い。
オレが全力を出せば、もぎはなせるのかもしれないが、まさか、リナ相手に本気を出すわけにもいかないし。それに―――なんだか、今のリナに勝てるような気が全然しないし。「甘いわ。ガウリイ。このリナ=インバースに暴言を吐いてくれたからには、それ相応のお礼をしないとね」
「………ってことは、それなりに認めてる訳だよな。自分の性格に難があるってことは………」
はっ。
ついつい漏らしてしまったいわずもがなの一言に、リナの動きがぴたっと止まった。
その瞳がすっと冷たくなっていくのがわかる。
リナはぱっとオレの襟元から手を離した。
「―――そう―――。あんたにはやっぱり言葉の使い方について、一回厳しく指導しておく必要があるのかもね」
リナの口調は穏やかだったが、その手が、何かを形づくる。
そして、その唇から漏れる、オレにはよくわからない音の連なり。
―――ひょっとして、これって―――。
「ま、待て。リナ。呪文はよせっっ。ほら、話し合おう。な? 話し合えばわかるっっ」
ソファを盾にとりながら、どっかの浮気がばれた亭主のような台詞を口にする。
「これが、待っていられるかああああっっ」
リナのスリッパがオレに襲いかかる。
オレ達は、狭い部屋の中でおいかけっこを開始した。
ま、結末はもうわかってはいるんだけど。
せめてもの抵抗をオレも試みる。
最初は唖然とこの光景を見ていた少女が、やがてそんなオレ達をみて、弾かれたように笑い出した。
 

すやすやと、穏やかな寝息が聞こえてくる。
少女は安心したように、眠りについた。
布団を直してやるついでに、リナがその髪をさらりと撫でる。
少女は今日は、リナといっしょのベッドに眠ることになっていた。
少女を見守るリナは、いつもより少し大人の顔をしている。
それがなんだかおかしかった。
オレが3年前に出会った子どもが、もうこんな表情をするようになったのかと思うと───なんとなく不思議な気分になってくる。
オレ達が過ごした歳月が、決して短いものではないのだと、こういう時に思い知る。
リナは、本当に大人になった。まあ、出会ったあの時ですら、もう子どもではなかったのかもしれないが。
「ちょっと、何見てるのよ、ガウリイ」
オレの視線に気づいたリナが文句を言う。
「いや」
オレは唇に浮かんだ笑みをそっと隠した。
「しかし、本当にこの子を町まで送って行く気か?」
「まあ、そのつもりだけど」
リナがベッドの側を離れ、テーブルの片側の椅子に座った。
「でも、役人に預ければすむことだろう?」
オレもリナの向かいに椅子を引いて腰掛ける。
「あんたがそんなこと言うの?」
テーブルに両肘をついたリナが言った。
「まあ、オレはそうは思わないけど。ふつーの人の反応としてはそーゆーもんなんだろ?」
「ま、それはそうかもね」
リナは素直に頷いた。
「でも、なんだか気にかかるのよ………。今日襲ってきた雑魚なんかはどうでもいいけど、あの子が、さらわれた時の状況ってのがね………。まるで空間でも転移したみたいな様子なんだもの。まあ、この子が動揺して、見当違いのことを言っているって可能性はあるんだけど、実際、あの子が住んでいたって言っているのは、かなり離れた別の町だし………。普通の誘拐にしてはちょっと大がかりよね。もし、本当に空間を転移でもしたのだとしたら………。そんなことは、人間にはできないわ。普通はね」
「お前さんでも無理なのか?」
リナが何事か考え込むような表情になった。うるさそうに額に落ちかかった前髪を払う。
「───あたしでもっていうより、まず、人間には無理なのよ───。まあ、伝説に出てくるレイ=マグナスぐらいの魔道士だったら、そのくらいできたのかもしれないけど。今まであたしの知ってる中で、そんなことのできた人はいないわね」
おれは、ちょっと考えこんだ。
むずかしいことはわからんが───。
「なあ、それってもしかしたら魔族とかならできるのか?」
オレはリナに尋ねてみた。
「あら、ガウリイにしちゃするどいじゃない」
リナが面白そうな表情でオレを見る。
「そうね。できるわ───魔族ならね───」
きっぱりとした口調でリナが断言した。
「やれやれ」
オレもため息をついた。
リナに出会う前、オレは結構ふつーで平凡な傭兵生活を送っていて、魔族と関わり合ったことすらほとんどなかった。それが、リナと旅を始めた途端、魔族とは会うわ、竜とは会うわ………。特に魔族とはお知り合いになる機会が異様に増えた。それがどのくらいすごいかというと………まあ………オレでも気づくくらいだから、とにかく相当なものなのだ。
「何よ、ガウリイ、ため息なんかついて。もとはと言えば、あんたがつれてきた子じゃないの。一回拾ってみたものを、あっさり見捨ててはいさよなら、って言うつもり?」
「まさか」
オレは短くリナに答えた。
まさか。オレが見捨てる訳はない。
「お前さんだって、そんなつもりはないんだろ?」
オレはリナに聞き返した。リナにだってそんなことができるはずもない。本人が認めようが認めまいが───そういうところではリナは妙に甘かった。
「まあね」
リナは頷いた。
「中途半端ってのは、あたしも気分が悪いもの。このままほっといたら、気になってしょうがないでしょう? それに、あたしの思い過ごしならいいんだけど、どうも、あの子の持っていた護符が気にかかってね。はっきり言って並の強さじゃあないわ。あの子の母親が持たせたらしいけど、よほどの理由がなければ、あんな護符を子どもに持たせるなんて考えられない。それほどまでして、あの子を守らなければならない理由ってのも………まあ、ありふれたものじゃないでしょうしね」
リナが大きくため息をついた。
「まったくあんたもやっかいなものを拾って来てくれるわよね………」
「あのなあ………じゃあ、リナならそのまま見捨てて来たのか?」
リナが引きつった顔でオレを見た。
「ちょっと。冗談でもそーゆーこと言うのはやめてよね。あたしがんなことしたって郷里の姉ちゃんにばれたりしたら………」
リナが自分の肩を抱いてぶるっと震えた。
「………考えたくもないわ、その後何が起こるかなんて」
「だったら仕方ないじゃないか」
「まあ、そうなんだけどね………。言ってみたかっただけよ」
リナが再びため息をつく。
「なあ。リナ?」
オレはちょっと意地悪な気分になって聞いてみた。
「あの子が、本当にオレの子どもだったらどうしてた?」
「別に?」
リナの答えはあっさりしたものだった。オレが気抜けしてしまうくらいに。
「だって、それはあんたの事情でしょ? あたしには関係のないことじゃない」
「あ、そう………」
「そもそもね、あんたにンな甲斐性あるわけないじゃん。こんな近くに、こおおんなレディーがいるっていうのに、手出しもせず、3年間も平気で旅ができるんだから」
リナがじっと大きな瞳でオレを見た。
その口調にどこか引っかかるものがあるような気がする。
でも、その中にあるのがどういう感情なのか、はっきりとは判らなかった。
「誰がレディだって………痛っっ」
リナがぎっとおれの手の甲を力いっぱいつねった。
「あのなあ………まだ全部言ってないだろ?」
赤くなった手を振りながらオレが言う。
「言われなくても、判るわよ」
リナがあきれたような表情でオレに言った。
ぱしんとその背中が叩かれる。
「さあって、デリカシーのないあんたに言ってもわからないかもしれないけど、あたしはもうすぐ寝るの。あんたの部屋はここじゃないでしょ? ほらっ、とっとと退散するっ」
ぐいぐいとリナがオレを椅子から追いやった。
そのまま、背中を押されて、オレは部屋の外へと放り出される。
「おいリナ」
「何よ」
「そこまで言うなら、添い寝でもしてやろうか。夜中に襲われたりしたら物騒だろ?」
「あら」
にっこりとリナが笑った。
「ぜーったいに、お・こ・と・わ・り」
そして、ぱたんと目の前で扉が閉ざされる。
毎回思うことではあるんだが………。
「女ってやつは───」
オレは低くため息をついた。
女性に対する一般的な男達の持つ感想は、どうやらリナにも当てはまるようだった。
 
 

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